第10話 ミーティング

 身嗜みを整えニコニコしながら席についているリアトリスさん。……そしてそんな彼女に抱えられている僕。


 一体、何故こうなったのかと聞かれれば……正直言ってわからない。


 あの後興奮冷めやらぬといった様相のリアトリスさんが身支度を整え戻ってきたと思ったら、いつの間にかこの体勢になっていたのである。


 いや、本当に気づいたらこの体勢だったんだ。……リアトリスさんの動き、全く見えなかったな。

 まさかこんな所でトップ冒険者の身体能力の高さを知覚するとは。


 ──それにしても。


 いくら意識をしないようにと考えても、流石にこんな状況になってしまえばそれも無理な話では無いだろうか。


 僕の全身を包む柔らかな感触と、絶える事なく鼻腔をくすぐる甘く心地良い匂い。そして後頭部を支える特に柔らかな双丘の感触。


 必死に意識を逸らそうにも、これらが絶えず僕を襲ってくるのである。


 危険だ……これは危険だ。


 確かに僕は未だ10歳であり、こういった状況に陥ったからといって、アレコレが反応する事は無い。

 ただ、僕の意識はそこらの10歳とは比べ物になら無い程大人びている。いや、というよりも意識の一部は女性経験の無いアラサーの冴えないおっさんなのだ。


 例え意識の殆どが10歳の身体に引っ張られていると言っても、どうしてもそういう知識は僕の中にある訳で──。


 と、そんなリアトリスさんに包み込まれ、顔を赤らめて俯いている僕の姿を見ながら、ヘリオさんが申し訳無さそうに頭を掻く。


「いやー……すまんなレフト。まさかこうなるとは思わんかった」


「今までは眺めるだけだったのに……遂に手を……」


 言って、マユウさんはまるで遠くを見つめる様に天井へと視線を向ける。


 そんな2人の言葉を受けながら、しかしリアトリスさんはその美しく大人っぽい容姿とは裏腹に、可愛らしい慌て具合で、


「うぅ……い、今まではそれで何とか我慢していたわ。けど今回は、今回だけは仕方がないのよ!だつてレフちゃんは!  レフちゃんはまさしく私の理想なんだもの!」


 ババンッと効果音が付きそうな程の勢いで主張した後、リアトリスさんは僕をギュッと抱きしめる。


 ……レフちゃん?


 随分と可愛らしいあだ名だなぁと思いつつも、そんな僕の思考はあっという間に別のものに支配される。


 ……あぁ、後頭部が埋もれる。


「リア……一目惚れ……」


 マユウさんはそう言ってジトっとした眼をリアトリスさんに向けた後、


「私の弟なのに……」


 と小さく肩を落とし呟く。


 ……いや、違うよ? 弟じゃないよ?


「理想なんだってよ! レフト! 諦めてくれ!」


 言って何がおかしいのかガハハと豪快に笑うグラジオラスさん。


 全くなんてカオスなんだと思いつつ、グラジオラスさんの言葉を受け思う。


 ……別に今の状況は恥ずかしいけど嫌じゃない。いや、寧ろ嬉しいまであると。


 とは言っても、流石にそんな事は口に出せないし、出すつもりもないので、僕は苦笑い気味に「はい」と返事をした。


 ──と、ここで。


「うし、レフトにも悪いし、リアトリスがご機嫌な内にさっさとやるか」


 とヘリオさんが言い、こうしてカオスな空気感のまま次の依頼についてのミーティングが始まった。


「まずはこれを見てくれ」


 言ってヘリオさんが今回の依頼書を机上に置く。そして同時に今回の依頼について説明を始めた。


 纏めるとこうだ。


 まず今回の依頼は国からの指名依頼である事。依頼内容は鉱山付近に住み着いたワイバーンの討伐で、ランクはA相当。そして期間は1週間で、報酬は金貨200枚。


 正直この話を聞いた時、僕はそのあまりの規模の大きさに驚いた。いや、確かに彼らがトップ冒険者である事は理解していたし、であるからには相応の依頼が舞い込んでくる事も想定していた。


 しかしだからと言って、一体でも現れれば街に甚大な被害を及ぼすと言われるワイバーンの名や、国兵の年収のおよそ10倍もの額がたった1度の依頼で支払われるという事実に直面をして、驚くなというのが無理な話だ。


 そして何よりも、そんな驚くべき依頼であるのに、ヘリオさんはこれを淡々と話し、そして火竜の一撃の皆はそれがさも当たり前であるかの様に平然とした様子で話を聞いているのである。


 ──これがトップ冒険者……!


