第102話 突き刺さる炎

 小さな森のとある大きな廃墟にて、醜悪な見た目の男、ヴォルデ子爵が気味の悪いねちゃりとした声を上げる。


「ぐふっ、おいネフィラ! も、もうやってもいいのか?」


 対する妙齢の女ネフィラは、露骨にその表情を歪めながら口を開く。


「まだよ。イヴが目を覚ましてからにしなさい。でなきゃなんの意味もないでしょう?」


「ぐぐっ、そんな待ちきれないぞ!」


「ったく、うるさいわね! 貴方は私のおかげでおいしい思いをできてるのよ? こういう時は文句を言わず素直にはいと言えばいいのよ」


「ぐぬぬ」


 ギリッと歯を鳴らすヴォルデを一切気にも留めず、ネフィラはそばにいた女、コニアへと声を掛ける。


「コニア、イヴをあそこの鎖に繋いでちょうだい」


「わかりました」


 コニアはネフィラの言葉に素直に従い、未だ目を覚まさないイヴの首元を、頑強な鎖へと繋いだ。これでもう彼女は逃げ出すことはできない。


「ありがと」


「いえ、とんでもございません」


 目を伏せ、殊勝な態度を見せるコニアに、ネフィラは小さく息を吐く。


「どうせ口だけだと思っているだろうけど……今回の件に関しては本当感謝してるのよ。おかげでしっかりと準備をして、イヴの獲得に動けた」


「もったいないお言葉でございます」


「……だからこそ惜しいわ」


「惜しい……ですか?」


「あなた、私たちに協力するフリをして、なにか企んでいるでしょう?」


「……! そんなことは──」


「あら、気づいていないと思った? 確かに私の能力では思考までは読めない。でもねぇ、やっぱり視線に出るのよ。イヴを思う気持ちが、溢れんばかりの愛情が……」


「…………」


「残念ながら、あなたの願いは叶わない。ここからイヴを取り戻すことはできないわ。なぜなら──」


「……ッ!」


 言葉の後、先端を鋭くした触手で、ネフィラはコニアの腹部を貫いた。


「──あなたはここで私のお人形になるのだから」


「……あぁ」


 触手を引き抜くと、コニアの腹部から大量の血が流れ、彼女はバタリと地へ伏す。

 その姿を見下ろしながら、ネフィラは余裕の表情を崩さぬまま口を開いた。


「……あなたが恨むべきは、イヴへの深い愛情かしらね。それを少しでも隠すことができれば、もしかしたら私にバレずにイヴを救えた、そんな未来があったかもしれないのに」


 言葉の後、一拍置いて、再度ネフィラが口を開く。


「さぁて、なにか言い残したことはあるかしら?」


 ネフィラのその言葉に、コニアは気力で顔を上げ、彼女の容貌へと視線を向ける。そして口元から血を垂らしながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


「──間一髪、私たちの勝ちさね」


「…………っ!」


 コニアの言葉と同時に、ドンッという破壊音と共に廃墟の壁に穴が空いた。そしてそこから凄まじい速度でヘリオが近づき、炎を纏った拳でネフィラを殴りつけた。

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