第66話 襲撃と赤髪

 その後拠点2、拠点3、拠点4と様子を見て行く。

 どの拠点も変わらず、効力範囲に入った魔物のみ、惹かれるように涎草の方へと寄っていく。


 ……どうやら上手いこと4拠点に分けられた様だ。


 キョロキョロと辺りを見回せば、拠点間の距離が十分であり、互いに干渉し得ない事もわかる。


 また拠点には、魔物を待ち受ける様に準備の出来た冒険者の姿があり、危なげなく敵の数を減らして行く。


 拠点1は制圧間近だね。拠点2も……問題無さそう。


 拠点3へと目を向ける。そこには涎草に惹かれた数百体の魔物の姿があるも、冒険者の姿は1人として見えない。


 しかし、何故か何者かの攻撃により、魔物はその数を1体また1体と減らしていく。


「ウィルさん。あれは一体──」

「うーん、ごめんね。私でも全く見えないの」


 言って珍しく苦笑いを浮かべるウィルさん。


 ランクBの凄腕冒険者でも見えない攻撃って──


 実は拠点3はカルフさんが1人で担当をしている。

 どうやら自分の戦闘スタイルを隠す為に単独行動をしているらしいが……それにしてもこれはあまりにも規格外では無いか。


 視線の先ではあいも変わらず魔物がバタバタと倒れていく。しかし攻撃を行っている筈のカルフさんの姿はやはり見えない。


 ……一体、どんなギフトなんだろう?


 僕は呆然と見つめながらそう思うも、しかし現状では判断材料がない為、ひとまず置いておく事とした。


 そして問題は一切無さそうではある為、すぐ様次の拠点へと移動した。


 残った拠点は2つ。拠点5と拠点6である。

 この2つの拠点は、魔物達の進路を塞ぐ様に並んで設置されている。


 そこへ向かう魔物達。4つの拠点を経て、その数は3分の1程度まで数を減らしている。


 と、遂に先頭集団が拠点5、拠点6の有効範囲に入り、同時に惹かれる様に涎草へと向かって行く。

 こうして2つの拠点にかなりの魔物が留まり、そこに準備していた冒険者が攻撃をしかけ、その数を減らしていく。


 ……うん。ここも大丈夫そうだ。後は──


 視線を街の方へと向ければ、こうした6つのバリケードを潜り抜けた魔物の姿が見える。


 およそ200体程の低ランクの魔物と、涎草の効果が無いのか、有効範囲に入ろうとも一切影響を受けず、ただ一直線に街へ向かうBランクの魔物およそ50体である。

 魔物達は誰かに操られているからか、200体の低ランクが先行し、その後ろにBランクが続く形となっている。


 現時点で街との距離はおよそ1km程。そこに1体で村を滅ぼせる程の力を有するBランクが、50体近くも迫っている。


 普通ならばかなり絶望的な状況と言える。しかし、僕はその姿を目にしながらも一切動揺する事は無く、酷く落ち着いた心持ちであった。


 何故ならばその進路を塞ぐ様に立つ、頼もしい2人の姿があったからだ。


「リアトリスさん! グラジオラスさん!」


 声を掛ければ、こちらへと2人が視線を向ける。僕達の姿には気づいていたのか、驚いた様子はないものの、無事な姿を目にしほっとした様子である。そんな2人へと、


「6つの拠点とも順調です! あとは正面の奴らだけですよ!」


 と伝える。


 ──街に向かうのはこちらへ迫る魔物のみ。


 それを聞き、2人は更に安堵の表情を浮かべる。そしてすぐ様正面の魔物達へと視線を向け真剣な表情になる。


 ……そういえば、お二人が真剣に戦う姿初めて見るかも!


