第65話 作戦開始

 あの後、僕はカルフさんに追加で必要な情報を伝えた。

 それを元に、カルフさんは冒険者の皆さんと共に情報の共有と人員の分配を行なっていく。


 と、それと同タイミングで、回復が終わったのか、マユウさんと数十人の冒険者が戻ってきた。


「……レフト」


 マユウさんは僕の姿を見つけると、その表情を翳らせる。

 次いでリアトリスさんやグラジオラスさんの方へとチラと視線を向け、それである程度事情を把握したのか。

 マユウさんは小さく溜息をついた後、僕の近くへと寄ると、


「あとでお説教だからね」


 と言う。

 その言葉には様々な意味が込められている様に思う。

 リアトリスさん達が認めたならこれ以上は追及しないという事、後でお説教できる様にこの場を乗り切ろうという事、あとは単に僕の行動を咎める意味も少なからずあるだろうか。


「はい」


 真剣な面持ちのまま返事をする僕。その姿を目にし、マユウさんは頷くと、リアトリスさん達の方へと向かっていく。

 その背中に視線を向けながら、ひとまずこの場は見逃してくれたマユウさんに申し訳無さを覚えながらも、僕は感謝の気持ちを抱くのであった。


 ◇


 その後、皆さんが情報共有等を行っている中、一刻を争う事態という事もあり、僕とウィルさんはすぐ様その場を離れた。


 街の中を走り、門を抜け、ゴブリ草原へ到着し── それから数分後、僕の姿は空にあった。


 果たして上空何mになるのか。詳細はわからないが、かなりの広範囲を視界に入れる事ができるという事は、上空数十m下手したら100m近いのでは無いだろうか。


 その景色は確かに新鮮で綺麗だが、しかし僕は思わず、


「うへー」


 と声を漏らしてしまう。その声を聞いてか、僕の後方すぐ側から、ウィルさんの柔らかい声が聞こえてくる。


「こわい? レーくん」

「……慣れないので、変な感覚です」


 確かにこの世界でこれ程上空を移動する機会は無かった。しかし前世を思い返せば、飛行機に乗ったりと、今よりも遥か上空を飛ぶ事もあった。


 とは言えその時と大きく違うのは、現在僕が、背中から抱きつく形でウィルさんに抱えられているという事。つまり、支えがウィルさんの細い両腕しか無い上に、足がプラプラと投げ出されている状況なのである。


