第15話 相談

 火竜の一撃の皆さんの次の集合日については前回教わっていた為、その集合日に僕は再び街へと繰り出した。


 人混みの中を1人歩く。チラチラと周囲を伺うも、別段襲い掛かって来そうな人はいない。


 確かに歩いている場所が人通りの多い大通りというのもあるだろうが、恐らくはヘリオさんの知り合いというのが効いているのであろう。


 安全に街を歩ける事に感謝しつつ、僕は前回の高級宿へとやってきた。そしてこれまた前回と同じ会議室の前へとやってくると、トントンと扉をノックする。


「誰だ?」


 当然だが、今日遊びに行くとは連絡していない。つまりヘリオさん達は僕が来る事を知らない為、名を問うてくる。


 多少の警戒を滲ませたヘリオさんの声に、僕は少しだけ緊張してしまい、ふーっと息を吐く。そして落ち着いた所で、ヘリオさんの声に返答し──


「レフトで──」


 瞬間、目にも留まらぬ速さで扉が開くと、扉の向こうから飛び出してきた何かに僕は捕まった。


 全身を包み込む柔らかな感触と、鼻腔を擽る甘い匂い。柔らかな何かに包まれ、完全に視界を奪われているが、僕はすぐにそれが何なのか理解した。


「レフちゃん! 会いたかったわ!」


 ──そう、火竜の一撃のメンバーの1人、リアトリスさんである。


 リアトリスさんは僕をギュッと強く、しかし痛みを覚えない絶妙な強さで抱きしめてくる。


 僕は何とかリアトリスさんの双丘から顔を離すと、目前にある彼女の美しい容貌へと視線を向ける。身長差もあってか、それが計らずも上目遣いの様になり、しかし僕は特に気にした素振りも無くそのまま、


「……ぷはっ。リアトリスさん、僕も会いたかったです」


「きゅんっ」という音が聞こえた気がした。リアトリスさんはそれ程までに惚けた表情で、どこか別の場所へ旅立ってしまっている。


 と、そんな僕達のやりとりに苦笑いを浮かべる青年が1人──火竜の一撃のリーダー、ヘリオさんである。

 ヘリオさんは惚けた表情をしたリアトリスさんを他所に、僕へと話しかけてくる。


「よう、レフト。早速来てくれたんだな」

「ヘリオさん、こんにちは! 実はちょっとした相談がありまして……」


 ヘリオさんは片眉を上げると、


「相談? あー、みんなが揃ってからでも良いか?」

「はい。いつでも!」


 言って辺りを見回すも、確かにマユウさんとグラジオラスさんの姿が無い。


 ……もしかして、少し来るのが早過ぎたのかな。


「だとしたら迷惑だったかな?」と心の中で思っていると、そんな僕の表情から読み取ったのか、ヘリオさんは柔らかく笑うと、


「……あぁ、2人はそれぞれ別件で離れてるだけ。だからこの時間に来たからって何も問題無いぜ」


 続く様に、旅から帰ってきたリアトリスさんが満面の笑みで、


「寧ろ、嬉しいわ! 早起きして良かった!」

「ははは、あのリアトリスが早起きなぁ。……まじでレフト様々だ」


 言って、遠い目をするヘリオさん。


 ……一体、リアトリスさんは今までどれだけ寝坊していたんだろう。


 僕は疑問に思うのと同時に、とりあえずヘリオさんの役に立てたのなら良かったなとそう思った。


 ◇


 2人はすぐに戻ってくるという事で、最早定位置とばかりにリアトリスさんに抱えられたまま10分程雑談をしていると、ここで扉をノックする音と共に平坦な少女の声が聞こえてくる。


