第44話 恋バナと想起

 リアトリスさんとマユウさんが、ずいっと身を寄せてくる。


「で、どうなの、レフちゃん! レフちゃんは好きな人いるの?」


 言って目を輝かせるリアトリスさんに、同じくキラキラとした瞳でウンウンと頷くマユウさん。


「好きな人……ですか」


 2人の言葉を受け、うんと考える。


 ──好きな人。


 それが何を意味するかによるが、単に好意を抱いている人物となれば、リアトリスさん達含め沢山いる。しかし──


「そうそう、この人と結婚したいなーとかそんな!」


 ……やっぱりそういう意味か。


 うーんと悩んでみるも、恋愛的意味での好きな人となると、これといって思い浮かばない。……いや。


 ここである少女の顔が思い浮かぶ。


 ……それに近しい存在ならば、1人だけいるか。


「結婚したいというより、結婚する予定だった人ならいますよ」

「……どういう事?」

「許嫁というやつです」

「い、許嫁!?」


 言って2人は驚愕の表情を浮かべた後、思わず息を漏らす。


「貴族って凄い」

「でも予定だったって、過去形なのはどうして……」


 何か事情があると察したのか、リアトリスさんの声が尻すぼみになっていく。

 僕は晴れやかな微笑みで、


「もう気にしてないので大丈夫ですよ。……そうですね、折角の機会ですし、お話しましょうか。あまり面白い話でも無いですが……」


 言ってリティナちゃんとの間柄や、恩恵授与式での出来事、そして婚約解消に至るまでを2人に話した。


「──と、こうして今に至るという訳です」

「な、何て悲しいお話なの!」

「悲劇のレフト」


 言って2人は悲しげな表情を浮かべる。

 いや、リアトリスさんに限っては号泣している。……何とも情緒豊かな人である。


 僕はまるで自分の事の様に悲しんでくれる2人の姿に嬉しく思い、心からの笑みを浮かべると、


「確かにこの時は悲しかったですが、おかげで火竜の一撃の皆さんと知り合えたので、僕はこれで良かったのかなとも思っていますよ」


「レフト……」

「レフちゃッ──」


 リ感極まったのか、リアトリスさんは目を見開き両手で口を押さえ、


「──レフちゃん……ッ!」


 言ってこちらへと抱きついてくる。


「……んぶっ」


 いつもの様に双丘に埋まる僕。そこへ、今日はマユウさんのナデナデが加わる。


 ──まさに大盤振る舞いである。


 と、こうして2人に散々揉みくちゃにされた後、僕は「ぷはっ!」と顔を上げると、2人へと視線を合わせ、目を輝かせる。


「次はお2人のお話が聴きたいです! リアトリスさんはどうですか!」

「えっ……!」


 リアトリスさんの様に大人っぽく美しい女性ならば、さぞ恋愛経験も豊富であろう。


 そう思い、だからこそ何か面白い話が聴けるかもしれないと話を振ったのだが──


「……え、えっと」


 言ってリアトリスさんは目を泳がせ、


「マ、マユウはどう? 良い人できた?」


 マユウさんへと話を振る。

 対するマユウさんは突然話を振られたからか、ギョッとした後、珍しく目を泳がせ、


「……レ、レフトはリアの話が聴きたいって」

「お二人の……って言ってたわ。つまりマユウのも聴きたいって事よ! ね、そうよねレフちゃん!」


 言って凄まじい勢いで、こちらへと視線を向けてくる。

 その勢いに、僕は思わずたじろぐ。


「えっと……」

「あ、ご、ごめんねレフちゃん! 困惑したよね!」


 言って両手を振った後、一拍空け、リアトリスさんはバツが悪そうな顔を浮かべ、


「じ、実はねレフちゃん私まだ誰とも恋愛をした事が無いの……」


 そこへマユウさんが間髪入れずに、


「私も」


 リアトリスさんが目を見開く。


「え、マユウもなの!?」

「ん。私が火竜の一撃に入ったのは11歳。それから3年間、基本10歳以上年上の人としか会ってないから。同年代と知り合う機会が無くて──」


 その声に、リアトリスさんは大仰に頷く。


「そうなのよ! 知り合う冒険者に私達と同じ10代なんて基本いない。その殆どが恋愛対象にならない年上のおじさんばかりなのよ! ……私は年下が好きなのに」


 後半の方は小声で聞こえなかったが、とにかくリアトリスさんの熱量が凄かった。


 ……とは言え、確かに冒険者ランク上位となれば、必然的に若い人は少なくなるか。


 勿論ゼロではないだろうが、火竜の一撃の様な10代でランクBまで登り詰める存在など、異例中の異例なのだ。


 そして冒険者ランクが上がれば、例えば共闘する相手も同レベルになり、必然的に知り合いの年齢層も高くなる。


「……色々な意味で大変な環境ですね、冒険者って。でも、それなら、ヘリオさんやグラジオラスさんはどうですか?」

「無いわね」


 間髪入れずに答えるリアトリスさん。マユウさんも同調する様にウンウンと頷く。

 まさかの即答に僕は驚く。


「どうしてですか。お二人共あんなにカッコ良いのに」


 マユウさんはさも当然とばかりに、


「……パーティーメンバーは四六時中一緒に居るから」

「そ、だからどちらかと言うと家族の様な間柄であって、恋愛対象にはならないのよ」


「ねー」と顔を合わせる2人。


 残念ながら、パーティーを組んだ事が無い僕にはその感覚がわからない。

 しかしそれでも、1つだけわかることがあった。


 ……家族の様な間柄。そう言い切れるだけの関係──


「パーティーって凄いんですね」

「ん、凄い」


 言って力強く頷くマユウさん。

 その揺るぎない頷きが、僕の目に羨ましく映る。


 と。ここで一拍空け、リアトリスさんが何かを探る様な声音で、


「……レフちゃんは、冒険者になるの?」

「……え」


 突然の問いに、僕は困惑する。しかし、リアトリスさんの表情を目にして、何となく答えない訳にはいかないと思った為、少しだけ頭を悩ませた後、口を開く。


「……まだ、わかりません。でも皆さんを見ていたら、冒険者が、パーティーという関係が凄く魅力的だなとそう感じました」

「そっか」


 言ってリアトリスさんは柔らかく笑う。マユウさんも微笑みながら、


「もしレフトが冒険者になったとして、誰かとパーティーを組む事になったら──」

「きっと私達に負けず劣らずの最高のパーティーが完成するわね!」


 言ってリアトリスさんがニコリと微笑んだ後、悪戯っぽい笑みで、


「だって……レフちゃんはこんなに可愛くて賢いんだもの!」

「ん。癒しの弟だから」


 言葉の後、僕は再び2人に揉みくちゃにされた。


 ……その後は話が一転し、僕がどれ程癒しなのかという話を、2人が熱弁するというよくわからない事になったが、全体的に楽しい時間を過ごす事ができた。


 ──そんな中で、僕の脳内には2人と話をした事で生まれた幾つかの事柄があった。


 将来の事、冒険者の事、パーティーの事、そして──


 ……リティナちゃんは今、どうしてるのかな。

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