 別段高所恐怖症という訳では無く、例えば絶叫系の乗り物にもこれといって抵抗の無かった僕ではあるが、それでもこれには流石に恐怖を感じる。


 その証拠に、スタイルの良いウィルさんの柔らかい感触を背にはっきりと感じるが、それが大して気にならない。

 それ程までに余裕が無いのだ。


 さて、では何故こうも恐怖を感じながらも空に居るのかといえば、勿論今回の作戦の肝である涎草を、拠点に設置する為である。

 魔物がすぐそこまで迫る現状で、最も素早く拠点を回れる方法がウィルさんの飛行能力を活用する方法だった為、これを実践したのだ。


 その甲斐があってか、その後30分もかからず、また特に魔物に襲われる事も無く、無事全6拠点に涎草を5つずつ設置する事ができた。


 設置後、僕はウィルさんに抱えられたまま、上空から魔物の森方面へと視線を向ける。

 そこには、街へと迫る魔物の大群の姿がある。


 確かに発見当初と比較すれば街のすぐ側まで迫っていると言えるが、作戦準備に要する時間等を考慮すれば、未だ余裕があると言える程度には距離がある。


「想像以上に早く準備ができたね〜」

「ウィルさんの飛行能力が素晴らしかったからですよ」


 僕を抱え、抵抗を受けない様周囲の風を制御しつつ、高速で飛行する──。


 空を飛ぶというその一つだけでも凄いのに、並大抵の人間では不可能な制御を行う技術。


 実家からギルドへ移動していた最中に聞いた事であるが、ウィルさんのギフトは魔術(風)Ⅷだと言う。

 ギフトのレベル上げはそう易々と行えるものでは無く、ましてやレベルⅧなど並大抵の人間では到達出来ない極致である。

 そこにこの若さで到達したウィルさんは、恐らく人の何十倍の努力をしてきたと予想できるし、その努力の先に今回の飛行技術を身につけたのだとわかる。


 尊敬しかなく、故に先程の発言は心からの言葉であった。

 それが伝わったからか、ウィルさんは少し照れた様子で、どこか話を逸らす様に、


「レーくんが涎草を一瞬で植えてくれたからだよ〜」


 と返した後、続け様にハッとした様子のまま、


「あ、みんな来たね〜」


 と言う。


 現在、僕とウィルさんは魔物に最も近い拠点、つまり魔物と最初に接触する事になる拠点──拠点1と呼ぶ事になった──の上空に居る。そして、確かにウィルさんの言う様に、拠点1に走り寄る冒険者達の姿が目に入る。


 続いて遠方に目を向ければ、微かにではあるが、他の5拠点へと到着し、着々と準備を進める冒険者達の様子が窺える。


 どうやら向こうの人員分配もスムーズに終わった様である。


 僕はホッと息を吐いた後、再び眼下の拠点1へと目を向ける。


 地上とかなりの距離がある為、ハッキリとはわからないが、あの姿は──


「アブチさんだ……という事は拠点1はアブチ団の皆さんが担当でしょうか」


 勿論その他の冒険者の姿もあるが、恐らく拠点1の主導はアブチさん率いるアブチ団の皆さんではないか。


「あ、でも全員ではないみたいですね」

「だね〜」


 現在拠点1に居るアブチ団のメンバーは、アブチさんを入れて4人である。

 基本的に1パーティー5人以下の場合が多く、それで言えばアブチ団の人員が4人でも何らおかしくはないのだが、実はアブチ団のメンバーはこれで全員では無い。


 人数が増えればその分纏め上げるのが難しくなる中、アブチ団のメンバーは何と9人であり、その上でランクBという高ランク帯で活躍している。

 それはまさに異次元であり、それを纏め上げ成果も上げるアブチさんの手腕というか、人望が余程素晴らしいのだろう。


 と、話は逸れたがとにかく残り5人のメンバーが存在する筈である。しかしここにその姿が無いという事は、恐らく他の拠点に分散して向かったのだろう。


 高ランク冒険者が1人居るだけで、周囲に与える安心感は違う。

 そういう意味でも、アブチ団が高ランク冒険者を多数抱えるパーティーであった事は非常に有り難いと言えた。


 と、その後も僕たちは空から冒険者達の様子を見守る。冒険者達は戦闘に備え、こちらに有利になる様体制を整えていく。


 中には手作業で行うものもあるようで、それならば僕にも出来る為、できれば手伝いに行きたかった。

 しかし、危険を避ける様約束した事もあり、現状僕にできる事は無く、歯痒く思いながらもただただ上空で作戦の行く末を見守るのみであった。


 ふと魔物の森の方へと目を向ける。すると、変わらずこちらへと一直線に進む魔物の群れが目に入る。


 ──果たしてこの方法で上手くいくのか。


 いかなる作戦も100%成功するという保証は無く、故にどうしても不安を覚えてしまう。


 口を結び、様々な感情のまま魔物の群れを見つめる。


 そんな僕の様子を察してか、ウィルさんがひどく優しく声音で、


「大丈夫だよ、きっと成功する」

「はい、ありがとうございます」


 その声に心を落ち着けた後、僕は再び拠点1へと目を向ける。

 どうやら大方準備が整った様で、冒険者達はじっとその時がくるのを待っていた。


 魔物との距離が近づいていく。


 僕はドキドキと鼓動を早めながらその様子を眺める。


 1分、2分と時間が経過していく。


 永遠にも感じられる程緊張した時間が続く中で、遂に魔物の先頭集団の一部が、拠点1の涎草の効力範囲に入った。

 瞬間、範囲に入った魔物達は突如進行方向を変えると、涎草の方向へと向かい出す。


 ……よし!


