第25話 カラミヅルと爆裂草

 戦闘が終わり息を吐く僕の元へ、マユウさんが近づいてくる。


「お疲れ様」

「マユウさん……! ありがとうございます」

「ん。2体相手でも良く見えてた。快勝」

「いえ、マユウさんが居てくれたからですよ。おかげで目前の2体だけに集中できました。もしこれが僕1人だったら周囲の警戒を今以上にしなきゃで、きっともう少し手間取っていたと思います」


 言って僕は苦笑いを浮かべながら頭を掻く。そんな僕の言葉に、マユウさんは小さく目を見開くと、


「……レフトは凄い」

「……え?」

「驕らず反省できてる。大抵、10歳なら褒められたら喜んで終わり」


 もう一度「凄い」と言い微笑んでくれる。


 ……うん、マユウさんに褒められるのはやっぱり嬉しい。けど……少しだけ複雑だな。

 ……だって、精神年齢的には間違いなく10歳では無いからね。


 日本に居た頃の記憶がある。かなり朧げであるが、自身が30代前後であった事は覚えている。


 勿論、こちらの世界の僕の人格と混ざり合った為、現在の精神年齢が30代前後かと言われれば、そこまで大人では無いと言い切れるが、少なくとも10歳の幼子と比べれば、間違い無く達観している筈である。


 しかし当然であるが、そんな事マユウさんには言えないので、僕は複雑な感情を抑え、嬉しいという気持ちに従って小さく笑みを浮かべた。


 と、ここでマユウさんが再度口を開く。


「そんなレフトだから、特別に1つだけ──」

「……? は、はい」


 キョトンとする僕に、マユウさんは小首を傾げ、


「──今、周囲の警戒はしてる?」

「…………え……あ」

「忘れてた?」

「はい……」


 ……そうだ。今僕が居る場所はあの魔物の森。1度魔物を倒したからといって、それで終わりじゃない。

 ……こんな事をしていたら、1人で行動した瞬間、命を刈られてしまう。


 僕は反省し、グッと唇を噛む。

 そんな僕に向けて、マユウさんは柔らかい笑顔を浮かべる。


「あと一歩、頑張ろうね」

「はい!」


 僕は再び気を引き締め、マユウさんに続いて更に奥へと向かった。


 ◇


 道を歩く……とは言ったが、当然1本道では無く、川に支流がある様に、道も幾つかに分岐している。


 現在僕達が歩いているのは、支流の様に今までの道よりも幾分か狭い道である。


 狭い道という事は、それだけ人通りの少ない道という事であり、僕は何となく、いよいよという雰囲気を感じる。


 と、ここで。どうやら僕が感じた通りだった様で、マユウさんが口を開く。


「そろそろ目的地」

「カラミヅル、ですよね」

「ん、そう」


 歩みを進める。すると今まではっきりと道だったものが、段々と薄くなっていく。

 そして遂に道らしきものが無くなった所で、前方にぶらりと垂れ下がる多数の蔓が目に入り、ここでマユウさんが歩みを止める。


「マユウさん、これが──」

「ん、カラミヅル」


 一見すると、何の変哲も無い蔓である。

 魔物の森特有の樹木、フィルトの木に巻きつくようにして、片利共生をしている。


 フィルトの木の枝から多数の蔓が垂れ下がるその様は、まるでカラミヅルのカーテンであり、通ればたちまち動きを止められてしまいそうなそれは、まるで自然の罠とも言える。


 ……なるほど、だから道が薄くなったのか。


 確かに、ここ周辺が群生地と考えれば、態々突っ切るよりも引き返した方が楽だろう。


 ここでマユウさんがポツリと呟く。


「カラミヅルは、例えばゴブリンならば逃げ出せない程度の強さで巻きついてくる」

「ただの植物なのに、かなり強いんですね」

「ん。だから触れるならマヌケな奴」

「マヌケな……」


 言ってじっと目を凝らす。


 獲物を待ち伏せするかの様にぶらりと垂れ下がるカラミヅルが多数存在する中で、1組カラミヅル同士で絡みついている可哀想な奴らが目に入る。


「……おお、これは──」

「大マヌケ」


 大方風に揺られ、接触してしまったという所か。


「これなら安全。さ、レフト。早速登録しよう」

「はい!」


 先程の反省を踏まえ、僕は警戒は緩めずゆっくりと近づき、カラミヅルへと触れる。

 そしてそのまま10秒程経過した所で、カラミヅルが光となった後霧散し、同時に植物図鑑が輝く。

 次いでその光が収まると同時に、僕はマユウさんの方へと視線を向ける。


「登録できました!」

「ん、おめでとう。次は爆裂草。この近くだからそのまま向かおうか」

「お願いします!」


 ◇


「着いた」

「……ここが、爆裂草の群生地ですか──何というか、かなりやばいですね」

「ん、地獄絵図」


 目前に点在する爆裂草。その周辺には、偶々集団で引っ掛かったのだろう、数体のゴブリンが地に伏せながら、身体をピクピクと震わせている。


 ……これが、爆裂草の威力か。


 もしも自分が食らったらと思うとかなり恐ろしい。

 とは言え、能力的成長の為には、爆裂草を登録しないという手はない。


「よし……」


 気を引き締めて、近づこうとした所で、マユウさんが声を上げる。


「レフト。爆裂草をよく見て」

「は、はい」


 マユウさんの声に従い、爆裂草をじっと見る。

 見た目としては日本で言う所のイネ科の植物に近いか、細長く先端の尖った葉を持っている。

 しかしイネ科と同類とは言えない、明確に違う箇所が一箇所ある。

 それは葉と葉の間、そこにぷくりと膨らんだ実の様なものが存在するのである。


 幾つかの爆裂草を見比べると、その大きさは様々であり、パンパンに膨らんだものもあれば、萎んだものもある。

 中には破裂したのか実の原型が無くなっているものもあった。


 ……なる程、ここに毒の粉が入ってるのか。


 つまり、触って安全なのは──


 僕は実が爆ぜてしまった爆裂草を見つけると、マユウさんへと視線を向ける。


 僕の視線を受け、マユウさんが「正解」とばかりに頷いたので、僕はゆっくりと爆裂草へ手を伸ばし、触れた。


 そして10秒程が経過した所で、爆裂草がいつもの様に光となって消えると、植物図鑑に爆裂草の名が刻まれた。


「登録できました!」

「ん。おめでとう。……これで目的は達成」

「はい、ありがとうございます!」


 お礼を言う僕に微笑みを浮かべた後、マユウさんは小首を傾げる。


「この後は、どうする? まだ、時間はあるし、ついでに検証もする?」

「良いんですか!」

「ん。問題ない」

「なら、お願いします!」


 こうして目的を果たした僕達は、次いでカラミヅルと爆裂草が戦闘で使用できるか検証すべく、見晴らしの良い草原へと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る