第62話 僕にできること(後編)

「そ、それ本当ですか、ウィルさん」

「うん、本当だよ!」


 この状況でお父様が嘘をつく訳が無いので間違いなく本当なのだとは思うが、その情報量の多さに思わず問うてしまう。


「え、えぇぇ……」


 何とも言えない声を漏らす僕に、ウィルさんはハッとした表情の後、


「あ、でもあれだよ〜。私は初期メンバーじゃないから、冒険者ランクは火竜の一撃のみんなと同じB!」


 ──いや、そこは正直どちらでも良い。


 気になるのは伯爵家という事である。


 伯爵家と言えばこの世界においては辺境伯に次いで3番目に高い位となる。

 3番目と言うとそこまで高くは聞こえないかもしれないが、上に行く程数が少なくなる事を考えれば、貴族の中では明らかに上位に位置すると言える。

 また、公爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵の順である事を考えれば、男爵家であるうちからすれば明らかに目上の立場でもある。


 そんな伯爵家という名家の人間。そんな彼女が一体何故、冒険者として活動をしているのか。


 色々と気になる事が多すぎるが、今質問する様な事でもないので、ひとまず置いておく事にして──なる程、お父様が様付けをする理由はよく理解できた。


 いや、そうなると待てよ……。


「となると僕もウィル様って呼んだ方が──」

「気にしないで〜! レーくんはレーくんの好きな呼び方で良いよー。何ならウィルって呼び捨てとか、あ、ウィルお姉ちゃんとかでも良いよ〜」


 言ってウィルさんはニヤニヤする。

 僕はその姿に半目を作ると、


「……ウィルさんのままで行きます」

「ぶぅ」


 ほんわかしたお姉さんの様な見た目なのに、どこか幼子の様な無邪気さを持つウィルさん。


 そんなウィルさんの登場により、屋敷に柔らかい空気が流れ始めるが、未だ緊急事態である事は変わらず、周囲の喧騒は続く。


 その声に、お父様はハッとした様子を見せると、


「それにしても、何故隣国のウィル様がこの街にいらっしゃるのかも気にはなるが──」


 少しだけ疑心の籠もった瞳で、


「それよりも……こんな緊急事態である今、一体何用でうちのレフトに会いに来られたのか」


 お父様の言葉に、ウィルさんは思い出したとばかりに目を見開くと、こちらへと視線を向け、


「あ、そうだった〜! レーくん、レーくん! 単刀直入に言うとね、効果大アリだったよ〜」

「……っ! そうでしたか、良かったです」


 正直操られているという話を聞いた時は望み薄だと思っていたのだが──そうか、効果あったか!


 僕達の話に、事情を知らないお父様達は頭上にハテナを浮かべる。しかし文脈からなんとなく理解したのか、お父様の視線が少しだけ厳しいものへと変わる。


「レフト……まさか──」


 その言葉にお母様も察したのか、こちらへと視線を向ける。


「……っ、レフト……」


 ──実は自室で待機している間に、既に決めていた事がある。


 もし、僕の考えが有効であるとわかったら、その時は──


 僕は意を決した様子で、お父様達の方へと向き直る。

 そしていつも迷惑ばかりかけている事に申し訳なく思いながらも、俯きグッと口を結んだ後、しっかりと視線を合わせ、


「お父様、お母様」


 僕が何を言おうとしたのかわかったのだろう。お父様は視線を更に鋭くすると、


「──ダメだぞ、レフト」

「……ッ!」

「こればっかりは許す事ができない。今までの話とは訳が違うんだ」


 これまで比較的寛容であったお父様が力強く反対をしてくる。

 しかし、それも当然ではある。


 お父様は間違いなく、僕がギルドで案を伝えるだけで終わらない事を理解している。


 普段近況報告をしている事もあり、お父様は僕のギフト事情を把握しているのだ。

 そこに僕の性格も考慮すれば、戦場へと直接赴くつもりである事は容易に想像がつく事であろう。


 向かうは戦場。対し、未だ齢10と幼く、レベルが10と低い上に、そもそも有しているのが戦闘系ギフトではない息子という状況で、行って良いと簡単に口にする親などそうそう居ないであろう。


 勿論そんな事僕も理解している。


 しかし、だからと言ってこのまま大人しく引き下がる事はできない。


「お父様、このままでは恐らく、いずれ街は魔物に呑み込まれてしまいます。そして何もしなければ、ここで死を待つか、危険をおかして外へ逃げるしかないのです。ならば少しでも行動しなくてはなりません」

