第81話 遭遇

 そして翌日。僕たちは、前回の訪問の中で約束していた、イヴさんとのお出かけをすることにした。宿を出て、斡旋所へと向かう。前回同様にヘリオさんがノックすることなくドアを開けると、到着したことを大声で告げる。


 すると眼前の扉が開き、僕たちを迎えてくれる一人の女性。──以前、僕たちにお茶を持ってきてくれた美女、ミサさんである。


 首にはイヴさん同様使用人であることを示す黒いチョーカーを巻いており、ちょうど家事をしていたのか、貫頭衣の上にはエプロンのようなものをかけている。


 ミサさんは僕達の姿を見てパッと表情を明るくすると、笑顔で声を掛けてくれる。


 その後、前回同様軽く挨拶をしたあと、コニアさんが買い物に行っていて留守ということで、ミサさんがイヴさんを連れてきてくれる。


 イヴさんは火竜の一撃の皆さんの姿を認知したのか、パッと表情を明るくすると、トテトテと駆け寄ってくる。しかし、ここで今度は僕の存在を認知したのか、ピクピクと頭部の耳を揺らすと、すぐさまミサさんの背に隠れた。──どうやらまだまだ駄目みたいだ。


 僕はその様子に苦笑いを浮かべつつ、改めて彼女の姿を見る。


 ……本当に盲目なんだな。


 以前の訪問の際にヘリオさんがチラと話し、その後宿で詳しく聞いたのだが、彼女は生まれた時から盲目であり、光を知らないようである。


 それは普通の生活を送るにはあまりにも辛く苦しいことかと思うが、現状の彼女の姿からは、そこまで生活に支障をきたしているようには見えない。


 というのも、どうやら彼女は猫の獣人であり、かつ生まれた瞬間から盲目であったため、盲目であるが故のデメリットを、圧倒的な身体能力と、鋭い聴力で無意識のうちに補っているようである。


 実際に共に行動すればわかるようだが、普通に生活する姿を見ても、彼女が盲目というハンデを負っているようには見えないようである。


 僕は彼女の姿を見て、改めて獣人と人の差を感じながら、相変わらずミサさんの背に隠れているイヴさんに声を掛けた。


「イヴさん」


 びくりと身体を振るわせるイヴさん。


「初めまして、僕はレフト・アルストリア。つい先日、火竜の一撃の新メンバーになったものです。現在十歳なので、もしかしたらイヴさんと同年代かもしれません。まだ会ったばかりなので、何もわからず怖いかもしれませんが、どうぞ仲良くしてください」


「レフト、かたい」


 緊張からかいつも以上に固い口調なってしまったのを、ジト目のマユウさんに指摘される。全くその通りだと思ったため、僕はハハハと苦笑いを浮かべる。


 そんな僕へイヴさんはじっと視線を向けたあと、その愛らしい口を小さく開く。


「あの、イヴ……です。11歳です。……よろしくお願いします」


 ……あ、年上だったんだ。


 驚く僕をよそに、マユウさんが相変わらずのジト目のまま口を開く。


「なんか妬ける」


「ガハハ! 顔合わせのような初々しさだな!」


 二人の言葉に、僕とイヴさんは頬を赤くし──こうして何とも言えない空気の後、洗濯の手伝いをしていたリアトリスさんと合流し、僕たちは街へと向かった。


 ◇


 斡旋所を出た後、僕たちは少し歩き、町の中心街へとやってきた。


 現在、イヴさんはリアトリスさん、マユウさんと手を繋いで歩いており、その後方を僕とヘリオさんが並んで歩いている。ちなみにグラジオラスさんは他の少女たちと共に斡旋所でお留守番である。


 僕の前を歩くイヴさんは、先ほどのやり取りで多少緊張がほぐれたのか、僕の存在が近くにあっても隠れたりせず、むしろ楽しげに小さく鼻歌を歌っている。


 ……これなら少しは気分転換になってるのかな?


