第47話 涎草とハンマーウッド

 ミカルデの街を北上する事で到着する魔物の森、つまり現在僕達が居る場所は森の最西端付近となる。


 だからと言って、外観的に前回の訪問と何か違いがあるかと言われれば、別段これといって無い。


 となると僕はどうしても疑問を覚えてしまう。


 前回訪問した際、10キロ圏内にある植物は粗方登録した筈である。


 ──果たして入口を変えたからと言って、本当にヘリオさんの考えている植物や魔物が見つかるのだろうか……と。


 半信半疑のまま、前をグラジオラスさん、横をマユウさん、そして後方をヘリオさんと完全包囲の状態で、僕達は森の中へと入る。


 ──と。


「────っ!」


 森に入った瞬間、僕は目に映った情景があまりにも想定外で思わず目を見開く。

 横を歩くマユウさんが悪戯が成功したとばかりに小さく微笑むと、


「レフト、驚いた?」

「はい、それはもう──」


 驚かない訳が無いだろう。


 ──外観的には今までと変わらない。そして、前回同様に先人の歩みによる道が出来ているのも変わらない。


 しかし1つ明確な違いがあった。


 それは──森の中の明るさである。


 前回、入口付近は非常に過ごしやすい環境と言えた。

 が、今回は肉眼でかろうじて近くの道を把握できる程度とかなり暗い。まるで暗室でやっと目が慣れた時の様である。


「これだと迂闊に動けませんね」

「大丈夫」


 僕の言葉にマユウさんは優しく微笑むと、


聖光リグリム


 と唱える。すると、僕達の周囲5m程を照らす光源が頭上に現れる。

 光源とは言え決して眩しいという訳では無く、微光と言うべきか、優しくしかし確かな光でもって周囲を照らしてくれている。いや、それにしても──


 ……これって、魔物に居場所がばれたりしないのかな?


 そんな僕の不安を予見していたのか、マユウさんは柔らかく微笑むと、


「問題無い。この光は魔物には見えない」

「そんな便利な魔術があるんですね!」


 ほわーと感心しつつ、魔物には知覚できない周波数なのか? とその原理に軽く頭を悩ませていると、


「ん? 何か甘い匂いがしませんか?」


 ここで僕は心地の良い匂いが辺りに漂っている事に気がつく。


「お、気づいたか」

「ヘリオさん、この匂いは……?」


 首を傾げる僕に、ヘリオさんはニッと笑うと、


「この匂いの発生源が、今回の目的の植物の1つ──涎草だ」


 ◇


 ──涎草。


 粘性の高い粘液を絶えず垂らしている様子が、まるでヨダレを垂らしている様に見える事からそう呼ばれている。

 その粘液には高い粘性と共に動物の好むフェロモンが含まれており、まんまと呼ばれて近づきこの上を通った生物は、粘液に足を取られ、その場から動けなくなる様である。


 マユウさんの詳細な説明を聞きつつ、僕達は匂いの元へと歩みを進める。


 そして5分程移動した所で、恐らく涎草だろう、一帯に広がる花の様なものが目に映る。

 と同時に、複数の涎草の中心に、何やら異様な雰囲気を醸し出す木が一本生えている事に気がつく。


 僕は歩みを止め、ヘリオさんへと視線を向ける。ヘリオさんはうんと頷くと、


「違和感を感じたか?」

「はい。何やら嫌な予感がしました」

「ん、レフト正解」


 マユウさんが頷く。

 と同時に、ヘリオさんが口を開く。


「ジオ、頼む」

「あいよ!」


 言葉の後、グラジオラスさんがゆっくりとその木へと近づいていく。


「よく見とけよレフト。あの木が──」


 そして遂にあと一歩で触れられるという位置まで来た所で、突然、異様に太い枝が動き出すと、目にも留まらぬスピードでグラジオラスさんへと迫る。


「──もう1つの目的、ランクDの魔物、ハンマーウッドだ」


 ヘリオさんの言葉と同時に太い枝がグラジオラスさんへと衝突し、辺りに重々しい衝突音が響く。


 そのあまりの威力により、一瞬グラジオラスさんを心配する感情が起こるものの、すぐにそれが杞憂である事を理解する。


 僕が受ければ間違い無く致命傷となるであろう攻撃を、グラジオラスさんはへでも無いとばかりに片手で受け止めていたからである。


「ガハハ! ぬるいな!」


 威勢よく声を上げるグラジオラスさんに再び太枝が迫る。しかし──グラジオラスさんは何の戸惑いも見せる事無く、もう一方の手でそれを受け止める。


「す、凄い──」


 目を見開く僕に、マユウさんは当然とばかりに平静で口を開く。


「ハンマーウッド。近づいてきた生物をハンマーの様に強固な太枝で攻撃する。

 基本的にその場から動けない事から、ランクDと言われてるけど、その攻撃力だけならばランクC相当と言われている。つまり──」

「ジオが受けている攻撃の一撃一撃は、体長3mの化け物、オーガのそれと同等という訳だ」


 ヘリオさんの言葉に僕は更に驚きつつ、再びグラジオラスさんの方へと視線を向ける。


 ……オーガ並みの攻撃を受けてる割には、余裕そうだな。


 ハンマーウッドの2本の太枝による攻撃をそれぞれ片腕で押さえているグラジオラスさん。その表情には、それ程の攻撃を受けているとは思えない程余裕の笑みが浮かんでいる。


「ジオ、説明は終わったからもういいぞ」

「あいよ!」


 言葉の後、グラジオラスさんは2本の太枝をそれぞれ抱え込む。次いで、膝を曲げ、両足をグッと踏みしめた後、上方へと力を加える。


 すると、メキメキという音と共に、徐々にハンマーウッドが持ち上げられていく。そして遂にハンマーウッドの身体が土から抜けると、その勢いのままブレーンバスタの如く、逆さになり──


「フンッ!」


 そのまま地面へと叩きつけられた。

 瞬間、ハンマーウッドは砕け散り、そのまま光となり霧散。


 そして遂に光が収まった時、そこにはゴルフボール大の魔石が転がっていた。

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