第98話 追いかけた先で
騎士団に用意してもらった空き家は、公都のかなり外れに位置している空き家であった。
周囲に民家はなく、人通りも全くない。
故にマユウさんの力で、こちらに悪意のある存在を見つけやすい……その筈だったのだが、どうやら今回その判断が裏目に出たようだ。
コニアさんが眼前を走る。その姿はかなり不自然なのだが、人がまったくいないせいか彼女を捕まえようとする人はいない。
……っ、騎士団の皆さんは……!?
走りながらその姿を探すも、町を巡回しているはずの騎士団員の姿は1つとして見当たらない。
「……っ、待て!」
言いながら、僕は追いかける。しかしレベルが20あり、一般人よりはステータスが高いはずなのに、何故かコニアさんに追いつけない。
──と、ここで僕たちの眼前。道の途中に人の姿があった。
「……っくそ!」
その姿は見覚えがあった。……それも最悪な形で。
「あの時の……っ!」
そう。コニアさんが逃げた先、そこにいるのは、先日遭遇した女とその隣に立つ醜悪な男であった。恐らく男の方が、件のヴォルデ子爵であろう。そして女の方は──
「……っ、魔族だったのか!」
あの時とは違い、その背には翅を、頭にはツノを有している。その特徴は間違いなく、僕たちを恐怖に落ち入れたリリィと同じ、魔族であった。
そんな2人のもとへ、コニアさんが到達する。そして2人に向け、笑顔で声を上げた。
「ネフィラ様、ヴォルデ様。イヴを確保いたしました」
「ふふっ、よくやったわ、コニア」
「ぐふっ、褒めてつかわす!」
……もしかして、グルだったの……?
「ふざけるな!」
思わず声を上げる僕。そんな僕の眼前で、ネフィラと呼ばれた女が妖艶に微笑む。
「あら、どうしたの坊や。そんな強い口調……らしくないわよ?」
僕はネフィラのその言葉を無視し、コニアさんに向けて口を開く。
「……コニアさん! 先ほどの言葉は、今までの言葉は嘘だったんですか!? イヴが、みんなが大事だって! だから、みんなを護るんだって!」
僕の言葉に、コニアさんは何とも言えない表情でこちらを見る。
「コニアさん!!」
「……ごめんねぇ、レフトくん」
「──そんな……」
「ふふふっ、あははは! 残念だったわねぇ、坊や」
「……くそっ!」
言葉の後、僕は剣を抜いた。
「あら、やるの……?」
「ぐふっ、やってやれネフィラ!」
「…………」
ネフィラ、ヴォルデが口々にそう言い、その横でコニアさんがジッとこちらを見つめている。
──コニアさんが裏切った。
その事実がショックではあるが、しかし今はそれよりもやらなければならないことがある。
……イヴを助けなきゃ。
ここで連れて行かれたら、もしかしたら火竜の一撃でもすぐには見つけられないかもしれない。
もしそうなったら……考えただけでも恐ろしい。
「大丈夫かしら? 坊や」
ネフィラが妖艶な笑みを浮かべながら、余裕そうにそう言う。
その姿に、僕はギッと歯を食いしばる。
……どうする。相手は魔族。火竜の一撃を見ても平静であり、そして隊長の概算ではAランク以上の実力を持つと言われている存在。どう考えても、今の僕では勝てない格上の相手だ。
──アレを使うか……?
いや、ダメだ。リスクが大きすぎる上に、アレを行う余裕は今はない。
ならば……せめて、使う余裕はあるけどリスクがある方法をとるしかない。
僕はキッとネフィラへと視線を向ける。
向こうは相変わらず余裕が窺える表情をしている。
……僕を舐めて、ここを離れようとしない。なら、今がチャンスだ。
僕は姿勢を低くすると、勢いよく地面を蹴り、ネフィラへと肉薄する。
そしてその距離が5mほどまで近づいたあたりで、僕は爆裂草を2本実体化すると、僕とネフィラのちょうど間辺りに叩きつけた。
瞬間、噴き上がる毒の粉。
「……あら」
これにより、双方の視界が塞がる。
──これでいい。
現在の相手の立ち位置は、ネフィラとヴォルデが並び、その少し後方にコニアさんと彼女が抱えるイヴの姿がある。
……博打ではあるけど、きっと大丈夫。
僕は心の中でそう思うと、地面に手をつき、キャノンフラワーを実体化した。
──しかし、花は明後日の方向を向いている。
……ハズレか!
ならばと、僕は瞬時にそれを収納すると、再びキャノンフラワーを実体化する。
……よし!
わずか2度目の実体化で、運良くネフィラの方向を向くキャノンフラワーを実体化することができた。
……これなら……いけっ!
僕はすぐさま、キャノンフラワーに軽く刺激を加えた。瞬間、実が爆ぜ、種が凄まじい速度でネフィラがいる方向へと向かっていく。
……よし、ビンゴだ!
種の勢いは弱まることなく、毒の粉を抜ける。それにより粉が吹き飛び、種を中心に円状に視界が晴れる。
「……えっ」
突然現れた爆速で飛来する種に、流石のネフィラも驚きに目を見開き──
「…………っ!」
視界が塞がっていたため、流石に対応が間に合わなかったようで、種はネフィラの腹部へと衝突した。しかし──
「…………なっ!?」
ネフィラは一瞬くぐもった表情をするも、しかし次の瞬間にはなんともないとばかりにこちらに笑みを向けてきた。
……そんな! Aランクの魔物でも傷を負う威力だぞ!?
なのに直撃して無傷なんて!
驚き目を見開く僕に、ネフィラはニヤリと微笑みながら声を上げる。
「ふふっ、やるじゃない坊や。少しだけ痛かったわよ」
「……くっ!」
「おっと、させないわよ」
僕が再びキャノンフラワーを実体化しようとすると、ネフィラは右手から黒い触手のようなものを伸ばし、僕の全身を縛り上げた。
「……がっ、あっ!」
凄まじい威力で僕を縛り上げる触手。
……くそっ、い、息が!
「ふふっ、その苦しそうな表情……たまらないわぁ」
「がぁぁぁぁ」
「ぐふっ、せいぜい苦しむがいい!」
「さぁ、ゆっくりおやすみなさい」
……くそっ! くそー! イヴ!!
ネフィラたちへと向ける視界が段々とぼやけてくる。そして──数瞬の後、ネフィラやヴォルデの笑い声を受けながら、僕の意識は無くなった。
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