第64話 作戦の詳細説明

「皆さんの協力が必要な作戦──その名は涎草分断作戦です!」


 幾つか案はあったが、準備時間が殆どない事、冒険者の皆さんと信頼関係を構築できていない事から、最もシンプルでわかりやすく、かつ効果が高そうなものを選択した。


 この名を聞いた瞬間、アブチさんは呆れた様子で肩をすくめる。


「はぁ? ……やめだやめだ!」


 そしてそう声を上げるが、カルフさんがこれを手で制する。


「──続けて」

「はい! これはその名の通り、涎草で魔物を何グループかに分断、それぞれで撃破するという非常にシンプルな作戦です」


 僕の言葉にカルフさんは頷き、


「内容はわかったよ。けど肝心の涎草はどう用意するのかな?」


 カルフさんの言葉に続く様に、アブチさんが口を開く。


「そうだ! 取り行く時間はねぇ、生育数もそう多くはねぇ。街にだって1、2本ありゃ上々って位には、手に入りにくい植物だぜ?」

「勿論、理解しています。だから──」

「レフちゃん!」

「レフト!」


 ここで、僕の次の言葉を察してか、リアトリスさん、グラジオラスさんから静止の声が上がる。


 確かに、今から話す内容は未だ世間に知られていない情報である。そしてこれを公表しなかったのは、公表すれば間違い無く僕に弊害があるからであり、2人はそれを知っている。


 だからこそ、僕の身を案じて声を上げてくれたのだろう。

 その気持ちは凄く嬉しい。しかし──


「リアトリスさん、グラジオラスさん。理解してもらう為には、信用してもらう為には、避けられない事なんです」

「んだよ、突然」


 片眉を上げるアブチさん。

 対しカルフさんは一度考える素振りを見せた後ハッとし、


「まさか──」

「はい、涎草は僕が用意します」

「だから言っただろ? 用意するっつったってそう簡単じゃねぇんだよ。だいたい──ッ!」


 遮る様に僕は植物図鑑を召喚すると、ページを捲り、涎草を実体化した。


 周囲が騒めく。

 大方、雑草使いじゃなかったのか? と、そういった反応か。


「僕が用意します」


 再度声を上げると、カルフさんは納得した様に頷く。


「成る程ね、良くわかったよ。それじゃあ作戦について、もう少し詳しく話して貰っても良いかな」

「はい!」


 言葉の後、僕は詳細を話していく。


「皆さんもご存知の通り、現在、3000を超える魔物が、統率が取れた状態で、一直線に街へと向かっています」


 一拍空け、


「それだけを聞けば絶望的な状況だと言えます。しかし、逆に言えばそのおかげで、こちらは魔物達のおおよその進路を予想する事ができます」


 僕の言葉に、カルフさんは同意を示す様に、


「確かに、こちらが誘導を試みても一切靡かず、一心不乱に街へと向かっていたね。進路を変える様子も見られなかったし、この通りなら進路予想は容易にできるね」

「はい。そこで今回の作戦では、魔物の想定進行方向で、かつこちらにとって戦いやすい数地点に拠点を設置しようと思います」


 ここで腕を組み静聴していたアブチさんが、先程までとは裏腹に静かに口を開く。


「拠点の場所はどうすんだ?」

「既にウィルさんによって選定済みです」

「決めたよ〜」

「そうか」

「はい。……そして、この拠点に涎草を植えます。今回は各拠点に5本植える予定なので、涎草を中心に50mが魔物誘引の有効範囲となります」


 再度一拍空け、話を続ける。


「後はそれぞれの拠点で、少ない時間の中で魔術でバリケードを作ったりして、こちらに有利な状況を作り出しつつ待機。順次涎草の効果範囲に入った魔物が集まってくると思うので、これを討伐しつつ、物理的に街へ向かう数を減らすというのが今回の作戦の詳細です」


 柔らかい表情のまま静観するカルフさん。その姿をチラと見た後、僕は話を続ける。


「拠点毎に魔物を分断するので、相対する魔物の数は減る上に、一部魔物は涎草の粘液で足を取られるので、かなり戦いやすくなると思うのですが、いかがでしょうか?」


 ここでアブチさんが再び口を開く。


「なぁ、涎草が今回の魔物に有効という前提で話してるが、そこは大丈夫なのか?」

「はい。先程ウィルさんに検証して貰いまして、今回のイレギュラーな魔物にも効果がある事、現状確認できた中では、ランクCの魔物にも効果があった事が判明してます」


 アブチさんの質問に答えていると、ここでウィルさんがハッとした様子で、


「あ、後、涎草に寄せられた魔物はね、洗脳が上書きされたみたいに、一心不乱に涎草へと向かってたよ〜。それで結果的に統率が取れなくなって、周囲の異種族の魔物同士で争いを始める場合もあった!」