 ひとまず涎草の効果があった事に僕は安堵する。


 効果範囲に入った魔物のみ留まり、効果範囲外の魔物は変わらず街へと向かって行く。そのまま経過する事数分。


 街へと向かう魔物の最後尾が過ぎ去ると、遂に涎草に囚われた魔物が孤立する形となった。

 と同時に、先程ウィルさんが言っていた様に、範囲内の魔物は洗脳が解けたからか、他種族との争いを始める。


 ……よし。数百体の魔物を分断できたし、良い感じで混乱している。これなら──


 このタイミングでアブチさん達が動く。

 事前に打ち合わせをしていたのだろう、急造のチームにしては中々のコンビネーションで、危なげなく魔物の数を減らして行く。


 その様を目にしながら、ウィルさんは満足気に、


「拠点1のみんなは大丈夫そうだね〜」

「はい、一安心です」

「よし、それじゃあ次に向かおー」

「お願いします!」


 拠点1で効果が確認できた為、僕たちは次いで拠点2へと向かう。


 拠点1と拠点2の間はおよそ1km程離れている。

 そこそこ距離が離れているのは、戦闘に適した地だったというのもあるが、拠点間の距離が近過ぎて、互いに干渉してしまう事が無い様にという意味もある。


 相変わらずウィルさんに抱えられたまま、空を移動する。

 と、拠点2へと向かう途中で僕は突然、


「すみません、一度止まってもらえますか」


 と声を上げる。


「……? どうしたの?」


 疑問を持ちながらも止まってくれるウィルさん。


 現在の位置は、丁度拠点1と拠点2の中間地点であり、故に首を振れば双方が目に入る。

 拠点1は相変わらず支障なく事が進んでいる様だし、拠点2もいつ魔物と会敵しても問題無い程度には、準備が整っている様に見える。


 ──順調である。


 間違い無く、こちらの思い通りの展開になっていると言える。


 しかし、いつ何時イレギュラーが起こるかわからない事を考えれば、用心の意味でも、もう少しこちらに有利な状況へと持っていきたいというのが本音であった。


 僕は再び両拠点へと視線を向ける。


 ──うん、距離は充分だ。


 次いで辺りを見回す。


 何せこの緊急事態である。当然であるが、拠点に居る冒険者を除けば、外を出歩く人は居らず、眼下には無数の魔物の姿しか見当たらない。


 続いて僕は自身のステータスを開く。


 涎草の消費魔力は20、全部で30株の実体化を行った為、600の魔力を消費。これにより、現在総魔力量の約半分程を消費した事になる。逆に言えば、まだ半分は残っているという訳だ。


