第77話 イヴの事情
「さてと、何から話そうかねぇ」
「あの、先にひとつお聞きしたいのですが、使用人斡旋所ってどのような施設なんですか?」
「……そうさね。そこから話そうかね」
何やら重い表情のを浮かべたまま、コニアさんは言葉を続ける。
「今の口ぶりから、レフト君は王国の人間なのかね。そんなあんたからしたらより辛い話かもしれないさね」
思わず眉を顰める僕の目をしっかりと見ながら、コニアさんは再度口を開く。
「簡単に言うとね、うちは人身売買をしている施設さね」
「……えっ」
てっきりお手伝いさんを派遣する仕事だと思っていた僕は、まさかの言葉に言葉を失う。
「……奴隷という言葉を知っているかい?」
「は、はい。言葉だけなら」
「この国にはそういった奴隷の売買が合法になっているし、当たり前に行われている。あたしは奴隷という言葉が嫌いでね、奴隷商館ではなく使用人斡旋所を名乗ってるが、その実態は大して変わらないさね」
「てことは先程のイヴさんやミサさんは──」
「うちでは使用人と呼んでいるが、世間的には奴隷という立場で、売買の対象さね」
……人の売買って、そんな……。
この世界では、この国では奴隷という立場があり、実際に人身売買が行われているという事実に、また先ほど顔を合わせたイブさんやミサさんがそんな売買の対象という事実に、僕は強いショックを覚える。
それが表情に出たのか、こちらを心配そうに窺う皆さん。しかし一度聞くと決めた以上、ここで話を止めるわけにはいかないため、僕はコニアさんに「続きをお願いします」と伝える。
「……あたしは使用人斡旋所として、彼女達を販売している。ただうちでは、売る相手は、あたしと対象の子が納得する相手に限っている」
一拍置いて、コニアさんは話を続ける。
「……イヴは世にも珍しい獣人さね。それに見た目も特別良い。だからあの子を買おうとした人はこれまで沢山いた。けど、結局あたしが納得できる人はほとんどいなかったし、あの子が一緒にいたいと思う相手もいなかった。……まぁ、ここまではいつものことさね」
ここでコニアさんが一度フーと息を吐く。そして何かあるのか、先ほどよりも険しい表情を浮かべると、再び口を開く。
「……あんた達は王国にいたから知らないと思うけどね、最近この町の奴隷商館で奴隷を買い漁っている女がいるさね。妙齢の美人でね、ただそんな奴隷を買い漁る必要があるようには見えない……。さすがに不審に思った人がいたようでね、調査をしたところ、その女が貴族の屋敷に入っていく姿を何度も見たというのさ」
「……貴族か」
「しかもその屋敷はルートエンド子爵家のもの」
「ルートエンド家か。まぁ、いい噂は聞かねぇな」
「それだけじゃないさね。実はその女の噂を聞くようになってから民間の少女が行方不明になる事件が増えててね」
「なるほどな。直接関連があるとは断定できねぇが、怪しいのは間違いないな」
「──ここからが本題でね。つい先日、その女がうちにやってきてイヴを欲しがったのさ。もちろん断ったけど、あの女の目……どうも諦めているようには見えないさね」
「……そんなことが」
「……あたしはイヴが、あの子たちが心配でね。女は今も奴隷を買い漁っている。良からぬことに奴隷を使っているんじゃないか、このままではいずれあの子たちも……。考えれば考えるほど辛いことしか頭に浮かばなくなるさね。公国騎士団にも話を持っていってね、見回りをする騎士の数は増えたけど、女の動きは依然変わらないまま。それがまた不気味で……だから今回、身近で力のある存在として火竜の一撃に、あんたたちに声を掛けたさね」
コニアさんの話により、重苦しくなる空気。しかし、そんな空気を吹き飛ばすように、コニアさんがニッと口角を上げながら声を上げる。
「今一番危険なのはイヴ。そんな彼女をあんたたちが買ってくれれば安心なんだけどねぇ」
「前も言っただろ? それは難しいって」
「その子は、レフト君はどうなんだい? 見た目からしてイヴとそう変わらないだろう?」
「レフトも一人行動はまださせていない」
「なら、イヴと立場は同じなんじゃないかい?」
「……あんま言いたくねえが、イヴは盲目だろ。だからある程度自衛できるレフトとは違って、どうしても気にかけなくちゃならねぇことが多くなる」
「ふーんそうかい。まあ無理にとは言わないさね」
「まぁとはいっても、安全を確保する必要があるのは間違いねぇ。それはイヴだけに限らず他の娘たちも含めてな。だからひとまずいざという時の移動手段を持つリアトリスを斡旋所に常駐させる。そしてその間に、俺たちは火竜の一撃の帰還、レフトの紹介、今回の件への協力を仰ぐために挨拶回りをしてくる。んで明後日辺りに、可能ならイヴへの休息も兼ねて俺たちが外へと連れて行こう」
「本当に助かるさね。あんたたちありがとうね」
言って、コニアさんは頭を下げる。
「いや、俺らにとってここのみんなは見知った仲だからな。できることなら力になりたいと思っただけだ」
ヘリオさんの言葉に、そんな彼の言葉に迷わず頷く皆さんの姿に、コニアさんは微笑んだ後、目を瞑り両手を胸の前で組むと、唱えるように声を上げた。
「トゥレ・イース・ユー」
「……?」
「神に祝福を祈る異国のおまじないさね。どうしようもなくなった時や、相手に気をつけてほしいときに言う言葉さ」
そんな彼女の言葉の後、僕たちはリアトリスさんを残し、斡旋所の外へと出た。
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明日2話か3話まとめて投稿します。
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