 状況的にあまりよろしくはないが、少しだけワクワクした気持ちのまま2人の姿を眼下に見る。


 迫る数百体の魔物。対して泰然自若とした態度の2人。


 僕がゴクリと唾を飲むのと同時に、まずはリアトリスさんが前へと躍り出た。


 リアトリスさんが腕を翳す。瞬間、そこから魔力が溢れ出し、魔物達の歩く地にスーッと広がっていく。

 そして遂にその範囲が低ランクと数体のBランクを覆う程度になった所で、


「……っ、限界ね。──収納」


 と声を上げ──魔力範囲内の地面が消えた。


 突如として地面に空いた深さ5m近い大穴。


 一瞬で無くなった足場に、魔物達は吸い込まれるようにその穴へと落ちていく。


 一部魔物は突然の落とし穴的状況に対応できなかったのか、酷く身体を打ちつけ、これだけでダメージを負った様子である。

 しかし低ランクが大半とはいえ魔物は魔物、その殆どは5mからの転落も意に返さず、なんて事ないとばかりに再び動き出そうとする。


 ──しかし次の瞬間、魔物達はその動きを永遠に停止する事となる。


「食らいなさい──強制還土」


 リアトリスさんが声を上げた瞬間、先程ごっそりと消えた地面が、寸分の狂いもなく全く同じ場所に現れる。


 穴の中に居る魔物の存在など一切関係がないとばかりに再び現れた地面が、魔物達を圧殺。


 次の瞬間には、荒れた様子の無い地面から、魔物達の死を表す光がキラキラと空に舞い上がった。


「……低ランクが全滅──?」


 たったの数秒で200近い低ランクと一部Bランクの命を奪う。

 その脅威的な殲滅力に、僕は呆然とする。


 空間魔法で地面を収納して、同じ場所に放出した……?

 あれ程の広範囲を収納するのに、一体どれ程の魔力が必要なのか。


 リアトリスさんはこれでかなりの魔力を消費したのか、額から汗をたらりと流しながら、


「……グラジオラス、後は頼むわね」


 と声を上げる。それに応える様にグラジオラスさんは「任せろ!」と言い、ニッと力強く笑う。

 そしてリアトリスさんの前に出ると、ガントレットを装着した拳をグッと握った後、全身に魔力を広げていく。


 グラジオラスさんの身体を淡い光が覆う。


 ……これは、身体強化?


 じっと見つめる僕の視線の先で、グラジオラスさんは準備運動宜しく身体を軽く動かした後、フーッと息を吐く。

 そして──


「行くぜ!」


 言葉と同時に、グラジオラスさんの姿が消え──Bランクの魔物が1体弾け飛んだ。


「……え?」


 呆然と声を上げる僕。その間にも、1体また1体とBランクの魔物が光となり消えてゆく。まるで低ランク帯と戦っていると錯覚をする程、呆気なく倒れるBランクの魔物達。


 Bランク……って何だっけ?


 レベルが18に上昇した僕でさえ一切姿を追えないグラジオラスさんのスピード、そして拳1つで次々とBランクを討伐していくグラジオラスさん本人の破壊力に思わずそう思ってしまう。


 本来Bランクの魔物1体を討伐する為にはBランクパーティー1組が必要という基準が設けられている筈である。

 しかしBランクである筈のグラジオラスさんは、同じくBランクの魔物を単独で赤子の手を捻る様に討伐していく。


 ……こんなの、最早──


 呆然と見つめる僕の後方から、ウィルさんの羨望とも取れる声が聞こえてくる。


「やっぱり凄いねー2人とも。間違いなくAランク並みの力を有してる」

「Aランク並みの力──」


 これがAランク並み。これがお二人の実力──!


