第95話 コニアの想い
グラジオラスさんの励ましをもらった僕は、それから数日間真面目に特訓を行った。
きちんと頭を悩ませ、工夫を重ねていき、僕は1つ──今後の人生を左右するほどに大きな気づきを得ることができた。
と、そんな有意義な生活を送っていると、とある日、斡旋所に来客があった。
コニアさんが対応をし、部屋へと通す。
来客は部屋に着くと、被っていたフードを外し、外界にその容貌を晒す。
──僕はその人を知っている。以前騎士団で僕たちの対応をしてくれた、騎士団3番隊の隊長である。
なぜ今回訪ねてきたのか。
いつもの会議室で皆さんと話を聞くと、どうやら進展の有無の確認と情報共有を行う目的でやってきたようだ。
ということで会話をしたのだが、結果を言えば互いにこれといって進展がないのが現状であった。
しかし、1つ気になる情報を得たようで、隊長が口を開く。
「ルートエンド家については、騎士団が陰ながら監視しているのだが……不気味なことに最近屋敷への出入りが無い。屋敷にいるのか、それとも屋敷を抜け別の拠点にいるのか。ずっと監視をしているが、それすらもわからないというのが現状だ」
「もう一度家宅捜査とかはできないのか?」
「一度行って問題ないという結果がでてしまっているからな。余程はっきりとした証拠でもない限り、それは難しいだろう」
「そうか」
「じれったいが……相手が力のある貴族である以上、筋道を立てなければこちらが不利になるからな。そこはきちんとやっていくほかない」
確かに面倒なことだし、イヴたちのためにも早く解決してあげたいところだが、相手が貴族である以上、このあたりはしっかりとしないといけないのだ。
「あの……」
と、ここで今まで話を聞いていたコニアさんが、唐突に口を開く。
「どうしました」
「あの子たちが、イヴ以外の子たちが避難できる安全な場所が欲しいのですが……」
騎士団の隊長相手だからか、いつもより緊張した面持ちのコニアさんが、丁寧な口調でそう声を上げる。
その言葉に、隊長はじっとコニアさんを見つめたまま、口を開く。
「イヴさん以外……詳しい話を聞きたい」
「は、はい。今回最も目を付けられているのがイヴなので、イヴと他の子たちは別で安全な場所を確保した方が良いと思うのです」
「……なるほどな。確かに俺たちだけで全員を守るよりかは、イヴ単体の方が対応はしやすいな」
ヘリオさんが同調するように頷く。
それを受け、隊長はなるほどといった様子で口を開く。
「そういうことか。……わかった。それならば、他の少女たちは一度騎士団で預かろう。そしてついでに生きる術を教えておこう」
「騎士団で……ありがとうございます!」
「あ、隊長さん。ついでお願いしたいんだが、イヴと俺たち用の拠点になりそうな空き家とか用意できないか?」
「空き家か。どの程度を希望する?」
「なに、斡旋所だと居場所が向こうにバレているから、どこか別で住む場所がほしいだけだからな……あー、そうだな。5、6人用の一軒家で、住める環境でありゃいい」
「了解した。では、騎士団所有の空き家がいくつかあるから、その中の1つを貸そう。今すぐ内見できるが……早速向かうか?」
「あぁ、話が早くて助かるわ。……お前らはどうする?」
「あたしは念のためここに残るさね」
「レフトは?」
「僕も一応残ります」
「じゃあ私も」
と僕の言葉にリアトリスさんが続く。
結局マユウさんもこちらに残ることになり、ヘリオさんグラジオラスさんの2人は、隊長と共に内見へと向かった。
残った僕たちは……特にすることもなかったため、やることを終えた少女たちと共に遊ぶことにした。
ライムとガブを実体化する。すると少女たちから嬉しそうな声が上がる。──もうすっかり、2匹はみんなのアイドルである。
その後、僕はイヴとりゅーちゃんに引かれるままに少女たちの輪の中に入った。どうやらリアトリスさんたちも同様のようで、少女たちに引かれるがままにそれぞれ遊んでいる。
僕もイヴたち数人と共にボール遊びなどをしながら、とても楽しい時間を過ごした。
そしてあっという間に経過すること数時間。
現在、僕、コニアさん、リアトリスさん、マユウさんの4人は、席に腰掛けながら、目前で元気に遊ぶ少女たちの姿を眺めていた。
そしてそのまま、ぽつりとつぶやくようにリアトリスさんが言葉を漏らす。
「みんな幸せそう」
「これもコニアさんが彼女たちを保護してくれたから目に出来た光景ですよね」
僕が微笑みながらそう言うと、コニアさんは小さく笑った後、その視線を下げる。
「それはまぁ、間違いないし、みんなの笑顔は心の底から嬉しいさね。でも、時々ふと思うよ。あたしはそんな彼女達を売って生活しているのだと。……それは決して褒められたことではないさね」
「そんな!」