 と、そんなことを考えながら、僕たちはいくつかのお店を巡った。


 そのたびに火竜の一撃の登場に驚かれ、僕とイヴさんの存在を不思議がられたりしたが、しかしこれといって特にトラブルなく、楽しい時間を過ごすことができた。


 そんなこんなで時間が経過し、夕方。粗利が少し薄暗くなってきた辺りで、最後に夕食にしようと考えながら歩いていると──


「……ッ!」


 ここで突然、先ほどまで楽しげだったイヴさんがびくりと肩を震わせた。突然の事態に僕たちが訳が分からず困惑していると、前方から「あら……?」という、妖艶な女性の声が聞こえてくる。


 唐突に聞こえてきたその声に、バッとそちらへ視線を向けると、そこには妙齢の美しい女性の姿があった。まったくもって面識のない人物である。


「あら、イヴじゃない。それに──」


 女性は知り合いかのようにイヴさんの名を呼ぶと、その視線を僕たちの方へと向けてくる。


「火竜の一撃……ねぇ。なーに、あなた買われたの?」


 言って、女はニコリと妖艶な笑みを浮かべると、再度イヴさんへと視線を向ける。


 ヒッと小さく悲鳴を上げるイヴ。


 彼女の怯えた様子から、この女性が例の奴隷を買い漁ってる女性だと理解した。それは皆さんも同様であったようで、僕、マユウさん、リアトリスさんはすぐさま彼女を背に隠す。


 そしてそんな僕たちの前にヘリオさんが出ると、警戒心を前面に出しながら口を開いた。


「それがなにかあんたに関係あんのか?」


「いーえ、ただ私はこの子を狙っていたから、買えないとなると少し残念だなとそう思っただけよ」


 女性はそういうと、小さくため息を吐き「ほんと、残念」とつぶやくように声を漏らす。

 なおも警戒する僕たちに、しかし女性はその表情をあっけらかんとしたものに変える。


「まぁいいわ。……どうぞお幸せに。じゃ、さよなら」


 女性はそう言うと、これ以上僕たちに絡むことはなく、あっさりとこの場を離れていった。


 ジッとその姿を目で追う僕。そして遂にその姿が見えなくなった時、僕は張り詰めていた空気をほぐすようにフーと息を吐いた。


「……行っちゃいましたね」


「……あぁ」


「先ほどの女性が例の人ですよね」


「イヴの様子から恐らくな」


「会話を聞く限りは、悪い人のようには思えないですが──」


「なんか言いようのない不気味さがあるわね」


 リアトリスさんの言葉に、僕は頷く。


「はい」


「俺たちのことは知っていたみたいだが、それでも慌てた様子は無かった。実際に悪い人じゃねぇならなんとも思わねぇが、もしも未だイヴのことを狙っているのなら……あの冷静な様子がなんとも不気味だな」


「ですね」


 頷き、ここで僕は怯えた様子のイヴさんへと視線を向けた後、再度口を開く。


「とりあえずイヴさんもこれ以上お出かけをする気分ではないでしょうし、一度コニアさんの元へ戻った方がいいかもしれませんね」


「ん。それがいい」


 僕の言葉に、マユウさんが頷いたところで、怯えていたイヴさんが、唐突に言葉を漏らす。


「……あの、ごめんなさい」


「いや、イヴが謝ることじゃねぇよ。それよりも今回の遭遇を想定していなかった俺たちの責任だ。悪かったな」


「そんな! 皆さんは悪くないです。……あの、今日は本当に楽しかったんです。だから、できればまた連れてきてほしいです」


「そうね。まずは今回の件を解決して、その後にたくさんでかけましょ!」


「はい!」


 イヴさんの表情が、先ほどよりも明るいものになった。そのことに僕は少し安心してホッと小さく息を吐くと、皆さんと共に斡旋所へと戻った。


 

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