 実際に戦闘風景を見た訳では無い。しかし依頼の内容や、皆の反応から僕は彼らの凄さを実感するのであった。


 ◇


 その後も話し合いは続いていく。


 先程まではあれだけ色々と乱していたリアトリスさんも含め、皆真剣に話し合い、認識の擦り合わせをしていく。


 そしておよそ30分程話をした所で、ひとまず情報の共有はできたのかヘリオさんはふーっと一息つくと、僕の方へと視線を向ける。


「……っと、まぁこんな感じでやっていく訳よ。どうだった?」

「とりあえず規模が大き過ぎて何が何やら。……けど貴重な経験をさせて頂けた事で、本当色々と勉強になりました」


 僕の言葉にヘリオさんは優しげな笑みを浮かべると、


「何か聞きたい事でもありゃ聞くぜ?」

「あ、なら──失礼を承知でお聞きします。今回の依頼ってランクA相当なんですよね。そんな依頼を単独パーティーで攻略しようとする。……これが出来るのはそれこそAランクパーティーだと思います。なのに何故皆さんはBランクなんでしょうか」


 火竜の一撃の事はそこまで詳しくは無いが、前々からその噂は耳にしていた。歴代最速でBランクまで駆け上がった若き冒険者パーティー。……が、Bランクに到達してからはその勢いも裏腹に停滞してしまっていると……。


 しかし、実際にはどうか。


 今回の話し合いだけとっても、依頼の内容を見ても明らかにランクBどころでは無い力を有していると確信できる部分が多々あり、だからこそ、純粋に疑問だった。


 僕の疑問を受け、ヘリオさんは小さく笑うと、


「ギルドが言うには実績が足りないそうだ」

「実績……? 依頼の達成数でしょうか」

「……んーわからん。その実績が何なのか、明確な定義が無いからな」


 と、ここで。


 突然部屋にオルゴールの様な音が鳴り響く。音に釣られ、そちらへと目を向けるとそこにはかけ時計があった。30分毎に知らせてくれる高級時計である。


 そしてその時計は現在の時刻、12時30分を指している。


「おあ、もうこんな時間か。レフトは……っと、その様子だと門限か?」

「はい。13時までには帰らなくてはなりません」

「お、まじか。んじゃ、そろそろここ出た方が良さそうだな」


 言ってヘリオさんは立ち上がると、


「うし、ミーティングはこれで終わりとするか。んじゃ、解散!」


 とあっけらかんとした様子で閉会を告げる。次いで、再び僕の方へと目を向けると、


「レフト、送るぜ。俺と関わりがある事を理解しただろうし、そうそう狙われる事はない筈だけど、念には念を入れてだな」

「あ、ありがとうございます! お願いします!」


 言って立ち上がろうとするが……動けない。僕はチラと後方へと視線を向ける。


「リアトリスさん?」


 僕の声を受け、更にギュッと強く抱きしめるリアトリスさん。まるで離れたくないとばかりに。


 そんな彼女の姿は初めてだったのか、ヘリオさんは少々困った様子で頭を掻いた後、


「リアトリス。離れたくないのはわかるが、レフトの都合を考慮してやれよ。嫌われたく無いだろ?」


 ヘリオさんの言葉を受け、僕を包む彼女の力が徐々に弱まっていく。


 そして遂に完全に手が開いた所で、僕はリアトリスさんの膝から降りる。


「あぁ……」と悲しげな顔をするリアトリスさん。


 離れたくないとばかりなリアトリスさんの表情に、僕は振り返り、座っているリアトリスさんと視線を合わせると、


「あの、リアトリスさん。またこうして……お邪魔しても良いですか?」


「…………っ! もちろん、もちろんよ!」


 言って大仰に頷くリアトリスさん。


「まるで今生の別れ」


 その様子にマユウさんは呆れた様にそう言った後、立ち上がり僕の前へとやってくると、頭を撫で、


「レフト、またおいで。いつでも歓迎する」

「マユウさん! ありがとうございます!」

「ん」

「レフト! 俺もいつでも歓迎するぜ!」

「グラジオラスさんも! ありがとうございます!」

「おう!」


 そんな僕らの会話を聞き、ヘリオさんは苦笑いを浮かべる。


「……ったく、勝手に決めやがって」


 一拍開け、改めて僕へと視線を向けると、


「まぁ俺からもお願いするつもりだったから何の問題も無いけどな」

「ヘリオさん」

「リアトリスがここまで積極的にミーティングに参加したのは初めてなんだ。……いやー捗った捗った」


 言ってニッと笑うと、


「って事でよ、別に毎回とは言わんし、本当に好きな時に遊びにくる感覚で良い。だから偶には顔出してくれねぇか?」


 こちらへと視線を向ける火竜の一撃の皆さん。その柔らかい雰囲気、そして彼らの言葉の全てが紛れも無い本心の様に聞こえて──


「是非、よろしくお願いします!」


 僕は頷くと、今後も彼らの元を訪れる事にした。

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