間話 リティナの決意

「レフトとの婚約は解消した」


「────え」


 突然お父様から告げられた衝撃的な内容に私、リティナ・ビーバナムの頭は真っ白になった。


 ……レフトとの婚約解消……何で?


 お父様の言った事が信じられなくて思わずそう思ってしまったけど、こうなった原因はわかっている。


 それは──レフトのギフトがいわゆる有用なものでは無かった事。


 神父は植物図鑑と言っていたっけ? とにかく、そのギフトがお父様にとっては期待外れだったみたい。


 確かに、昨日の式でわかったレフトの能力は『図鑑内の雑草や花を実体化する』という正直どう扱えば良いのかわからないものではあった。


 ……けど、だからって突然婚約解消なんて──


「な、何で──」


 信じられないとでも言いたげに言葉を漏らす私に、お父様は苦虫を噛み潰したような表情で、吐き捨てる様に、


「何故か? そんなもの、植物図鑑などという馬鹿げたギフトを宿したからに決まっているだろう。──全く、あんなヤツを一度でも我が息子として迎え入れようなどと考えていた事に反吐が出るわ」


「────ッ」


 …………なんで、なんでそんなにレフトを悪く言うの?


 お父様が実力主義者なのは知っている。昔からそうであったし、私自身沢山の事を叩き込まれたから。


 だからこそ、レフトのギフトが期待外れだった事に対して憤っている事も、納得はできないけど、理解はできる。


 でも、だからって──昨日まで家族同然だったレフトを、ここまで罵倒するなんて。


 内心、お父様に対し冷ややかな感情を抱き出した私の前で、お父様は溜まっていた物を吐き出すかの様にレフトへの嘲罵を重ねていく。


 その声を聞いて、嫌でも耳から入ってくる胸を締め付ける様な内容に耐えられなくて──そして同時にお父様に対して、あぁこの人とはきっと相容れないとそう思ってしまって──私は心を閉じた。


 一体どれくらい時間が経過したのか、お父様が満足した様子で、


「とにかく、アレとの婚約は解消。そして今後一切の接触を禁じる。良いな、リティナ」


 と言った。


 良い訳が無い。……けれど──


「──はい、わかりました」


 私はお父様の言葉にうんと頷いた。……ここで否定しては、きっとレフトとの距離はもっと遠くなってしまうと、そう思ったから。


 お父様が仕事へと戻っていくのを確認してから、私は部屋へと戻った。そして、ボフンとベッドへと倒れ込む。


「………………レフト」


 昨日まで横で笑っていた、少し幼げな男の子。……3歳の時に出会ってから、少なくない時間を一緒に過ごした。


 男女の違いなのか、私よりも背が低くて幼い見た目で、少し頼りなくて。

 けれど、博識で私に沢山の事を教えてくれて──


 彼の名前を呼び、過去の事を想起すると、色々な思いが込み上げてきたのか、じんわりと涙が滲み……その後は抑える事など出来ず、どんどんと涙が溢れ出してくる。


「……やだ……やだよ……レフトと会えないなんて……そんなの……」


 涙は止まらない。このまま枯れ果てて死んでしまうのではないか、そう思ってしまう程に止めどなく溢れる。


 ──いったい、どれ程の時間泣いたのか。


 悲しいというのに一滴も涙が流れなくなる程泣いた事で、少し落ち着いたのか、私はコロンとベッドの上を転がり天井へと目を向けた。


 そしてぼうっと天井を眺めながら考える。


 ──どうしたら、レフトとまた会えるかしら。


 お父様とお母様を説得するのは……絶対に無理。あの人達は非情な程に実力主義。間違い無く、考えを改めたりはしない。


 ……なら、屋敷を抜け出してレフトの元に……いいえ、私には隣街の彼の元まで行ける程の資金力も無ければ体力も無い。それに道中現れるかもしれない魔物や人攫い相手の自衛力もないわ。いや、そもそもそんな事をしては、レフトの家に迷惑がかかってしまう。……お父様達がレフトの家に何かをする可能性も否定出来ないわ。


 考え、考え……しかし結局何も思いつかない。


 やはりどうしても、今の私には足りないものが多過ぎる。


 ──いや、足りないなら……手に入れれば良いのよ。


 お金が無いのならば、稼げば良い。体力や自衛力が無いのならば鍛えれば良い。


 ……そしてその為には──


「──学園。ネモフィエラ学園を首席で卒業すれば」


 王立ネモフィエラ学園。国内最高の教育機関で、ここを首席で卒業すれば、国内でもかなりの地位につける。


 そしてそうなれば両親の言葉に従う事なく、私自身の意思で行動できる……。


「……そうよ。そうすればまたレフトと会って、一緒に過ごす事ができる──」


 かなりの暴論かもしれないし、もしかしたら遠回りになってしまうのかもしれない。


 けれど、それでももう一度レフトと一緒になる可能性があるのなら──


「絶対に、諦めない。諦めないんだから」


 私は1人決意を固め、その日から一層稽古に励む様になるのだった。

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