第80話 公国の勇者


「ただいま!」と元気よく声を上げた後、金髪の青年の視線は火竜の一撃の皆さんを映したのか、その表情を爛々とより明るいものへと変えた。


「……っとおお!? 火竜の一撃じゃないか! 久しぶりだね!」


「久しぶりだな、マティアス」


「ふふ、聞いたよ。ランクAになったんだってね! おめでとう!」


「おう、ありがと。まぁ、お前の記録には届かなかったけどな」


 ヘリオさんが言ってニッと笑うと、マティアスと呼ばれた青年はその裏表の感じられないさわやかな笑顔のまま、口を開く。


「はははっ。僕は運が良かっただけさ!」


「相変わらずだな! マティアスは!」


「グラジオラス。そういう君も相変わらずの筋肉だな!」


「まぁな! これが俺の生命線だからな!」


 言いながらグラジオラスさんとマティアスさんが笑い合う。

 そして今度はマユウさんの方へと視線を向けると、久しぶりの再会を喜び合う。


 と、そんなこんなで、火竜の一撃の皆さんとマティアスさんがある程度会話したところで、遂に彼の視線が僕の方へと向き──ここでマティアスさんがなにかに驚くように大きく目を見開いた。


「っと……お、君は──!?」


 言葉と同時に、彼は僕のもとへとやってくると、驚くほど素早く僕の手を握ってくる。それにより僕の手に血がべっとりと付くが、しかし彼は一切それには気がつかず、にこやかな笑みを向けてくる。


「あぁ、やっと会えた!」


「どういう……」


 その言葉の意味が分からず、僕は眉根を寄せる。そんな僕へ、マティアスさんはニヤリと意味深な笑顔を向けてくる。そのなんでも見通していそうな視線に、僕は嫌な予感を覚える。


 ……この視線──まさか、僕の正体に気付いて──


「あー、大声出してごめん。実は、君のことはウィルから色々聞いていてね。ずっと会いたいと思っていたんだ!」


「もちろん、言っちゃダメなことは言ってないから、安心してね~」


 マティアスさんの言葉の後、ウィルさんが耳元でそう囁く。


 ……あー、なんだ。びっくりしたぁ。


 その2人の声を受け、僕はおもわず安堵の息を吐いた。


 そんな僕の内情をに一切気がつかない様子で、マティアスさんは改まって僕に声を掛けてくる。


「さて、とりあえず自己紹介といこうか。俺はマティアス・カーディナリア。ギフト『勇者ノ証』を持つ、今代の勇者だ。よろしく!」


「レフト・アルストリアです。よろしくお願いします。……あ、あの、勇者って……?」


 王国にいた際、リアトリスさん達から公国の勇者の名は聞いていた。しかし、実際にそれがどういうものかは詳しく知らなかったため、僕はこの際だからとそう問うてみた。


 マティアスさんは先ほどまでとは打って変わって、その表情を真剣なものへと変える。


「曰く、この世の災いから世界を救うもの。現に、勇者が生まれた時代には、なにかしら大きな災いが起こっている。そしておそらく今は──」


「魔王の復活」


「……ッ!」


「そう。おそらく俺は、その魔王から人族を救うために、『勇者ノ証』を持ってこの世に生を受けた」


「魔王の復活か。ってことはウィルからおおよその話は聞いているんだな」


「あぁ、もちろんだよ。『勇者ノ証』の存在に、十英雄の昔話。極め付けが今回の魔族の出現だ。魔王という存在に辿り着くのもそう難しい話ではない」


 そう言いながら難しい顔をするマティアスさんであったが、少しして表情を柔らかいものへと変える。


「……さて。これ以上玄関で長話もあれだし、 どうだい? 久しぶりに一杯でも」


「そうしたいところだが、悪いな」


「……なにかあったかい?」


 マティアスさんの問いに、ヘリオさんは神妙に頷く。それを受けて、マティアスさんは「中で聞こうか」というと、屋敷の中へと入っていった。──全身を真っ赤な血液に染めたまま。


「……マティ、とりあえずお風呂」


「は、はい」


 ……どうやらこの屋敷ではウィルさんの方が強いようだ。


 ◇


 マティアスさんが身なりを整えた後、僕たちは席につき、今回の件についてマティアスさん、ウィルさんと、彼女に無理やり連れてこられたランプさんに伝えた。


 その話に、彼らは憤りを覚えた様子であり、その反応に、ウィルさんやマティアスさんさんだけではなく、ランプさんも含めてとても優しいなと強く思えた。


 その後の会話の中で、今はいない二人含め、協力すると彼らは言ってくれた。


 しかし、どうやら明日から重要な依頼で数週間街を離れなければならないという。


 直近で協力を仰げないのは少し残念ではあるが、それでも依頼を早急に終わらせ、帰ってきてから手伝ってくれるという言葉をもらえただけでもすごく心強かった。


 こうしてイヴさんの一件について粗方会話を終えると、少し名残惜しく思いながらも、僕たちは宿へと戻った。

 

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