「私」

「あいよ」


 言ってヘリオさんは扉へと近づき鍵を開ける。するとすぐにガチャリと扉が開き、白髪の少女──マユウさんが部屋へと入ってくる。


 部屋に入ったマユウさんは、いつも通りの眠そうな表情であったが、僕の姿を発見すると、彼女の目が驚いた様に小さく見開かれた。


「あれ、レフトだ。遊びに来てくれたの?」

「マユウさんこんにちは。いえ、相談がありまして……」

「相談。……うん、お姉ちゃんが聞いてあげる。任せて」

「ありがとうございます!」

「マユウ、相談はジオが来てからな」

「ん、わかってる」


 ヘリオさんの言葉にマユウさんが頷く。


 それにしても「ジオ」か。ヘリオさんは、グラジオラスさんだけあだ名呼びなんだな。


 単に男同士だからなのか、それとも幼馴染のように何かしら近しい間柄なのか……。


 未だ出会って2回目である為当然ではあるが、彼らの事を殆ど知らないんだなと僕は思った。


 ──5分後。扉をノックする音の後、低い男声が聞こえてくる。


「俺だ」

「あいよ」


 言って、再びヘリオさんが鍵を開ける。その後すぐ様扉が開くと、身長190cm程度の筋肉質な大男が入ってくる。勿論、グラジオラスさんである。


「悪いな! 遅くなった! ……っと、お! レフトじゃねぇか! 何だ、遊びに来たのか?」

「グラジオラスさんこんばんは! 実は相談があって来たんです」

「相談? かー悪いなレフト! 俺、難しい話はてんでダメなんだ!」

「ジオはいつも通り聞き役だな」

「おうよ! 聞くだけなら任せとけ!」


 言ってガハハと豪快に笑う。相変わらず気持ちの良い人だな。


 と。全員が揃った所で、ヘリオさんはうんと頷くと、


「……うし、んじゃジオも来た事だし、レフトの相談とやらを聞こうか」


 言って、僕の正面に座る。他のみんなも席に着き、こちらへと注目を向けてくる。そんな中、僕は相談の内容を話そうとし──


「ありがとうございます。えっと実は……あ……」


 ここで一度口を閉じ、少し考える。


 ……そうだ、そうだった。


 すっかり失念していたが、相談するには自身の本来の能力の事を話さなくてはならないのである。


 ……本当に能力をバラして大丈夫か。時期尚早ではないか。


 頭を悩ませるも、やはりギフトの今後を考えれば間違いなく協力者、それも力のある協力者が必要である。

 協力してくれるかどうかは置いておいて、現状協力者として適任なのは彼らしかいない。

 共に過ごした時間はほんの少しだが、それでも人となりは把握できた。今僕に見せてくれているものが本性であるのならば、間違いなく信用できる人々だと言える。


 ……何となくここの選択が、運命の分かれ道の様な気がする。


 皆に見つめられたまま少しだけ考えた後、僕は清々しい表情でうんと頷く。


「……相談の前に、まずは僕の恩恵(ギフト)とその能力について話しますね」


 そして言葉の後、僕は自身のギフトが植物図鑑という名であり、植物を図鑑に登録できる事、図鑑にある植物を魔力を消費して実体化できる事、そして現在魔力総量と資金力で限界を感じている事についてなるべく事細かに伝えた。


「──と、いう訳なんです」


 僕の話の後、ヘリオさんが腕を組み頷く。


「はー、なるほどなー」


「レフちゃん凄い向上心!」


 言ってリアトリスさんがギュッとし、


「まだ幼いのに……よく考えてる」


 マユウさんが僕に近づくと、ナデナデと頭を撫でてくる。……うん、やっぱりどうしても4つ年上には見えない。


「こりゃ、レフトは強くなりそうだ!」


 グラジオラスさんはあいも変わらずガハハと笑った。

 そんな中、ヘリオさんは柔らかい雰囲気で、しかし真剣な表情のまま口を開く。


「……つまり、レフトが今日ここに来たのは、俺たちの協力を仰ぎたかったからか?」

「それが最善です。ただ皆さんは間違いなく忙しいですし、こちらから与えられるメリットもないので、難しいのはわかっています。だからせめて何か、解決に繋がるヒントを貰えればと思いまして」


 ヘリオさんは僕の言葉を「はっ」と一蹴すると、


「ヒントなんてまどろっこしい。別に良いぜ協力しても。ただ、暇な時ならば……って枕詞は付くけどな」

「宜しいんですか?」

「おう。因みに納品に関しては、俺らが植物を納品して、その報酬を1割増しでレフトにやるってのでどうだ?」


 1割増し!?


「え……いやいや、それは流石に皆さんにメリットが──」

「メリットならあるぜ」

「え?」

「実績が貯まり、ギルドランク向上に繋がる」


 マユウさんが言い、リアトリスさんが続ける。


「前言った様に、ランクAに上がるには実績がいるの。だからこちらとしても、依頼の達成数が増えるのは非常に助かる事なのよ。たとえそれが恒常依頼であってもねっ」

「なるほど……」


 言って頷くも、しかし理解できない箇所が1つ。


「だとしても報酬1割増しにする必要は無いのではないですか?」

「それはあれよ、先行投資ってやつだな」

「先行投資」

「そ。レフト、お前の能力を聞いた時、俺はとてつもない可能性を感じた。……お前自身が感じたのと同じ様にな。だからここで投資しとけば後々何倍にもなって返ってくるんじゃないかと、そう考えた訳だ」

「随分とぶっちゃけましたね」

「あれこれと隠すよりもこっちの方が信用できるだろ?」

「まぁ、確かに。ある意味清々しいです」

「だろ? ま、そういう訳で納品についてはこれで良いか?」

「はい。納品の件はそれでよろしくお願いします。後は──」


「レベルアップを手伝って欲しい」とは流石に言い難く、思わず口を噤む僕。対してヘリオさんはまたもや僕の表情から察したのか、


「レベル上げの件か? 別に協力するのは構わないぜ。……勿論、毎日は流石に無理だし、毎回全員が協力できる訳じゃねぇけどな」

「手伝っていただけるんですか?」

「おう。ま、これも言うならば先行投資だな」

「ありがとうございます!」

「ただ、その為には──まず両親を説得しないと……だろ?」

「……はい」


 ヘリオさんの言葉に、僕はうんと頷く。


 ──果たして納得してくれるだろうか。


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