第49話 食人花

 道中これといって話題が無かった為、僕は周囲の警戒は怠らずに、先程疑問に思った事を問うてみる事にした。


「マユウさん」

「ん、どうしたの」

「先程、涎草群生地の中心にハンマーウッドが居ましたけど、あれって他でもそうなんですか」

「ん。涎草とハンマーウッドは相利共生の関係にあるから」

「相利共生って何だ?」


 グラジオラスさんがポカンとした表情で言う。

 マユウさんは変わらず淡々とした口調で、


「物凄く簡単に言うと、別種の生物が互いの足りない部分を補いながら生活している状態の事」


 一拍空け、更に続ける。


「例えば今回の場合、涎草とハンマーウッドは、共に養分を得るべく動物を討伐する必要がある。けど、涎草の粘液は動物をおびき寄せる事には長けているけど、動物の動きを止められる程の粘性は無い」


 ウンウンと頷くグラジオラスさん。僕も同様に頷きつつ、次の言葉を待つ。

 マユウさんは再度口を開く。


「一方のハンマーウッドは、近づいてきた動物を討伐する力には長けているけど、その場から動けない事もあって、そもそも獲物と中々遭遇できない。──そんな中、2種が近くに存在するとどうなるか」


 僕とグラジオラスさんの視線を一身に受けながら、マユウさんは話を続ける。


「涎草が動物を集め、動きを鈍らせ、それをハンマーウッドが仕留める。これによって、双方が効率良く動物から栄養を得る事ができる」

「なる程! 頭が良いな!」

「よくできていますね」


「ん」と言って柔らかく微笑み頷いた後、マユウさんは流れのままに、


「ただし、ハンマーウッドは頭が良くない。だからたまに動物を攻撃する際に誤って涎草を攻撃してしまう事がある。こうなると折角の涎草の恩恵が得られなくなって、結果光となって霧散する事になる」

「自分の首を絞める事になるんですね」

「ん。植物の時もそうだったけど、自然界にはこういう自滅をするドジな子が意外と多い」


「面白いなぁ」と思いつつ聞いていると、ここで唯一食人花の場所を知っている事から先頭を行くヘリオさんがこちらへと振り向き、


「そろそろ着くぞ。気ぃ引き締めろよ」

「はい!」


 ヘリオさんの言葉を受け、一層集中しつつ先へ進むと、前方に何やら大きな花が幾つも咲いているのが目に入る。


 形状としては茎が伸び、その先に花弁があり、所謂一般的に想像する花──例えばマーガレットの様な──と同様である。

 しかしその大きさはかなり異常であり、高さは2m、花径は1m程度となっている。そして円形に広がる花弁の中心、筒状花と呼ばれる部分が一般の花よりもかなり大きく、花としてはかなり歪な形状と言える。