「おお! そこを狙えば、ある程度容易に数を減らせそうですね!」

「うん〜」

「ランクBには効果ねぇのか?」

「ランクBに関しては、検証できてないので、有効かどうかはわかりません。ただ、仮に効果が無くとも、周囲の魔物の数が減っていれば、リアトリスさん達高ランクの皆さんに安心して任せる事ができると思っています」

「あろうとなかろうと対処可能、寧ろ無い方が好都合って感じか」


 言葉の後、突如周囲を静寂が包み込む。

 どうやら周囲の冒険者達も、ヤジを飛ばしたりもせず、静かに僕の話を聞いてくれていたようである。


 とは言え、流石に沈黙は怖いので、僕はすぐ様口を開く。


「──といった感じで考えていたのですが、いかがでしょうか」


 僕の言葉に、カルフさんは柔らかく微笑んだ後、


「うん、よく考えてるね。因みに涎草を植えるのは誰がやるつもりなんだい?」

「ウィルさんの協力の元、僕が直接行おうと思っています」


 僕の言葉に、リアトリスさん達が反応を示す。カルフさんも軽く唇を噛み、


「やはりそういう想定か……」

「はい。魔力の関係上実演はやめておきますが、地面に手を置きながら実体化をすれば完璧に植わった状態となるので、植え方が悪くて効果が無い……という事も無くなりますし、ウィルさんの移動能力があれば時間もそうかからないと思います」


 言葉の後、不安げなリアトリスさん達の方へと視線を向け、


「確かにこの方法だと、一度街を出る事にはなりますが、魔物が到達する前にその場を離れますし、基本的には魔物の攻撃が届かない上空を移動するので、そう危険は無いというのが、僕とウィルさんの判断です」


 しかし、それでもリアトリスさんの表情は優れない。僕はそんな彼女を説得するかの様に、言葉を続ける。


「それと、基本的に植えて上空から効果を確認できたらすぐに屋敷へ戻るつもりですし、以降は僕の意志で外には出ないと誓います」


 明確にはそうでないが、ある意味では一度誓いを破っている様な状況である。

 そんな僕が誓うという言葉を使ったとして、果たしてリアトリスさん達は納得してくれるのか。


 ここに関しては正直何とも言えないが、しかし納得してくれなければ先には進めない為、僕は一度口を閉じ静観する。


 と、ここでカルフさんが納得した様子で大仰に頷くと、


「レフト君の安全が確保できているという事なら、中々良い案だと俺は思うよ。みんなはどうかな」


 そう言って周囲を見回す。

 冒険者達は僕が直接実体化したのを見たからか、それ共今まで有用な案が無かったのを理解しているからか、子供の、しかも雑草使いの案など納得したくは無いが、カルフさんの言葉もあり、仕方なくやっても良い……という様な反応を示す。


「アブチ君は──」


 アブチさんは一度僕へと、最初程威圧感の無い視線を向ける。そして数瞬の後、ふいと視線を逸らすと、


「……カルフさんが認めんなら異論はねぇよ」

「そうか、ありがとう。グラジオラス君は……」

「本音は、許可したくはない! しかしこうなったレフトは引かんだろうし、有用な作戦なのも確かだからな! レフトの安全が確保できていると言うのならば、納得をする他無い!」


 グラジオラスさんの言葉に頷いた後、カルフさんは最後にリアトリスさんの方へと視線を向ける。


「リアトリスちゃんは……」


 リアトリスさんは俯き数秒黙った後、小さく息を吐く。そして周囲に聞こえない様にポツリと、


「私に、1人でもどうにかできる力があれば良かったんだけど」


 と声を上げた後、ウィルさんの方へと視線を向ける。


「……ウィル」

「ん〜」

「ぜったい、ぜったい、ぜったいにレフちゃんを危険な目に合わせないと約束できる?」

「うん、任せて〜」


 言って、ウィルさんは相変わらずほんわかとした雰囲気のまま、しかし力強く頷いた。


 ……ウィルさんはランクAの魔物でも捕らえられない程の機動力を有すると聞いた。

 リアトリスさんも勿論それは理解しているだろうし、そしてその機動力を信頼している事であろう。


 しかしあえて思いを口にする事で、恐らくリアトリスさんは、僕の参戦を納得する為の方便としたのだ。


 リアトリスさんは変わらないウィルさんの雰囲気に微笑みを浮かべた後、


「わかったわ。レフちゃんの作戦でいきましょう」

「リアトリスさん!」

「……レフちゃん。少しでも危険を感じたら途中でもすぐ帰ってくること。良いね?」

「はい!」


 リアトリスさんが納得した事を受け、カルフさんはぐるりと周囲の冒険者にも視線を向ける。そして皆さんが僕の作戦に異論がない事を確認した後、


「よし、それじゃ早速作戦開始といこうか」


 そう声を上げ、これを合図に僕達の戦いが始まった。

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