 僕はその数値にうんと頷くと、


「実はもう一つ試したい事があるんです」


 と言ってニッと笑う。


 涎草作戦と同様に、非常にシンプルで恐らく効果が高い作戦である。


「ウィルさん、そのまま空を飛ぶ時の姿勢になって貰っても良いですか」

「……? こう?」

「はい、ありがとうございます!」


 先程まで地面に足を向ける形だったのを、空を飛ぶ姿勢──すなわち、地面にお腹を向ける姿勢へと変えてもらう。


 その姿勢のまま正面を向けば、眼下に広がる地面と、そこを一心不乱に駆ける魔物の群れが目に入る。


 ……残り魔力量は600程度。もしもの為に100程は残しておくにしても、24回は出来るかな。


 僕は不安定なこの姿勢のまま、左手に植物図鑑を召喚する。そして慎重にペラペラと捲り、とあるページを開くと、左手でしっかりと固定する。

 次いで右手を眼下へと伸ばし、大きく開いた手のひらを地面へと向ける。


「……何するのー?」

「以前、検証していた時から考えていた事を、実践してみようと思います」


 こちらに有利な状況へと持っていく──すなわち、魔物の数を物理的に減らしてやれば良い。


「いきます──実体化!」


 本来必要の無い掛け声の後、僕の身体を魔力が抜けていく感覚が襲う。

 と同時に、僕の右手のひらに触れる様に、とある植物が実体化する。


「……わっ!」


 ウィルさんが驚いた様に目を見開く。

 何故ならば、全長8mにもなる巨大な木が突如目前に実体化したからである。


 ──そう、今回実体化したのは魔物の森で登録したフィルトの木である。


 そして現在、空中で実体化したフィルトの木を支えるものはない。

 故に、フィルトの木はすぐ様僕の右手を離れ、吸い込まれる様に地面へと近づいていく。


 地面との距離がどんどんと縮まる。

 そして数瞬の後、遂にそこそこの轟音と共に地面へと到着した。──数体の魔物を巻き込みながら。


 ……勿論、わかっている。


 植物の扱いとしては決して褒められたものでは無い。

 しかし、その分効果は絶大な様だ。


 僕はその想定外の威力に少々驚きつつも、努めて平静を装い、


「な、名付けて天降魔窟木フィルトメテオライトです!」

「おお〜」

「……倒せましたかね」


 数体の魔物を巻き込んだとは思うが、果たして討伐できているのか。

 僕の言葉に、ウィルさんは変わらずほんわかとした様子で、


「うん、数体は討伐できてると思うよ〜。レベル上がったんじゃないかな?」


 確かにと思い、すぐ様ステータスを開く。

 するとそこにはレベル11の文字が。


「本当だ! 1レベル上がってます!」

「よし、この調子でどんどんいこうか〜」

「はい!」


 2回3回と落としていく。その度に数体の魔物が光となり霧散する。いやはや調子が良い。


 とは言え、やはり流石はランクBやCといった所か。それらが相手では1撃で討伐とまではいかない様である。


 と、ここで。その様子を目にしていたウィルさんが、何か思いついたとばかりに、


「あ、そうだ〜。レーくん、ちょっとお手伝いしても良い?」

「……? はい、お願いします」


 一体何をするのか。


 そう思いつつ、とりあえず先程同様にフィルトの木を実体化する。

 現れたフィルトの木は、やはり重力に従い僕の手を離れていく──その瞬間、


「よいしょ」


 という可愛らしい掛け声と共に強風が発生。強風は、落ちていくフィルトの木を後押しするかの様に、そのスピードを加速させる。そして──


 ドゴーンという、先程までとは桁違いの轟音が響き渡る。


 地面から土埃が舞う。


 その土埃が収まった時、そこには地にめり込んだフィルトの木の姿があった。


「……えっと」


 フィルトの木は、その他の樹木に比べ非常に比重が重い。即ち、繊維密度が高く、強度がある木である。

 それ故か、地面にめり込みながらも、尚も幹が折れる事は無い様である。


 ……いやー、凄い頑丈だなぁ。


 と、半ば現実逃避気味に思考する僕。

 そんな僕を他所に、ウィルさんはさぞ楽しげに、


「おお、凄い威力だね〜」

「それはそうですけど、地面が大変な事に──」

「後で直そうね〜」

「あはは、そうですね」


 と言いつつも、威力が凄まじいのは確かである為、この調子と、ウィルさんによる加速込みで何度か落として行く。

 そして当初の予定通り24回程落とした所で、魔力残量が100近くなった為、僕達は攻撃を終了した。


 眼下へと視線を向ける。


 そこには、フィルトの木が幾つも地面に埋まるという異常な光景が広がっている。


 しかしそこに凄惨さが無いのは、幸いにもこの世界の魔物は討伐と同時に光となり霧散するからか。


 仮に実体が残る様ならば、今頃血祭りとなっていた事だろう。


 中々凄い事をやったなと思いつつ、兎にも角にもこれにより100体以上の魔物を討伐する事ができた。

 中にはランクCやBの魔物もいた事を考えれば、これで少しは冒険者達の負担が減るのではないだろうか。


 そして副次的に、僕のレベルが10から18まで上がった。ステータスはこうである。


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 レフト・アルストリア 10歳 


 Lv 18

 体力 390/390

 魔力 108/3040


【ギフト】

 ・植物図鑑Ⅰ


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 大幅レベルアップにより、体力がレベル10の頃と比較して倍以上になった。

 また、それよりも成長が顕著な魔力の方は、以前の3倍近い値にまで成長していた。


 相変わらず他人のステータスがわからない為、この伸びがどの程度かはわからないが、とにかくこれで戦術の幅が広がるのは間違い無い。


 とは言え、レベルアップで消費分が回復する訳ではない為、残量は変わらず、今回のスタンピード中はどうしようもできないのだが。


 因みにウィルさんも1レベル上がった様である。上がり幅に差があるのは、レベル差故か。


 それでもレベルが上がる程レベルアップはし難くなる分、1度に向上するステータス値が高くなる事を考えれば、上昇したレベルに差はあれど、ステータスの伸びは同じか寧ろウィルさんの方が大きいのではないだろうか。


 まぁそれはともかく、僕達は物理的に魔物の数を減らしたのと同時に、予期せずレベリングを行う事ができたのであった。

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