「ヘリオさん、もしかしなくてもあれが食人花ですよね」

「おう、間違いなくな」

「……一応確認なんですが、あの茎の部分が膨らんでいるのは──」


 複数存在する食人花のうち、1体の茎部分が大きく膨らんでいた。

 そしてその形状は、まるでシルエットクイズかの様に酷くはっきりとしており、その茎の中に何の魔物が取り込まれているのかが明確にわかる。


 半ば確信を持ったまま問うた僕の声に、ヘリオさんは間違いないとばかりに、


「フォレストゴブリンだな」


 再びそちらへと目を向けると、茎の中のフォレストゴブリンは生きているのか、未だに動いている様に見える。


 ……その様はかなり生々しく、はっきり言ってエグい。


「あ……」


 とここで、遂にフォレストゴブリンが光となり霧散したのか、茎の膨らみが無くなる。


 ……これで体内に残った魔石から栄養を補給するという事だろうか。


 単なる動物の場合は普通に消化するのか? と疑問に思っていると、


「中々珍しい瞬間を目にできたな」


 と言ってヘリオさんが笑った。


 それにしても──


「……でも本当にランクEなんですか」


 フォレストゴブリンはそこそこ素早い魔物である。

 食人花はそれを捕まえる事ができる程素早く、かつ見るからに攻撃力の高そうな牙を有している。


 果たして本当にランクEで収まる魔物なのだろうか。


 僕の問いに、ヘリオさんはニッと獰猛な笑みを浮かべる。


「さっきも言った様に、こいつの攻撃にはそこそこ威力がある。が、一つそれを打ち消して余りある程に明確な弱点があってな」

「弱点、ですか」

「おう、因みに魔術は無しな。火の魔術なんかは大抵の植物系に効果が高いからな」


 うーんと頭を悩ませるも、これと言って浮かばない。


「ま、これは流石にわからんだろうから、とりあえず実演するわ」


 言葉の後、ヘリオさんはキョロキョロと地面を見渡し、


「んーと……あぁ、あったあった」


 言って石ころを手に持つ。


「さて、どうして食人花が獲物を捕獲できるのかだが、どうやらこいつらには多少聴覚がある様でな。……よっと」


 と気の抜けた声と共に、ヘリオさんは食人花からおよそ3m程離れた場所目掛け石ころを投げる。

 その石ころは放物線を描き、遂に地面に触れた……その瞬間、付近に居た3体の食人花が、その音に反応する様に石ころへと飛び掛かった。

 茎の部分が伸び、筒状花の部分がパックリと割れ、中から鋭い牙が覗いている。


「うわっ!」


 かなりのスピード、そして迫力である。

 なる程、これならばフォレストゴブリンを捕獲できてもおかしくないだろう。


 ……いや。だからこそ、何故ランクEなのか──


「……ん?」


 僕は目前の光景に首を傾げながら、口を開く。


「ヘリオさん。3体の食人花、飛び掛かったまま動かないですね」

「おう」

「……何か企んでいるのでしょうか」

「いんや、単純に動けないんだわ」

「動けない?」

「そ。これが食人花の弱点でな、こうして茎の部分を伸ばしちまうと、元に戻るのにある程度の時間がかかるのよ」

「な、なる程」

「つまりだ、こうなってしまえば──」


 ヘリオさんは伸びた食人花に近づくと、腰に挿した小型のナイフを手に取り、


「──よっと」


 食人花の茎部分目掛け一閃。食人花は真っ二つになり、すぐ様光となり霧散する。


「ま、こんな感じで余裕で討伐できる訳だな」

「な、なんとまぁ……」


 あまりにも悲惨な幕切れに、食人花が哀れに思えてしまう。

 こうなると、現状伸びている2体は、さながら斬首刑を控えた囚人か。


「うし、とりあえず」


 ヘリオさんは食人花の魔石を手に取りこちらへと戻ると、「ほい」と言って手渡してくる。

 流石に僕の為にここまで来てくれた事は理解しているので、今回は遠慮は見せず、


「ありがとうございます!」


 と言いながら、その魔石を受け取った。


「どうなるかな」


 マユウさんが真剣な表情でこちらを見つめる。

 僕も若干の緊張感を抱きながら、魔石を握り続ける事10秒。しかし──


「反応しないね」

「はい……」


 魔石はうんともすんとも言わない。

 その後念の為1分程度握っていたが、やはりこれと言って反応は無かった。


 ヘリオさんはうんと頷いた後、


「んじゃ、レフト。とりあえず食人花を倒してみるか」

「はい!」


 ヘリオさんが倒した食人花の魔石では一切の反応が無かった。ならば、僕が倒した場合はどうか。


 考えながら食人花へと近づく。そしてショートソードを抜くと、


「……ふっ!」


 流れる様に振り下ろした。

 食人花が真っ二つになり、光となって霧散する。


「よし」


 言いつつ、一度ヘリオさん達の方へと視線を向ける。そしてヘリオさんがうんと頷くのを確認し、僕は魔石を手に取った。


 そのまま皆さんの方へと向かう。


 ……さて、どうなるかな。


 思いながら、皆さんの元へと辿り着く。と同時に、およそ10秒程度経過し──


「……反応無いですね」

「ん」


 そのまま更に1分程手にするも、やはり魔石はなんの反応も示さない。


「これでおおよそ判明したね」

「はい」

「見た目が植物に近しい魔物も、その全てが登録できる訳では無くて、何らかの条件を満たした魔物のみが登録できる」


 頷きながら、僕は思う。


 ──果たしてその条件とは一体何なのだろう……と。

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