第94話 苦悩と決意

「…………」


 その夜。やることを全て終えた僕は部屋に戻った。グラジオラスさんとヘリオさんはまだやることがあるようで、現在部屋には僕1人である。


 シーンと静まり返った部屋の中で、ベッドに横になり、天井を見つめる。部屋の淡い明かりに照らされ、視界に映るその天井は、お世辞にも綺麗とはいえない。しかし、手入れだけはしっかり行っているようで、汚らしい印象はなかった。


 ……みんなしっかり掃除してるんだな。


 と、そうなんでもないことを考えたりしていると、ここで不意に僕の脳内にとある言葉が浮かんだ。


「『植物図鑑』……かぁ。使い方によっては危険かなぁ? けど、どうやら植物使いくん自身には、非戦闘職と同じくらいの身体能力しかないみたいだし、放置で良いかなぁ」


 魔族の少女──リリィの言葉である。


「……非戦闘職並みか」


 今までも、自身のステータスが戦闘系ギフト持ちと比較して、魔力以外の数値が低いことは自覚していた。

 だからこそ色々と工夫して戦おうとそう考えていたのだが……今回イヴに敗北したことで、ステータスの低さが確かなものであると、はっきりと理解してしまった。


 ──圧倒的な力と優しさで人々を救う火竜の一撃の皆さんのようになりたい。


 そう思って今まで頑張ってきたのだが、今回の経験で果たしてこのままで本当になれるのかと少し不安になってしまう。


「…………」


 考えたところで、現状僕のステータスの伸びを良くする方法などない。そう思っているのだが、勝手に考えが浮かび、どうももやもやしてしまう。


「……よし、寝るか」


 やはりこれ以上今の感情のままいても建設的ではないと思った僕は、そうぽつりと呟くと、ゆっくりと瞼を閉じた。


 ◇


 翌日。この日はグラジオラスさんとの特訓の日なのだが、どうやらイヴは別でやることがあるようだ。故にリアトリスさんも参加しないということで、珍しく僕とグラジオラスさん2人だけの特訓となった。


僕たちはいつものように魔物を討伐していたのだが、一体倒したあたりで、不意にグラジオラスさんが声をかけてきた。


「レフト、なにかあったのか?」


「……え?」


「特訓が全く身に入っていないように見えるぞ」


「あ、ごめんなさい」


「なにかあったなら俺に言ってみろ! どうせ大したアドバイスはできないが、話を聞くことはできるぞ!」


 言って豪快に笑うグラジオラスさん。その真っ直ぐな笑顔を見てると、この人になら話してもいいかもしれないと、不思議とそう思えてくる。


「じゃあ、お願いしてもいいですか?」


「おう、まかせろ!」


 グラジオラスさんの言葉の後、僕はここ数日ずっと考えていた悩みを彼に話した。


「なるほどな……」


「僕は本当にこのままでいいのでしょうか」


「このままでいいか悪いか。それで言えば、きっと悪いのだろう!」


「やっぱり……」


「だがな、レフト。お前は本当にこのままなのか?」


「……えっ?」


「レフトはいつもたくさん考えて行動しているだろう? なのに、このままなのか?」


「それは……」


 確かにそう言われれば、このままではなく、思考を通じて日々工夫をすることで、沢山変化していくことだろう。

 しかし、そこで言うこのままと、僕の考えるこのままは同じ言葉ながらその意味が少し違う。


 脳内で思わずそう考えてしまう僕に、グラジオラスさんは真っ直ぐな瞳で声を上げる。


「なら、大丈夫だ! 考えて、成長できるなら大丈夫だレフト!」


「グラジオラスさん……本当に大丈夫でしょうか。考えられるから、それで成長できるから……それで僕は目標に届くのでしょうか」


「届くさ!」


「なぜそこまで……」


「『拳闘術』という平凡なギフト持ちでも、火竜の一撃の皆と張り合えている俺という前例がいるからな!」


「『拳闘術』……?」


 僕は初めて聞くその事実に、思わず目を見開く。


「そうだ!」


「てっきり『闘王』とかだと」


『闘王』とは、過去に実例があったと言われている、格闘系最強のギフトである。


 グラジオラスさんの若さ、そしてその強さから、てっきりこういった凄まじいギフトだと思っていたのだが、まさかごくありふれた『拳闘術』とは。


 そう思い思わず呟いた僕の言葉に、グラジオラスさんは豪快に笑い声を上げる。


「ガハハ! よく言われる! だが、実際は『拳闘術』だ!」


「……グラジオラスさんはどうやって皆さんに並んだんですか」


「なんのことはない! 努力と工夫だ! それに限る!」


「努力と工夫……」


 明確な答えとは言えないそれを僕が復唱すると、ここでグラジオラスさんがなにかを懐かしむような表情で口を開いた。


「……レフトには言ったことあったか。俺とヘリオは幼馴染なんだがな、どちらも昔はそれはそれは弱かった」


「お二人が……?」


「そうだ。同年代と比較しても、かなり弱かったぞ! それでも、諦めずに努力と工夫をしたことで、俺たちは今この地位を手に入れることができた!」


 力強いその言葉の後、グラジオラスさんは僕の肩に手を置くと、さらに言葉を続ける。


「レフト、お前は賢い。俺の何十倍も賢い。だから、もっと頭を使え! もっともっと工夫しろ! そうすれば必ず壁を越えられる。……頭の悪い俺でもできたんだ。レフトなら楽勝だ!」


 グラジオラスさんのその言葉に、明確な答えはない。それでも、その力強い声音に今までのモヤモヤがスッキリと晴れた。


 ──もっと頭を使う。そうだ、なにを弱気になっている。ギフト授与式で馬鹿にされても、諦めなかったじゃないか。だから今があるんじゃないか。なら、あの時のように、過去のグラジオラスさんたちのように、たくさんの経験の中で、壁を越えるための僕なりの答えを模索していこう。


 目前で真っ直ぐに期待の視線を向けてくれる、グラジオラスさんの期待に応えるためにも──そして、目標に辿り着くためにも。


「グラジオラスさん、ありがとうございます! 僕、頑張ります!」


「おう、そうだ! やはりレフトはその目がいい!」


 言ってガシガシと頭を撫でてくれるグラジオラスさん。その手の温かさを感じながら、絶対に皆さんのようになるんだと、僕は改めてそう決意した。


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