第76話 ヘリィコニア使用人斡旋所
冒険者ギルドから歩いて十分。大きな街道を外れて少し進んだところで、古くも清潔感のある建物が現れた。
「うし、ついたぞ」
「ここが目的地……ですか?」
目的地を知らない僕は思わずそう声を上げた後、ゆっくりと建物を眺める。一見すると民家のような佇まいである。しかし、そこがただの民家ではないことを示すように、玄関に大きな木製の看板があり、そこに何やら文字が書かれている。
「えっと……ヘリィコニア使用人斡旋所?」
使用人斡旋所。元の世界でいうところの派遣会社のようなものだろうか。
「行くぞ」
「あ、はい!」
皆さんの後に続いて玄関までやってくると、ここでヘリオさんが特に断りもなく玄関の戸を開けると「コニアさん、いるかー」と大きな声を上げた。
すると少しして「はいよー!」という力強い女声が聞こえてきたかと思うと、建物の奥から恰幅のよい女性が現れた。
「おぉ、おお! あんたたち! よくきたさね!」
女性は人のよい笑顔を浮かべたまま、小走りでこちらへとやってくると、すぐにヘリオさん、グラジオラスさんと握手をしていく。
「久しぶりだな!」
「そうねぇ。何年ぶりかし……ってあらあら! リアトリスちゃん、マユウちゃんも久しぶりさね!」
「ふふっ。コニアさんお久しぶりです」
「久しぶり」
「んまぁ、随分と別嬪さんになって! ……って、あら? そちらのお子さんは?」
と、皆さんとの再会をひとしきり喜んだあと、遂にコニアさんの視線が僕の方へ向く。僕はミラさんの言葉を胸に、きっちりとした態度で皆さんの前へ出た後、ゆっくりと口を開く。
「レフト・アルストリアと申します。このたび縁あって火竜の一撃に所属させていただくことになりました! よろしくお願いいたします」
「あらまぁ! ビッグニュースじゃないか!」
「ま、事情もあってのことなんだがな。……で、イヴは?」
「ちょっと待ってね。イヴー! 火竜の一撃がきたよー!」
コニアさんの言葉の後、トタトタと走り寄ってくる音が聞こえてくる。その音は次第に大きくなり、少しして音の正体が姿を現す。
「……ッ!」
その姿に僕は思わず目を見開く。──なぜならばその正体が、美しい銀髪を持つ、猫耳の少女だったからである。
……獣人だ。珍しいな。
前世の記憶にある、いわゆるファンタジー世界では、獣人はそう珍しい存在ではない。
しかしこの世界において、人間とその他の種族は別段険悪な仲ではないが、それでも住む地域は別の場合がほとんどである。特に今いる公国周辺には、獣人の住む町は無かったはずであり、故に彼女の存在は、僕の中では架空の生物と同程度には珍しい存在なのである。
年の瀬は僕と同じくらいだろうか。すらっとした未だ成長前の体躯に、獣人特有の耳としっぽが生えている。身長は頭部の耳を除けば、僕の方が少し高いくらいか。
首には何やら黒いチョーカーのようなものを巻いており、彼女の身体は、質はそうでもないが清潔な貫頭衣に包まれている。
その服装でありながら、まるで貴族の令嬢のような整った美しい容姿をしているが、何故かずっと目を閉じている。
そんなイヴと呼ばれた少女は、こちらへと近づき……しかしすぐさまピクっと反応を示すと、シュンッとコニアさんの後ろに隠れた。コニアさんが苦笑いを浮かべ、彼女の頭を優しく撫でる。
「すまないねぇ。人見知りなんだ」
そう言うコニアさんの背後に隠れたまま、イヴさんはじーっとこちらを見てくる。あいかわらず目は閉じたままだが。
そんな彼女の姿にまるで猫みたいだなと思いつつ、僕はニコリと微笑む。
「初対面は警戒して当然ですよ」
「まぁ! 随分とできた坊やだねぇ」
そう言った後、コニアさんはイヴさんの方へと視線を向け、口を開く。
「イヴ、とりあえず皿洗いをお願いしてもいいかい?」
「うん、わかった」
コクリと頷いた後、イヴさんは奥へと向かっていった。
「……さて、立ち話もなんだからこっちへおいで」
そう言うコニアさんに従い、僕たちは奥へと向かう。住居というよりも宿の方が近いか、いくつか部屋がある中、僕たちはその一室へと入る。
そこはまるで会議室のようで、こじんまりとした部屋の中央に大きな机があり、その周囲を囲うようにいくつか椅子が並んでいる。
僕たちはそれぞれ席に着き──まるでそれを見計らったように、部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。
「入っていいよ」
コニアさんの声の後「失礼いたします」と聞こえてくる。そしてドアが開くと、そこにはお茶を持った美女の姿があった。リアトリスさんよりも少し年上くらいか。イヴさんと同じ丈夫そうな貫頭衣に身を包み、首にはチョーカーのようなものを巻いている。
そんな美女の姿を目にして、リアトリスさんがすぐさま立ち上がった。
「ミサさん!」
「リアトリスちゃん久しぶりね」
にこりと微笑むミサと呼ばれた美女。どうやら皆さんとは面識があるようで、続くように皆さんが口々に再会の言葉を伝えた。
久しぶりの再会だったこともあってか、彼女たちはひとしきり会話をし、喜び合い、僕の紹介まで済んだところで、これ以上は邪魔になると思ったのか、ミサさんは美しいお辞儀をすると部屋を出ていった。
その後はコニアさんと僕たちによる世間話が始まった。そして少しして、コニアさんが一口お茶を飲むと、先程までとは打って変わって真剣な表情を浮かべる。
「さて、そろそろ本題に入ろうかね」
「っとそうだな」
「流石にこれ以上はな!」
皆さんが口々にそう言う中、コニアさんの視線がこちらを向く。
「おっと、難しい話になるからレフトくんには一度席を外してもらうかね?」
幼い僕を思ってのコニアさんの言葉に、ヘリオさんはさも当然とばかりに声を上げる。
「いや、レフトにも聞いてもらおう」
「少しショッキングな話になるさね」
僕の方を向いたコニアさんが心配そうに眉根を寄せる。僕は堂々とした姿のまま、ニコリと微笑む。
「大丈夫です。お願いします」
コニアさんは皆さんへ順に視線を向ける。しかしその誰もが大丈夫という顔だったためか、彼女はそれならばと口を開いた。
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