第79話 夜凪ノ白刃


 ウィルさんに連れられ、僕たちは屋敷の中へと入った。


 玄関を抜けた先には、広々としたリビングが広がっていた。大きなテーブルに、フカフカと柔らかそうなソファなど、生活観の感じられる家具が視界に映っている。


 しかし、きょろきょろと辺りを見回しても、ウィルさん以外の姿はない。


「ん、みんなは?」


「実はちょうどみんな出掛けてるんだ〜ひとりを除いてね〜」


 そう言って、ウィルさんは部屋の隅にあるソファへと視線を向ける。僕たちもつられるようにそちらへ向く。しかし、そこにはただソファが置かれているだけで、その周辺には一切人の姿がない。


「……なにもないですよね?」


 まさか幽霊かなにかなの!? と、若干ビビりながらそう声を上げると、グラジオラスさんがガハハといつものように豪快に笑った。


「ガハハ! 確かにレフトにはそう見えるかもな!」


「どういう……って! うわ!」


 と、ここで突然グラジオラスさんが僕を持ち上げた。そして軽々と肩に乗せた後、先ほどのソファがあった場所を指差す。

 僕は疑問に思いながらもそちらへと視線を向けると──ソファの奥にある狭い隙間、そこに人影があることに気がついた。


「えっ!? 大丈夫なんですか!?」


 かなり狭そうな空間であったため驚きの声を上げる僕に、マユウさんがこちらを見上げ微笑む。


「大丈夫。どうせいつものやつ」


「いつもの……?」


 僕が再び疑問に思っていると、ウィルさんがゆっくりとソファの方へと向かっていき、風の力でソファを浮かした。

 ゆっくりとソファが持ち上がっていき、段々とその裏側に光が指していく。そしてついにソファの裏が完全に表に出たとき、そこには体育座りをして俯く青年の姿があった。


 そんな青年に視線を向けながら、ウィルさんがぷくりと頬を膨らませる。


「ランプ! お客さんだよ!」


「……ひっ! あっ……」


 俯くランプと呼ばれた青年は、ソファを持ち上げられたことで突然光を浴びたからか、ビクリとした後、ウィルさん、僕たちの順に視線を向け──すぐさま元の位置に戻した。


「挨拶しなきゃだめだよ!」


 ぷりぷりと可愛らしく怒っているウィルさん。その声に反応して、ランプさんは再び僕達の方へと視線を向けると、なんとも頼りない笑みを浮かべる。


「か、火竜の一撃のみんなか。ひ、久しぶりだね」


「久しぶり。にしてもお前の方は相変わらずだな」


「は、ははは。そ、そうだね。前と変わらない……変わらない……」


 今の会話でなにがあったのか、突然ズーンと落ち込むランプさん。


 人見知りなのか、落ち込みやすいのか、詳しいことはわからないが、確実に言えることは随分と変わった人のようである。

 その姿を見た後、ウィルさんは浮かせていたソファをもとの位置に戻した。

 そして何事もなかったかのように、こちらへとニコニコと柔らかい視線を向けてくる。


 その姿に僕は「えっ」と思ったが、どうやら火竜の一撃の皆さんにとってはこれが日常のようで、平静のまま会話を始めた。


「あー、どうせなら全員に挨拶しようと思ったんだが……この様子だと今日は帰ってこない感じか?」


「うーん、フィリたんとローちゃんは依頼だから無理だけど、マティはそろそろだと思うよ〜」


「あいつも依頼か?」


「ううん、違うよ〜。いつもの」


「あーなるほど。相変わらずだな」


「……?」


「見ればわかるから安心して」


「……お! 噂をすれば来たようだぞ!」


 グラジオラスさん言葉の後、なにやら足音のようなものが外から聞こえてくる。


 ……ん? 足音にしてはなんか音が重いような。


 そんな僕の疑問は正しく、先ほどまでの足音は次第にドンドンという大きな音へと変わっていく。そして数瞬の後、ドーンというひと際大きな音が響いた後、玄関の扉が開き──


「……え!?」


 眼を見開く僕の視線には、全身が血塗れの状態で満面の笑みを浮かべる、美しい青年の姿と、その後方に置かれた巨大な魔物の亡骸が映った。


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