第61話 僕にできること
──ギルドへと向かう1時間程前。
マユウさんやお父様達に諭された後、僕はどうする事もできず、部屋で1人大人しくしていた。
いわゆる学習机の椅子に腰掛け、以前お父様からお借りした植物の本をペラペラと捲る。
その内容は一度目にしているが、二度目ともなればその一回では気づけなかった特徴などがある事を認知できる。
そういう意味では非常に為になるのだが、状況も状況だからか、例え発見できても、それらの情報がどうにも頭に入っていかない。
というのも、僕の頭の中には今も絶えず、屋敷の外で行われているだろう作戦会議や、スタンピードによる大量の魔物との戦闘の事ばかりが浮かんでいるのである。
現状はどうなのか、怪我人は、死人は……火竜の一撃の皆さんは無事なのか──
部屋の外から喧騒が聞こえてくる。
スタンピードが起こり、大量の魔物が迫っているという情報を聞き、皆一様に落ち着かないのだろう。
その騒めきが、更に僕の不安を掻き立ててくる。
──僕も、何か役に……。
不安が増し、思わず行動を起こしたくなる。
しかし、残念ながら現状ではどうしようも無い。
例え無断で屋敷を抜け出し合流しても、待っているのは冒険者達による明確な拒絶だろうし、例え案があろうとも、僕の考えなど万に一つも聴き入れて貰えないだろう。
いや、そもそも無断で屋敷を抜け出せば、お父様達や火竜の一撃の皆さんを裏切る事になってしまう。
それだけはダメだ。
だからここで大人しく待つ他無い。
本を持つ手にグッと力を込めながら、どうにもできない現状に歯痒さを覚えていると、ここで部屋をノックする音が聞こえてくる。
「レフト様、カイラでございます」
「……! どうぞ!」
声の後、カイラが室内へと入ってくる。と同時に、僕ははやる気持ちを抑えられないとばかりにカイラの元へと駆け寄る。
「カイラ! 外の状況は……!」
実は先程から、何度か外の状況を教えて貰っている。カイラが訪ねてきたという事は、恐らく新しい情報が得られたのだろう。
そう思い尋ねると、カイラは眉間に皺を寄せ、
「未だ進軍を抑えられていない様です。魔物達が誘導に靡かない事から、操られているのではないかという噂もございました」
「魔物を操る……2000体も?」
訝しげな瞳で見つめる僕の先で、カイラは首を横に振る。
「いいえ、レフト様──3000体でございます」
僕は目を見開く。
「……!? さっきは2000体って……」
「追加の大群が押し寄せてきた様です。中にはランクBの魔物も居るとか」
「ランクB!?」
僕は思わず声を上げてしまう。それ程までに、ランクBの魔物がいるというのは状況に大きく関わってくるのである。
──魔物の強さは、一般的にこう定義されている。
魔物の冠するランクは、同ランクの冒険者パーティー1組により討伐できる程度である……と。
つまりランクBの魔物の場合、1体の討伐にはランクBの冒険者パーティーが1組必要な事になる。
勿論これはあくまでも基準であり、例えばランクFのゴブリン相手であれば、同ランクの冒険者1人で討伐できる事も多々ある。
火竜の一撃の皆さんだってランクBパーティーでありながら、ランクAの魔物を撃破できるだけの力を有している。
だから、あくまでも基準である。
しかし今回は数も数である。例えランクB1体をパーティーとして余裕で討伐できる力があったとしても、その数が2体3体と増えれば状況は変わってくる。
ましてや今回は誘導が効かない魔物3000体だ。
どう考えても分が悪い。
「そうだ、騎士団や魔術士団は!」
「到着にあと1日は要する事になるかと……」
「つまりは間に合わないという訳だね」
カイラは頷き、
「……騎士団や魔術師団がその性質上早急な対応をできないというのもありますが」
一度目を伏せ、再度口を開く。
「何分、今回のスタンピードはイレギュラーなのです。スタンピードとは、元来発生場所、規模感などあらかじめ把握が可能なもの。しかし今回は、発生の前兆も無い上に、発生場所も魔物の森の中。更にはその距離も短く、何よりも操られているのか一切の誘導にも靡かない──」
一拍空け、
「──冒険者では無い為明確にはわかりませんが、正直かなり厳しい状況だと感じております。このままでは最悪、街内への侵入を防げない可能性もございます」
カイラの考えは恐らく正しいだろう。
敵3000体に対し、こちらは冒険者が400人程度な上、大半が低ランク。
更には、何らかの力により敵が一切の誘導を受けず、一直線に街へと向かっている。
いくらこちらに火竜の一撃の皆さんが居るとは言え、この対処はそう簡単では無い。
いや、寧ろ明確に劣勢と言える状況であろう。
僕はあまりの状況の悪さに、グッと口を結んだ後、1つカイラへと問うてみる。
「その場合、うちの対処はどうなる?」
「最悪危険を賭してでも、街を出る事になるかと」
