第93話 レフト vs イヴ

「僕とイヴで模擬戦ですか?」


 数日後、いつものように特訓をしていると、グラジオラスさんからそう提案される。


「そうだ! 2人とも魔物との戦闘にはだいぶ慣れたようだからな! ここらで同じレベルの者同士、対人訓練を行うのもいいかと思ってな!」


「中々対人訓練を行う機会はないからね。きっと良い経験になると思うわ」


 2人の言葉を受け、僕は隣に立つイヴへと視線を向ける。するとイヴはこちらに顔を向けた後、うんと頷いた。


「私、やってみたいです」


「了解。それじゃあやってみようか」


 こうして、グラジオラスさん、リアトリスさん立ち会いのもと、イヴと模擬戦を行うことになった。


 とはいえ、当然お互いに大怪我をさせる訳にはいかないため、武器はリアトリスさんが持ってきてくれていた木剣を使うことになった。


 10mほど離れ、イヴと対面する。そして僕が片手剣を、イヴが短剣を手に持ちながら構える。


「「…………」」


 真剣な表情で向かい合う僕たち。そして──


「はじめ!」


 というリアトリスさんの合図を受け、僕たちは駆け出した。


 ……っ! はやっ!


 凄まじい速度で迫ってくるイヴ。今までも彼女の戦闘風景は何度も目にしていたし、そのスピードも理解しているつもりだった。しかし対面することで、それが想像以上のものなのだと理解する。


 イヴはあっという間に僕の眼前にやってくると、シュッと短剣を振るってくる。


 その攻撃を僕は避けられず──


「フィルトの木!」


 眼前にフィルトの木を実体化することで、なんとか攻撃を免れた。


 イヴはフィルトの木を短剣で叩き、少し手が痺れた様子で、一度バックステップで距離を取る。

 僕はフィルトの木に触れると、すぐさま収納した。


 ……危なかった。咄嗟にフィルトの木を出していなかったら、完全にやられていた。


 僕はじっとイヴを見つめながら、思考する。


 ……単純な身体能力では間違いなく向こうが上か。僕の今のレベルは20だから、たとえ非戦闘職と同程度のステータスだとしても、それなりに高い値のはずだ。


 一方でそのレベルはわからないが、戦闘経験の乏しいイヴ。にもかかわらず、向こうの方が単純なステータスでは上となると……獣人がどれだけ優れた身体能力を有しているかをはっきりと理解できる。


 ……ステータスでは負け。つまり単純に真正面から戦ったらきっとなにもできずに終わってしまう。なら、植物を使った搦め手……これでいくしかない。


 イヴがこちらの様子を窺いながら、じりじりとその距離を詰めてくる。

 僕もその姿をしっかりと目に収めながら、はっきりとその名を唱える。


「フィルトの木」


 再び眼前に現れるフィルトの木。これにより、僕はイヴの姿を見失う。同様にイヴも僕の姿が知覚し難くなったことだろう。


 普通に考えれば、ただでさえ凄まじいスピードを誇るイヴ相手に、自身の視界を塞ぐ行為は明らかに悪手である。

 しかし今回に関していえば、これが効果的な作戦だと僕は確信していた。


 フィルトの木の陰から、イヴの様子を窺う。イヴはこちらがフィルトの木を出したことでなにか警戒した様子であったが、彼女には遠距離攻撃はなく、僕を倒すには接近する他ないため、すぐさまこちらへと駆け出してきた。


 そして相変わらずの凄まじい速度のまま、フィルトの木を回り込み、僕の眼前に現れる。


 僕は背をフィルトの木に預けながら、イヴの姿を絶対に逃さないようジッと見つめる。そして──


「……シッ!」


 僕目掛け、短剣を振り下ろすイヴ。それを見越していた僕は、片手剣を振り上げることでそれに対応しようとし──しかし、ここでイヴはその並外れた身体能力で短剣を一度引っ込めると、その軌道を変え、僕のお腹へと突きを放ってきた。


 ──完全に不意をついた一撃。


 普通に考えれば、僕はこの攻撃により負けとなったはずであるが……残念ながら、この攻撃は僕の読み通りであった。

 短剣が迫る中、僕は背後のフィルトの木を消す。背中を預けていた僕は、木がなくなったことで支えがなくなり、後方へと倒れ込む。


 これにより、短剣の突きの威力を軽減することができる。……しかし、それだけではこの場を逃れることはできても、イヴに勝つことはできない。


「だから搦め手を使わせてもらうね」


「……ッ!」


 何かに気づいたのか、イヴが突きを引っ込めようとし……しかしそれは間に合わず、短剣のきっ先は僕の腹部──そこに実体化した爆裂草に触れた。

 瞬間大きく爆ぜる爆裂草。


 慌てて後方へ逃げようとするイヴ。しかし回り込んだことで風下になったため、風により広がるそれをイヴは完全に避けることができず、吸い込んでしまった。


「ごほっ! ごほっ!」


 むせるイヴ。そして動こうとするも麻痺毒が回ったのか、バタリとその場に倒れた。


 ……それにしても、爆裂草を使っては危険なのではないか。そう思う人もいるかもしれない。


 しかし、実は爆裂草の毒性は強いが、人族相手では死なせてしまうほどの威力はなく、精々身体が痺れる程度である。また即効性も無いため、すぐさまポーションを使用すればあっという間に麻痺も治るのである。


 ……とはいえ、イヴはそのことを知らないため、きっと今頃驚いているはずである。だからこそ早く解いてあげようと、僕はイヴに近づく、ポーションを振りかけてあげた。


「……ごめんね、イヴ。大丈夫?」


「は、はい。ちょっとびっくりしましたが、特に身体に問題はありません」


「よかった」


「ガハハ! まさか爆裂草を使うとはな!」


「そうね、レフちゃんのことだから考えなしではないと思ったけど、少しビックリしたわ」


「ごめんなさい。あの場で思いつく対応がこれしかなくて……」


「謝らなくて大丈夫ですよ。それよりも、最後の展開。まさかあんな方法があるなんて。短剣を腹部に向けた瞬間、正直勝ったと思っちゃいましたよ」


「イヴの身体能力が高いことはこれまででわかっていたからね。だからわかりやすく剣で迎え撃てば、ガラ空きの腹部に狙いを変えるかなって思ったんだ」


「なるほど、全部読み通りだったんですね」


 ……正直半分賭けであった。なによりも今回木剣であったため、ここまで大胆な行動ができたのだ。これがもし真剣だったら、果たして僕は彼女に勝てていたのだろうか。


 そう内心でなんとも言えない思いを抱いている中、イヴは言葉を続ける。


「……あの、レフトくん相手なら学ぶことがたくさんありそうです。だから、今後も度々模擬戦をしてくれませんか?」


「もちろん、僕でよければいつでも相手になるよ。イヴとなら僕も学ぶことがたくさんありそうだしね」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 そんな会話の後、この日の特訓は終了となった。


 翌日以降は、魔物と戦ったり、模擬戦をしたりと同じような生活が続いた。

 しかしその数日の間、イヴを狙う女たちの動きにこれといって進展はなかった。


 そして同時に、僕の成長も目に見えたものはなかった。


 対し、僕と共に特訓を行っているイヴは、持ち前の身体能力と、模擬戦の中で会得したフェイントの力で目に見えて強くなっている。


 そんな彼女相手に、僕は段々と苦戦するようになり──そして初めての模擬戦から数日後、通算5度目の模擬戦で、僕は遂にイヴに完敗をした。

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