 一切見えないグラジオラスさんの動きと破壊力に、リアトリスさんの殲滅力。

 普段は優しいお兄さんお姉さんである2人の圧倒的な強さを目の当たりにし、僕は自身との圧倒的な差を実感した。


 と同時に、尊敬の心と共に、いつか追いつける様に頑張ろうと心の底から思うのであった。


 ◇


 程なくして、Bランクの魔物は全滅した。

 低ランク帯はその全てをリアトリスさんが討伐した為、これにて街へ向かう魔物の殲滅が完了した事になる。


 となれば後は6拠点のみ。

 そちらへと視線を向ければ、僕達から最も近い拠点5と拠点6でも半数以上の魔物が討伐されている事がわかる。

 この様子であれば、あと1時間もしない内に終わる事であろう。


 拠点5と拠点6でこれならば、殆ど討伐が完了していた拠点1をはじめとした残りの拠点も問題ない筈である。


 その全てを確認して、僕はふぅと息を吐く。


 ──急揃えの作戦ではあったが、何とか成功だろうか。


 僕の心の声を代弁するかの様に、ウィルさんが口を開く。


「作戦は成功だね〜。やったね、レーくん!」

「はい……良かったです」


 ホッとした様に微笑む僕。


 ……少しは役に立てたかな。


 突然ギルドに現れた幼子の僕。こんな緊急事態でありながらそんな僕の話を聞き、作戦を実行してくれた。


 そんな皆さんの役に立つ事ができ、街も守れたとなればこんなに嬉しい事はない。


 僕の心境を知ってか、ウィルさんはニコリと微笑むと、


「よし、後はみんなに任せて、約束通り戻ろうか〜」

「そうしましょう」


 まだ戦闘している中戻るのは少し心苦しく、後ろ髪引かれる思いだが、ただでさえわがままを言っているのにこれ以上心配をかける訳にはいかない。


 僕達は街へ戻る事を決意した。そしてその事をリアトリスさん達に伝えようと、少し高度を落とす。


 勿論この時も周囲の警戒は怠らない。

 例え魔物の大半を討伐できたとしても、何が起こるかはわからない。


 気を緩めるとすれば、それは全てが終わり家に戻った時である。


 とは言え、やはり追加の魔物は居ないのか、周囲にその様な気配は無い。

 その事実に少しだけ安心しつつも、しかし警戒は忘れず高度を落としていく。


 お二人がこちらに視線を向ける。


「リアトリスさん! グラジオラスさん! 僕達はこのまま街に戻ります!」


 僕の声にホッとしたのか、お二人は柔らかい笑みのまま頷く。


「行こうか〜」

「はい、お願いします!」


 お二人から視線を外し、僕達は街へと目を向ける。


 ここから街までは1kmも無い。


 後少しだと思いながら、街の方へと飛び始めた──その瞬間であった。


「ウィル! 逃げてッ!」


 突如聞こえてくるリアトリスさんの悲痛な声。先程までの柔らかな笑顔からは想像も出来ない声に、僕達は反射的に後方へと視線を向ける。


「…………え」


 思わず声を漏らす僕。


 今の今まで一切警戒を緩めていない。魔物やこちらに害する存在の気配は、少なくとも僕達の周囲には存在しなかった筈である。


 にもかかわらず、僕の視線の先には、先程まで確実に存在しなかった人影と、ソレが放ったのか、こちらに刻々と迫るどす黒い何かが目に入る。


 ──時間がゆっくり流れている様に感じる。


 目の前の存在が何かはわからない。

 こちらに迫る黒い何かが何なのかもわからない。


 しかし、これだけははっきりとわかる。


 ……あぁ、僕はここで死ぬのだと。


 ウィルさんが驚いた表情の後、黒い何かに背を向け、僕をぎゅっと包み込む。と同時に、強度を上げる為か、僕の周りにだけ風の防御膜を展開する。


 ……ダメだよ、それじゃあウィルさんが。


 そう思うも、思考は加速しても動きがそれについてくる訳では無いのか、僕は一切動けない。……何もできない。


 僕を抱きしめるウィルさんの力が強まる。


 恐らくわかっているのだろう。あの黒い何かの威力は、ウィルさんの防御膜程度では到底防げない事を。


 即ち、ウィルさんと僕は、数瞬の後に黒い何かに包まれ、この世から消え去るのだと。


 ──僕は死を予感した。


 ……ごめんなさい。お父様、お母様。屋敷のみんな。リアトリスさん、マユウさん、グラジオラスさん──そしてヘリオさん。


 約束を守れなくてごめんなさい。


 そう思うも、しかしどうする事もできず、遂に僕とウィルさんは黒い何かに包まれ、その存在がこの世から消え──無かった。


「…………ッ!?」


 突如割り込んだ一つの影が、迫る黒い何かを受け止め、霧散させる。


「……あ」


 思わず声を漏らす。


 呆然と見つめる僕達の視線の先には、1人の青年の姿があった。


 手足を紅く、鋭く堅牢な、まるで竜の鱗の様なもので包み、背からはこれまた竜の翼の様なものを生やす。


 もしも竜人というものが存在するのならば、こういった姿なのか。


 目の前の青年からは、そう思える程の姿形と、何よりも圧倒的なまでの力強さがあった。


 青年はふーっと息を吐く。そして特徴的な赤い短髪を風で靡かせながら、僕達の方へと視線を向け、


「はー、まさに間一髪ってとこだな」


 と言い、安堵の表情を浮かべる。


 ──手足が火竜の様に変わり、背から翼を生やすという変化はある。しかし、僕はその力強い容貌を知っている。


「……ヘリオ、さん」

「ヘリオ君!」


 僕とウィルさんが同時に名前を呼ぶ。そんな僕達に、ヘリオさんは柔らかい声音で、


「良く頑張ったな、レフト、ウィル。……後は俺に任せとけ」


 と言う。そして、竜の様に鋭い目を持つヘリオさんは、いつもの様に獰猛な、しかし安心感を与える笑みを浮かべ──周囲にふわりと火の粉が舞った。

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