そんなことはないと言おうと、リアトリスさんが口を開く。だが、コニアさんの内情を考えてか、中々言葉が出てこない。
見かねたマユウさんが、彼女の言葉を代弁するかのようにポツリと呟く。
「たとえ売って生活しているというのが事実でも、それで救われた人間がいることに変わりはない。それに彼女達の環境改善にも取り組んでいる現状を考えれば、それは間違いなく誇るべきこと」
その言葉に続けるように、僕が口を開く。
「トゥレ・イース・ユー」
「…………っ」
「コニアさんの好きなこの言葉の通り、貴女の行動からは慈愛の精神を感じます。だからそんな貴女の行動を、貴女自身が否定しないであげてください」
真剣に告げた僕たちの言葉を受け、コニアさんがグッと口を結ぶ。そして数秒ほど目を瞑った後、ポツリと呟くように言葉を漏らす。
「……トゥレ・イース・ユー。……あたしはバカだね。あたしがこれを否定したら、あの子たちも悲しむというのに。……大事なことを思い出したさね。ありがとうねぇ、みんな」
言って微笑むコニアさんの姿からは、本気で少女たちのことを思う優しい心を感じ──コニアさんと少女たちの素晴らしい関係がいつまでも続きますようにと、僕は心の中で本気でそう願うのであった。
◇
とある廃墟のその一室。風化し、穴が空いた天井から月明かりが注ぐだけの薄明かりの中に、2人の男女がいた。
「ぐふっ、作戦は順調か?」
ブクブクと太った醜い身体に、醜悪な笑みを浮かべた男が、近くに腰掛ける女に問う。
その声に、赤黒い髪に蛇のようにするどい目を持つ妙齢の女が、なんとも嫌そうな表情を浮かべながら答える。
「えぇ、順調ね。強力なお人形が3体も手に入ったわ」
「ぐ、ぐふっ。それはいい! ならば……あとはあの獣人だけか」
「そうね。あとはあの子が手に入れば、きっと私の夢が叶うことね」
言って微笑む女。対して一方の男は取り乱した様子で女へと問う。
「しかし、あの獣人のそばには火竜の一撃がいるのだろう!? それに騎士団の見回りもあって……ほ、本当に大丈夫なのか!?」
女は視線を少し上にした後、至極落ち着いた様子のまま口を開く。
「確かに厄介だけど……心配ないわ。いざとなれば、私たちにはアレがある」
男の表情が明るいものへと変化する。
「お、おぉ! そうであった! アレなら火竜の一撃程度瞬殺すること間違いない!」
男の言葉に女はふふっと笑った後、相変わらず平静のままニッと笑みを浮かべる。
「……ま、きっとアレすら使わずに、あの子は手に入れられると思うけど。この後よね? ヴォルデ」
「そろそろのはずであるが……」
と、女の問いに、男──ルートエンド子爵家当主であるヴォルデ・ルートエンドが答えたところで、トントンと部屋の扉を叩く音が響き渡った。
「おお、来たな!」
「入りなさい」
女の言葉の後、古い扉がキーッという音を立てながら開けられる。
そしてその奥、暗闇の中から1人の女が姿を現した。
妙齢の女はその姿をしっかりと目に収めると、愉悦に浸りながら声を掛けた。
「よく来たねぇ、コニア」
その言葉に、部屋にやってきた女──斡旋所の長であるコニアは、ニッと笑みを浮かべる。
「久しぶりさね、ネフィラ様、ヴォルデ様」
「おい、コニア。じょ、状況はどうなった?」
ヴォルデのその言葉に、コニアは小さく息を吐く。
「流石にイヴを1人には出来ませんでした。でも、とりあえず彼らだけを隔離することはできました」
「ふふっ、助かるわ。もちろん隔離場所も把握してるのよね?」
「もちろんです。場所は──ここ」
言いながら、地図を広げ、コニアは一点を指差す。
「ふーん、騎士団所有の空き家ね。……一応確認だけど、もちろん嘘ではないわよね?」
「……嘘なんてつけないことは、ネフィラ様の方が理解しているはずです」
ジッと女を見つめながら言うコニアのその言葉に、女は楽しげに目を細める。
「ふふっ、そうね。……ま、そもそも私は貴女の視界をきっちりと監視しているわ。だから、元々空き家の場所は把握していた。……少しからかっただけよ、許してちょうだい」
「……肝が冷えるから、なるべくやめてほしいさね」
「ふふっ、ごめんなさい。……まぁ、とにかくこれで舞台は整ったわ」
女のその言葉に、ヴォルデは歓喜の表情を浮かべる。
「そ、それじゃあついに!」
「えぇ。明日、決行しましょう。私たちの目的のために、獣人の少女──イヴの確保を。……コニア、全ては貴女にかかっているわ。くれぐれも失敗しないようにね」
「もちろん、任せてほしいさね。全てはネフィラ様の夢のために」
そう言って、イヴを狙う女──ネフィラの前で、コニアは人の悪い笑みを浮かべた。
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