「勿論それは理解している。しかし、それがお前である必要は無いだろう。お前はまだ10歳で──」


 お父様の言葉を遮る様に、


「僕なら!」


 一拍空け、


「──僕なら、この状況を好転できるかもしれない。……考えがあるんです」


 お父様が眉根を寄せる。そこへウィルさんが変わらずのほんわかとした様相で、


「レーくんの考えについては、私が検証済み。だから効果は保証するよ〜」

「お父様、わがままで親不孝な行動である事は勿論理解しております。しかし、できる事があるのに、僕のギフトで多くの人を救えるかもしれないのに、その可能性を無視して、何もせず引きこもる様な事はしたくないのです!」

「いや──」

「僕ができる作業を終えたらすぐに街に戻ってくると約束します。だから!」

「私も責任持ってレーくんをここに連れてくるって約束するよ〜」

「しかし──」


 お父様がグッと唇を噛む。やはりどうしても僕に何かあったらという考えが止まないのだろう。


 ──認めて貰えないかもしれない。


 そんなお父様の様子に、僕が心の中でそう思っていると、ここで今まで静かに聞いていたお母様がゆっくりと前に出ると、


「行ってきなさい」

「お前……ッ!」

「奥様……!」


 驚愕の2人を他所に、お母様は屈み、僕と目線を合わせる。


「レフト……貴方の力ならこの状況を打破できるのよね」


 勿論、確実とは言えない。しかし──


「はい!」


 僕は力強く返事をする。その声に、お母様はうんと頷くと、


「そう。なら、行ってきなさい」

「ありがとうございます、お母様!」

「ちょっと待て、勝手に──」


 お父様はお母様を止めようとし、しかしすぐに口を噤む。

 きっと、お母様の手が震えている事に気がついたのだろう。


 お母様は尚も僕と視線を合わせたまま、


「けど、これだけは約束して。絶対に元気で帰ってくる事。良いわね」

「はい!」

「私が必ず側にいて守るよ〜」


 お母様が優しく頷く。しかしやはりその瞳は揺れている。


 そんなお母様の姿に、僕ははっきりと思う。


 きっとこの行動は家族を裏切る行動であり、皆を悲しませる決断であるのだと。


 しかしそれでも、やはり多くの人を救える可能性があるのならば、僕はそれに賭けたかった。


 僕はギュッと拳を握ると、


「お母様、お父様、カイラ……行ってきます!」


 僕の言葉に、何か言おうとするお父様。しかしそれをお母様が制すると、


「行ってらっしゃい。必ず、必ず、生きて帰ってくるのよ」

「はい! ……ウィルさん!」

「うん、行こう」


 こうして、僕とウィルさんはギルドへと向かった。


 ◇


 レフトとウィルが遠ざかっていく姿を、セルビアはぼうと見つめている。


 その姿に、ガベルは一度グッと口を結んだ後、理解できないとばかりに声を上げる。


「何故今まで外出に良い顔をしなかったお前が、こんな危険な事を……」


 セルビアは基本的にレフトの外出をあまりよくは思っていなかった。だからこそ、ガベルには今回の彼女の決断が到底理解できなかった。


 そんな思いの元吐かれたガベルの言葉に、セルビアは呟く様に小さな声音で、


「勿論、本当は許可などしたくないわ。まだあんなにも幼いのに、決して強大な力がある訳でもないのに、わざわざ危険な場所へと行かせたくは無い……」

「なら!」

「けれど──」


 セルビアは、先程のレフトの瞳を思い出し、


「私にはあの瞳を裏切れなかったわ」


 尚も震えながら声を絞り出す。そんなセルビアの元へ、カイラは近寄り、


「奥様の選択は、決して間違いではないと思います」

「カイラ──」


 カイラが震えるセルビアの手を包み込み、彼女の震えが弱まる。


「ありがとう、もう大丈夫よ」


 言葉を受け、カイラは手を離す。


 セルビアは、未だ揺れる瞳を子の行き先へと向ける。その瞳にはしかし決意の色が滲んでいる。


 セルビアは一度小さく息を吸うと、


「──もし、どんな事が起こっても、私は変わらずあの子の味方でいる。それだけは心に誓いましょう」


 あらゆる可能性を想定し、セルビアは幼くも力強い子の行き先へと視線を向けたままそう声を上げた。


 ガベルは、震えながらも一点を見つめるその瞳に、一度グッと口を結ぶ。

 そしてセルビアと同じ方へと視線を向けると、彼女の肩を抱きつつ、小さく「……あぁ、そうだな」と声を漏らすのであった。


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