第35話 テイマーの死因と優先順位

 1週間後。そろそろ皆さんが帰ってくる頃かなと考えていると、ここで部屋のノック音と共にカミラの声が聞こえてくる。


「レフト様、ヘリオ様がお見えになりました」

「……っ! ありがとうカミラ。すぐ行くよ!」


 急ぎ玄関へと向かうと、そこにはヘリオさんの姿があった。どうやら今日は1人の様だ。


「こんにちは! ヘリオさん!」

「よっレフト。1週間ぶりだな」

「随分と久しぶりな様に感じます」

「ははっ、確かに。最近よく会ってたからな」


 言ってヘリオさんがニッと笑う。


「それで、今日はどうかしましたか?」

「あーそうそう。実は1人大変な事になってるやつがいてさ、ちょいと来て貰いてぇんだ」

「大変な事……わかりました!」


 随分と曖昧だが、一体何だろうか。


 僕はすぐ様お父様達に外出の旨を伝えると、ヘリオさんに続いていつもの会議室へと向かう。

 到着と同時にドアを開けて中に入ると、そこにはいつも通り座るマユウさん、グラジオラスさんと、何故か机にだらーんとしているリアトリスさんの姿があった。


「こんにちは!」

「おおレフト! 来たか!」

「レフト久しぶり」

「お久しぶりです!」


 言っていつも通りの2人と挨拶をしつつ、身構える。


「…………?」


 ……が、普段ならば真っ先に抱きついてくる筈のリアトリスさんに動きが無い。


「リアトリスさん?」


 言って首を傾げる僕に、マユウさんは至極真面目に、


「リアはそれはそれは重い病気に罹ってしまったの」

「えっ!? 大変じゃないですか! 何とかしなきゃ──」

「大丈夫。既に特効薬は手に入った」

「……特効薬?」


 マユウさんはそう言うとリアトリスさんへと近づく。そして耳元に口を持っていくと、


「リア。レフトが来たよ」


 瞬間、ピクリと反応した後、リアトリスさんは顔を上げる。


「レ、レフちゃん?」

「はい! こんにちは、リアトリスさん」

「う、ウソ……ホンモノ?」

「えっ!? はい、本物ですよ」


 僕の言葉を受け、リアトリスさんは段々と瞳を潤ませていき、


「レ……レ…………」

「レ?」

「レフちゃーーーーん!!!!」

「んぶっ…………」


 一瞬で近づいてきたリアトリスさんの双丘に埋まる。

 そんな僕達に目を向けながら、マユウさんは苦笑いを浮かべ、


「病名、レフト欠乏症」

「ガハハ! 完治だな!」


 1週間ぶりの、しかし変わらない賑やかな皆さんの姿に、僕はどこか安心感を覚えた。


 ◇


 その後皆さんと久しぶり? の雑談をしていたのだが、ここで僕は植物図鑑に魔物を登録出来る様になった事を伝えようと考えた。

 とは言え普通に伝えては面白くないので、僕はどこか含みを持たせつつ声を上げる。


「皆さんに、実は見せたいものがあります」

「ほぅ、気になるな」

「何かなー?」

「何だろう」


 皆さんの注目が集まった所で、僕は植物図鑑を召喚し、ライムのページを開く。そして──


「おいで、ライム!」


 と声を上げる。するといつもの様に図鑑が輝き、次の瞬間には僕の手のひらにライムが乗っていた。

 想定外だったのか、かなり驚いた様子の皆さん。


 サプライズ成功である。


「この子は新しい僕の家族、グリーンスライムのライムです。ライム、皆さんに挨拶して」


 僕の声に、ライムが触手をうにょうにょと伸ばす。


「ほぉ、賢いな」

「ガハハ! 俺よりも頭が良さそうだな!」

「……いや、それはそれでどうなんだ?」


 ヘリオさんとグラジオラスさんの男性2人はライムの賢さに着目し、


「可愛い。凄く可愛い」

「言っちゃえば水分の塊の様な見た目なのに、どうしてこんなに可愛いのかしら」


 無表情ながらに鼻息の荒いマユウさんと、キラキラと瞳を輝かせるリアトリスさんの女性2人は、その可愛らしさに心を打たれた様だ。


 テーブルの上にライムを置き、皆さんとある程度戯れた所で、ヘリオさんがこちらへと視線を向け、


「んで、さっきの様子からすると──」

「植物型の魔物も登録可能と判明した?」

「はい! 実はそうなんです!」


 マユウさんの声に頷き、僕は皆さんと別れていた間の出来事について詳細を話した。


「──という訳なんです」

「なるほど」

「魔物が登録できるとなると、かなり幅が広がりそうね」

「はい! 今はまだ難しいですけど、今後より強力な魔物を登録できたら、例えば共闘する事も可能かなと考えてます」

「ん、面白い」

「魔物と共闘……まるでテイマーの様ね!」


 言って笑顔を浮かべる皆さん。しかしその中で難しい顔をしている人が1人──


「ヘリオさん?」


 言って首を傾げる僕に、ヘリオさんは真剣な様子で口を開く。


「レフト」

「は、はい」

「──こんな話がある。魔物使役というギフトを持った所謂テイマーと呼ばれる男がいた。ある日、その男は運の良い事にランクAの魔物の使役に成功。その後は瞬く間にのし上がって行き、遂には冒険者ランクCまで登り詰めた」


 テイマーは一般に不遇職と言われている。

 というのも高ランクの魔物の使役というのが非常に困難であり、大抵は低ランクの魔物しか使役できないからである。

 そんなテイマーでありながら、トップ一歩手前のランクC──前代未聞と言えるだろう。


 ヘリオさんが話を続ける。


「だが、ある時そいつは呆気なく死んでしまった。死因は何だと思う?」

「えっ」


 あまりにも選択肢が多すぎる。


 僕はうんと頭を悩ませると、少し自信なさげに、


「……っと、誰かの恨みを買って毒殺……でしょうか」


 想定外の回答だったのか、ヘリオさんは小さく目を見開いた後、軽く笑う。


「ははっ、まぁ確かにそういうパターンもありそうだな」


 表情を戻し、口を開く。


「正解は、ランクFであるゴブリンが放った矢にやられただ」

「…………!」


 ここでようやく、僕はヘリオさんの言いたい事を理解した。

 こちらが理解した事が伝わったのか、ヘリオさんはうんと頷く。


「そいつは魔物に頼り過ぎるがあまりに、自分の強化を疎かにしてしまった。だから不意を突かれたゴブリンの矢にやられてしまった。こうなりゃ、折角使役したランクAの魔物もパーだな」


 一拍開け、


「魔物が登録できる。だから共闘する。なるほど、確かに悪くない選択だ」


 こちらへと真剣な表情を向けたまま続ける。


「だがな、もし共闘と言いながらその実魔物に頼っているようならば、結局はこのテイマーと同じ末路を辿る事になる」

「はい」

「共闘を謳うなら、まずはレフト1人である程度闘える状態にする事。それを大前提としなくちゃならない」


 ヘリオさんは言いたい事が纏まらないとばかりに頭を掻く。


「あー……まぁつまりだな、要は魔物に頼り過ぎない様にしようなって事だ。強くなりたいのなら、今レフトが考えるべきはあくまでも自らの強化だな」

「はい!」


 言って僕は大仰に頷く。


 ……そうだ。危ない所だった。

 いくら魔物で周囲を固めても僕がやられてしまえば全て終わりなんだ。


 あくまでも優先するのは自己の強化。その延長で魔物を登録し、戦力を増強する。


 優先順位を間違えない様にしなきゃ。


「ありがとうございます、ヘリオさん!」


 いつも正しい方向へと導いてくれるヘリオさん。僕はそんな彼に心の奥底で憧憬の念を抱きながら、元気良くお礼を言うのであった。


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裏話──ヘリオが話題に挙げているテイマーは実は転生者。

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