「街民を残して……?」
「勿論可能な限り援護はした上でですが……やはり私の中ではご主人様や奥様、そしてレフト様が一番でございますから」
綺麗事なら幾らでも言えるが、確かにどうにもならないとして、使用人が主人を優先しないとは言えないか。
カイラの表情は、柔らかい笑みであるのだが、やはりどこか無理をしている様にも見える。
──状況が状況だというのに申し訳無い事を聞いたな。僕もそれだけ気が動転しているのかな。
そう思うも、しかしそういう行動を取るという選択肢が、現実味を帯びる程度に状況が悪いのは確かである。
作為的なものを感じる程一直線に街へと向かう、何らかの支配を受けた魔物の大群。対して、靡きも効かない中ではどうしても乏しいと言わざるを得ない戦力。
──せめて敵戦力を分散できれば。
そうすれば、状況は明らかに好転するのに。
現状では不可能であるとカイラの情報から理解しつつも、しかしそう考えずにはいられないという状況の中、ここで突然来客を知らせる音が聞こえてくる。
「……! レフト様、失礼致します」
言ってカイラが部屋を出て応対に向かう。
こんなタイミングの来客とあり、僕はもしかしてと思うと、カイラを追うように玄関へと向かう。
そして階段を降りた所で、目前のカイラは玄関を開け、
「あ、あの方は……どうしてここに」
という驚いた声を上げた後、玄関を出て門の方へと向かう。
その声を受け、僕はちょこちょこと玄関へ近づいた後、一応バレない様にとドアの陰から外へと目を向けると──そこにはライトグリーンの髪を持つ美女、ウィルさんの姿があった。
ウィルさんだ!
そう思っていると、ここでウィルさんの視線が僕の方へと向き、そしてニコリと柔らかい笑みを浮かべた。
「……っ!」
……え、気づかれてる?
一応姿が見えない程度には隠れていたつもりなのだが、そこは流石火竜の一撃の皆さんと親しい間柄のウィルさん。やはりかなりの実力者だからか、当然の様にこちらの姿に気がついた様で、
「やっほー、レーくん!」
と言って大きく手を振ってくる。
……レーくん?
いつの間にか随分と距離の近い呼び名へと変わっているが、ひとまず今は置いておく事にした。
ウィルさんが僕の知り合いとわかったからか、ギョッとした様子でこちらへと目をやるカイラを他所に、僕はゆっくりと近づき、
「先程振りです、ウィルさん」
「……! レフト様お知り合いなんですか!?」
変わらずカイラは驚いた様子である。
──この反応はどういう事だろうか。
いや、というよりもそもそもカイラは何故ウィルさんの事を知っているのか。
火竜の一撃の皆さんの話の通りならば、ウィルさんは隣国で活動している冒険者の筈である。
なのに何故……いや、火竜の一撃の皆さんと対等に話している事から実力者である事はなんとなく理解していたが──もしかして僕が知らないだけで、この天然お姉さんは想像以上に凄い人?
などと思っていると、ここで騒ぎを聞きつけてか、お父様とお母様がやってくる。そしてこちらへと目をやり、
「どうしたカイラ……あ、貴女は!」
「……あらまぁ!」
ウィルさんの姿を目に収めた後、カイラ同様に目を見開く。
……え、2人もウィルさんの事知ってるの? もう一度言うけど、ウィルさんって隣国の冒険者だよね?
疑問を覚えながらも、お父様の指示を受け、ひとまずウィルさんを門の中へと入れる。
と同時に、お父様とお母様は僕達の元へとやってくる。そしてどこか困惑した表情を浮かべると、
「どうして貴女様がここに──」
……様?
「どうやらレフト様とお知り合いの様です」
再度驚愕の表情を浮かべるお父様達。
訳がわからない様で、「……なんで?」って顔をしている。
そんなお父様達の反応に、僕もいまいち状況が掴めずにいると、ここでそれを察したのか、カイラが小さく首を傾げ、
「もしかしてレフト様……ウィル・ローズゴルド様の出自をご存知でないのですか」
……ウィル・ローズゴルド様? え、家名って──
まさかとは思いつつ、
「あの、フルネームがある事すら今知りました」
そんな僕の様子などお構い無しとばかりに、
「さっき初めて会ったばかりだしねー」
ウィルさんは相変わらずのほんわかした笑顔でそう言う。その笑顔に、緊張感を奪われながらも、お父様は真剣な表情を浮かべると、
「レフト、いいか。この方はな──ローズゴルド伯爵家の次女にして、隣国、ランターナ公国の勇者様が興したAランクパーティー、夜凪ノ白刃に所属するウィル・ローズゴルド様だ」
伯爵家、Aランクパーティー、そして勇者という存在。
ウィルさんの肩書き、その情報量の多さに、
「え、えぇぇぇぇーー!!!!」
僕はウィルさんを見て思わず声を上げ、ウィルさんは変わらずニコリとほんわか笑みを浮かべた。
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