第23話 冒険者の証
最初外から見た雰囲気から、森の中はかなり薄暗いと考えていたのだが、そんな僕の予想とは反し、魔物の森の中は、木々の隙間から入り込む光により想像以上に明るかった。
「意外と明るいんですね」
小さく目を見開く僕の言葉に、マユウさんはうんと頷く。
「ん。魔物の森も入り口付近は案外快適。……道もあるし」
「確かにそうですね」
道……と言っても、勿論舗装されたものではない。
それは……人の歩みにより生まれた道であった。
確かに魔物の森は、子供にとっては恐怖の象徴である。
しかしそれと同時に大人、特に冒険者にとっては、豊富な素材が手に入る事から宝の山という思いが強く、故に多くの冒険者が毎日の様に森へと足を踏み入れている。
危険を承知で、しかし素材の為に森へと入る冒険者達。
そんな彼らもこう思う。
─一なるべく安全で歩きやすい道を……と。
その結果、森へやってきた冒険者達は、ぼんやりと残った先人の足跡を辿り、その繰り返しにより、こうしておおよそ道の様なものが出来上がったのである。
もっとも、これは一般レベルの冒険者が入れる入り口付近だけの話であり、当然奥に行けば行く程道は無くなっていく。
しかしそれを含めて、何だか冒険者達の歴史が感じられる様な気がして、僕は趣深さを感じる。
「歴史を感じますね」
「ん。冒険者の冒険の証。それが目に見えて分かるから、私はこの場所が好き」
憧憬、夢、そして絶望。
確かにマユウさんが言うように、この足跡から先人の様々な感情が見える様な気がした。
と同時に、僕は何となくマユウさんの気持ちが理解でき、
「……先程までは漠然と、魔物の森は怖い場所という印象でしたが、今はその感情も少しだけ薄れました」
「そう」
マユウさんはうんと頷いた後、少しだけ悪戯っぽい表情で、
「ただ気をつけて。奥はこことは別の場所。植生も違うし、何よりも魔物達が殺伐としている」
「……恐怖心が薄れた矢先に怖い事言わないで下さいよ」
「ふふっ」
笑うマユウさん。
普段よりも大きく笑う彼女の姿を受け、少しだけ和やかになった雰囲気と共に、僕達は奥へと進んだ。
◇
その後5分程歩いた所で、僕は視界の端に動く影を見つける。
「マユウさん、あれ──」
「しっかり周りが見えてるね、偉い」
言って微笑むマユウさんと僕の視線の先には、木々に隠れ、こちらの様子を伺うゴブリンの姿があった。
見慣れた筈のゴブリン。しかし僕は違和感を覚える。
「ゴブリン……にしては、少し背が低い様な気がします」
「ん。あれはフォレストゴブリン。レフトが普段戦っているのとは少し違う」
「フォレストゴブリン……」
そんなゴブリンもいるのかと思いつつ、じっと眺めるも、多少背が低いという事以外はよく見るゴブリンと何ら変わりはない様に思える。
「背が低い意外に違いがあるんですか」
「身体能力が低い」
「……えっ?」
「その代わり、知能が高い」
「知能……ですか」
「ん。そう判断できるわかりやすい特徴が2つある」
指を1本立て、マユウさんは話を続ける。
「1つは、この森という環境を活かして、変幻自在な攻撃を仕掛けてくる事。そして、もう1つが──」
瞬間、マユウさんは僕を抱えると、バックステップでその場を退避する。
「…………ッ!?」
「──人間を模倣して武器を自作、活用できる事。こんな風にね」
先程まで僕達が居た場所に目をやると、そこには粗末な矢の様なものが突き刺さっている。
驚愕と共に、矢の発射地へバッと視線を向けると、そこには木の上で弓を手にこちらの様子を伺うゴブリンの姿があった。
──警戒してた筈なのに気付かなかった……!
想定外の攻撃に動揺を隠しきれない僕。
そんな僕に、マユウさん周囲へと警戒を向けつつ声を掛ける。
「仕方が無い。レフトはまだ戦闘に慣れていないから。ただ今後より強力な魔物と戦う予定なら、あらゆる攻撃を想定しなくちゃダメ」
と、ここで矢が外れた事を受けてか、隠れていたフォレストゴブリンが武器を手にこちらへと近づいてくる。
「……ん、まずはゴブリン達の対処をしようか」
一拍開け、
「レフト。確かにフォレストゴブリンは知能が高いと言ったけど、所詮はゴブリンレベル。おまけに身体能力は通常のゴブリンよりも低い。一対一ならレフトでも余裕を持って戦えるはず」
「はい」
「どうする?」
レフトは戦う? という意味が込められたそれに、僕は──
「マユウさん」
「……ん」
「──木の上に1体、こちらに迫ってきているのが2体──そして、右方で身を隠しながらこちらの様子を伺っているのが1体。……合っていますか」
「ん、正解」
「……前方の2体を僕がやります。マユウさんは木の上と右方の2体をお願いします」
「2体同時は初めて。大丈夫?」
「はい。任せて下さい」
マユウさんは柔らかい笑顔で頷く。
「わかった。気をつけてね」
「はい!」
ここで、前方の2体のゴブリンがこちらに向かって走り出す。僕はそれを合図に、ショートソードを手に力強く地を蹴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます