第85話 キャノンフラワー

 ──ガラナ山。公都からおよそ10km西に進んだ場所にある、標高600mほどの比較的小さな山である。


 しかしその規模感とは裏腹に、危険な魔物が多く生息しており、全体的にあまり人の手が入っておらず、特に山の山頂付近は未だ誰も到達したことのない未開の地としても有名な場所だ。


 人の手が入っていない……つまり植物たちがのびのびと成長しているということであり、ゆえに僕にとっては宝の山とも呼べる場所である。

 そんなガラナ山を、現在僕は目前にしていた。


「グラジオラスさん、ここが?」


「おう! ガラナ山だ!」


 僕を抱えながらここまで走ってきたというのに、一切息を乱した様子のないグラジオラスさんが、相変わらずの力強い声でそう言う。


「グラジオラスさんは何度かここに?」


「そうだな。両手両足を使っても数えられないくらいには来てるな!」


「そんなに。では、勝手を知っている場所なんですね!」


「標高の低いところ限定だがな!」


「やはりグラジオラスさんでも山頂付近は厳しいのですか?」


「ガハハ! 恐らく厳しいぞ! 実際に数々のAランクやSランクパーティーが挑んだが、結局誰も踏破できてないからな!」


「Sランクでも厳しいんですか……」


 流石誰も踏破したことのない山である。


「あくまでも山頂付近だけだな! 今回行くのは山の麓辺りだから心配はいらない!」


 以前聞いた話だが、山頂付近にいる魔物等危険なアレコレは、どういう訳か下に降りてくることはないという。


「それで、レフトは今日確保したい植物の目星はついているのか?」


「あ、はい! 以前ガラナ山の植生について調べたことがあるので、いくつかは。その中でも特に確保しておきたいのはキャノンフラワーと、あとはライム以外の植物系魔物でしょうか」


「キャノンフラワーか! なるほど! 中々扱いは難しそうだが、上手くいけばレフトの良い武器になるな!」


「グラジオラスさんもそう思いますか! 確かにいくつか懸念点があるのでそれを払拭できるかが鍵になってきますが、扱い方次第では化けると思ってます!」


「ガハハ! レフトは植物のことになるとやけに饒舌になるな!」


「えっ、そうでしょうか?」


「少なくとも俺はそう感じている! なんにせよ、自分のギフト関係のものが大好きなのは素晴らしいことだ!」


「確かに最高ですね!」


「おう! それじゃあ早速行くぞ! まずはキャノンフラワーの確保だな!」


「はい! グラジオラスさん案内お願いします!」


「任せろ!」


 ◇


 草木が生い茂った道なき道を、背の高いグラジオラスさんが踏み分けていく。

 その後ろにピッタリと付きながら、僕は警戒を忘れずに周囲を見回してみる。


 ──辺り一面の緑。


 毒等問題ないことを確認した後、大きく息を吸い込んでみると、植物のなんとも言えない青々とした匂いが鼻腔をくすぐる。

 前世ほどではないとはいえ、都会では味わえないその匂いに、空気の瑞々しさに、僕は思わず笑みを浮かべる。


「魔物がいる危険な場所というのは知っているんですが……なんかいいですね、この雰囲気」


「確かにそうだな! この慣れ親しんだ匂いを嗅ぐと、昔の記憶が蘇ってくる!」


「昔の記憶……そういえば僕って、皆さんの過去のことをなにも知りませんね」


「まぁ、そういった話をする機会も無かったからな!」


「仮とはいえ、折角メンバーになったので、そういった踏み込んだことも今後知っていきたいです」


「そうだな! ……だが、俺もあいつらもかなり苦労しているからな! 中々重い話になってしまうが、それでも聞きたいのならいずれ落ち着いた時にでも話そう!」


 重い話。その言葉に少し躊躇してしまうが、それでももっと皆さんのことを知りたいと思った僕は、グラジオラスさんの言葉に「はい、お願いします」と力強く頷いた。


「っと、そうこうしている内にそろそろ群生地だ」


 道中一応いくつか植物を登録したが、どれもこれといって役に立ちそうなものはなかった。故に以前から目をつけていたキャノンフラワーには期待をしてしまう。


「レフト。キャノンフラワーの情報はどこまで知っている?」


「そうですね、色々とありますが、やはり重要な情報としては、強い刺激を受けると、実が爆発してまんまると大きくなった種を勢いよく飛ばし、群生地を広げようとすることでしょうか。その種の勢いが凄まじくて、直撃すればAランクの魔物でも傷を負うほどだと記載がありました。だからキャノンフラワーの群生地がある場所には迂闊に近づいてはいけないと」


「さすがレフトだな! そう、キャノンフラワーの種の威力は凄まじい! だからここより先、実の射程圏内では絶対に俺のそばを離れないと約束してくれ!」


「わかりました!」


「よし、いい返事だ! それじゃあいくぞ!」


「はい!」


 言って頷いた後、僕はグラジオラスさんの後ろにピッタリと付きながら歩みを進める。

 そしてそのまま5分ほど進んだところで、突然グラジオラスさんが声を上げる。


「【剛体グラジラ】ッ!」

 と同時に、高速で飛んできたなにかがグラジオラスさんにぶつかる。

 響き渡る地響きのような衝撃音。


「グラジオラスさん! 大丈夫ですか!?」


 たまらず声を上げる僕に、グラジオラスさんはこちらを振り向くと、いつも通りの豪快な笑い声を上げた。


「ガハハ! これくらいなんてことない!」


 僕は安堵の息を吐く。


「よかったです。それで、もしかしてこれが……」


「おう! これがキャノンフラワーの種だ!」


 そう言いながら、グラジオラスさんは先ほど受け止めた種を僕へと渡してくれる。


「ありがとうございます……っとおお、結構重たいですね」


 ──種の大きさはおおよそ野球ボール程度だろうか。全体的に真っ黒で非常に固く、かなりの重量を感じる。


 ……そりゃ、こんなのが高速で飛んでくれば、高ランクの魔物でも怪我をするよね。それを何食わぬ顔で抑えてしまうグラジオラスさん。やっぱり、すごい人だ!


 そうグラジオラスさんへの尊敬の念を改めて覚えていると──


「あれっ……!?」


 ここで手に持っていた種が突如光を放った。光は段々と強くなっていき、ついに光が収まった時、僕の手元から種が無くなっていた。


「もしかして……」


 まさかと思いながら、僕は植物図鑑を召喚し、そのページを捲っていく。するととある1ページに、キャノンフラワーという名と情報が記載されていた。


「登録されちゃった」


 あまりの呆気なさに呆然としていると、グラジオラスさんが豪快な笑い声を上げた。


「ガハハ! まさか種で登録できるとはな!」


「本当、予想外ですよ。てっきりしっかりと現物を目にするとかなにか条件があると思いきや、飛んできた種だけで登録できてしまうなんて」


 少なくとも登録条件は僕が思っていたよりも緩いようであり、それ自体は喜ばしいことである。

 しかし、まさか種で登録できるとは思わなかったため、登録条件についての考察を一度練り直す必要がありそうだ。


「とにかく、これで一番の目的は達成だな! が、どうだレフト! どうせならキャノンフラワーの姿を見ていくか?」


「そうですね、お願いします!」


 僕はそう言うと、グラジオラスさんに続いて更に奥へと進んでいく。

 そしておよそ90mほど進んだところで、グラジオラスさんは足を止め、一点を指差した。


「レフト、あれがキャノンフラワーだ!」


 その方向へと目を向けると、そこには2つの大きな植物の姿があった。

 しかしその見た目は大きく違っている。


 一方は枯れた花の中心に大きな実を実らせ、その重さに耐えられないのか茎がぐにゃりと曲がっており、もう一方は先程種を放出したからか貧相な見た目をしているが、種が無くなったからか、茎はしっかりと天に向かって伸びている。


「これは……実際に見ると中々面白いですね」


 一見自身の種──射出前であれば実──の重さに耐えられず、茎が曲がっていると聞くと滑稽に思うかもしれない。


 しかしこれは、実の重さでランダムに茎が曲がり、その方向に種を射出することで、より広い範囲に生息域を広げるという植物の知恵の表れなのだ。


「ガハハ! 確かにな!」


「……面白いですが、同時に上手く利用できれば立派な武器になりそうですね」


「そうだな、まぁ懸念点はいくつかあるが!」


「そこはこの後の検証で確認しようも思います」


「了解だ! それじゃあ次へ向かうか?」


「はい! ちなみに何か心当たりが……?」


「おう! 植物系魔物に良さそうなのがな!」


「魔物ですか! ちなみになんという魔物ですか?」


「名前はな……マンイーターだ!」


「マンイーター……」


 聞いたことがない魔物だ。直訳すると人喰となるが、植物系の魔物となると、僕はどうしてもとある魔物を思い出さずにはいられなかった。


「あの、名前から食人花を思い出すのですが──」


 ──食人花。以前皆さんと共に登録を試みたEランクの魔物である。


 攻撃力の高そうな牙やかなりの素早さを持つが、一度茎の部分を伸ばしてしまうと、しばらくその体勢のまま動けなくなるというなんとも残念な魔物だったのを覚えている。


 その時はどうやらなんらかの条件があるようで登録することはできなかったが、仮に登録できても果たして役に立つのかと少し悩んでしまうほどにはデメリットの大きい魔物だったが、今回はそれとは違うのだろうか。

 そんな僕の問いに、グラジオラスさんは難しい顔をする。


「それがな、ほとんど姿は同じなんだ!」


「それなのに別種の魔物として登録されているんですね」


「決定的な差があるからな!」


「決定的な差……ですか?」


「おう、まず色だ! 食人花は普通の花と同じくカラフルだが、マンイーターは黒と藍色といったなんとも禍々しい色をしている!」


「確かに大きな差ですね」


 しかしこれだけで別種と決めつけるのは早計であろう。


「そして一番の違いが能力だ! 食人花は一度茎部分を伸ばしてしまうと元に戻るのに時間がかかったが、なんとマンイーターはそういった制限がない!」


「それは……決定的な差ですね」


 食人花は攻撃力や素早さはかなりのものだが、茎のデメリットのため、簡単に対策できてしまうと、そのランクはEであった。


 ではそのデメリットがなくなったらどうなるか。高い攻撃力と素早さを持っているのだ。間違いなく厄介な魔物だと言えるだろう。


「そうだ! だから食人花がEランクなのに対して、マンイーターはDランク。その危険度は跳ね上がっている!」


「Dランク……」


 現状僕が相対してなんとか倒せるのがDランクだ。つまり今回のマンイーターは僕にとって、決して侮れない魔物となる。

「危険はあるが……レフトなら1人でもなんとか倒せると俺は思っている。だから、今回の討伐はレフトに任せたい!」


「グラジオラスさん……わかりました! 頑張って倒します!」


「ガハハ! その意気だ!」


 言いながら、グラジオラスさんはいつものように頭を撫でてくれる。

 僕はその心地よさに目を細めた後、彼に続いてマンイーターの生息域へと向かった。

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