第17話 訪問と説得

 訪問日当日。僕が集合時間前に家の中門の近くで待っていると、遠方からヘリオさんの声が聞こえてくる。

 そちらへと目をやれば、手を振りながら歩いてくる、いつも通りの服装に身を包んだ火竜の一撃の皆さんの姿があった。


 本来、貴族の家を訪れる際は正装が基本である。しかしうちの両親は貴族ではあるが、細かな作法を強要したりはせず、平民にも平等な性格である。

 故に服装に関しても、別に何でも良い、寧ろリラックスできるよういつも通りの格好でという事で、皆さんはラフな格好となっている。


「よっ、レフト」


 言ってヘリオさんが手を挙げる。

 そんなヘリオさんの格好は、いつも通り半袖シャツに半ズボンとどシンプルである。しかし、流石高ランク冒険者。その素材はかなり良い物なのか高級感がある。


「今日はよろしくな!」


 続いて口を開いたのはグラジオラスさん。彼もヘリオさんと似た様に半袖半ズボンに身を包んでいる。

 しかしこちらはヘリオさんとは違い、使い古されている様子である。とは言え決して汚らしさは全く無く、清潔感を感じられる。


「こんにちはレフちゃん!」


 言って笑顔を向けるリアトリスさんはドレスを着ている。

 普段からそういった服を着る事が多い為、見慣れているが、この日はメイクをしているのか、普段よりも色っぽさがある。


「レフトこんにちは。今日は招待してくれてありがとう」


 マユウさんはいつも通り、転生前の世界でいう所の祭服に身を包んでいる。

 しかし、普段はミトラを頭に被っているのだが、今日は何故か被っていない。


 ……ラフな格好と言われたら、こうなるのかな。


 そんなマユウさんもリアトリスさんと同じく薄らとメイクをしているようで、普段は感じられない大人っぽさ、マユウさんで言う所の「お姉ちゃん感」がある。


「こんにちは皆さん。今日は来ていただきありがとうございます」


 僕は皆さんに挨拶をする。そして早速と、彼らを家の中へと案内する。


 今日、アルストリア家で行うのは食事会であり、食事を取りつつ親睦を深める事になっている。


 その為、現在お父様達の姿はダイニングルームにあり、故に僕らは直接そちらへと向かう。


 ちなみに普段来客をもてなす際、こういう案内はメイドが行うのだが、今日はその役目を僕が買って出た。

 別段、深い理由は無く、何となくそうしたかったのである。


「うへー、やっぱひっろいな」

「うむ、流石貴族だな!」

「レフト、良い所に住んでる」

「レフちゃんの実家、レフちゃんの実家……」


 道中、貴族の屋敷が物珍しいのか、皆さんはキョロキョロと辺りを見回している。

 彼ら程の冒険者になれば、貴族と直接関わる事も多々あると思うのだが、あまり家に招かれる事はないのだろうか。


 そんな感じで時折メイドから挨拶を受けながら歩き、ダイニングルームの前に到着する。僕は振り返ると、火竜の一撃の皆さんの方を向き、


「この向こうにお父様とお母様がいらっしゃいます」

「お、おう」


 頷くヘリオさん。しかしその表情は少し固い。


 ……もしかして緊張している?


 とは言え、お父様達を待たせ過ぎてもいけないので、


「では、行きましょうか」


 と声をかけ、皆さんが頷くのを見てから、僕は扉を開け中へと入る。


 ダイニングルームには普段3人で使っているとは思えない程大きなテーブルがある。そして扉の向かい、つまり僕達の眼前にお父様とお母様が並んで座っていた。


「お父様、お母様、火竜の一撃の皆さんを連れて参りました」


 僕の声を受け、2人は立ち上がる。

 と、ここでリアトリスさんが一歩前に出ると、普段からは想像できない至極落ち着いた様子で、


「お父様、お母様初めまして。リアトリスと申しますわ。レフちゃ──レフトさんとはいつも仲良くさせて頂いております」


 続くように、マユウさんが前へと出る。


「初めまして。火竜の一撃の回復役、マユウです。レフト──さんは、いつも私の事を慕ってくれています」


 グラジオラスさんが前に出る。


「グラジオラスだ……です。 レフト! ……さんとは──」


 敬語が苦手なのか、ちぐはぐなグラジオラスさん。見兼ねたお母様が柔らかく微笑むと、


「ふふふっ、いつも通りで構いませんわ」


 その言葉に、グラジオラスさんはパッと表情を明るくする。


「お、そうか! グラジオラスだ! 火竜の一撃で盾役をやっている。よろしく頼む!」


 続いてヘリオさんの番である。ヘリオさんは何とも言えない表情で頭を掻くと、


「あの、俺もいつも通りで良いですか」

「ええ、勿論ですわ」

「あぁ……助かる。レフトの親御さんの前だからしっかりしなきゃと思ったんだが、どうにも昔から敬語が苦手でな」


 苦笑いをするヘリオさん。僕は納得がいったとばかりに小さく目を見開く。


「あぁ、なる程、だから先程緊張している様子だったんですね」

「ははっ、ああいう姿、本当はあんま見せたくないんだけどな」


 言葉の後、落ち着いたのかお父様達の方へと視線を向けると、


「えっと、火竜の一撃リーダーヘリオだ。レフトが詐欺られそうになってた所を偶々見つけて助けたのがきっかけで、こうして仲良くして貰ってる。……今日はこいつら含めて家に招待して貰って、非常に光栄だと思ってる。俺達皆平民の出身で、貴族の作法とかあまり知らんから、どうしても無礼な行動をしてしまうかもしれねぇが、どうにか見逃してくれると助かる」


「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げ、それに続く火竜の一撃の皆さん。


「頭をお上げ下さい。今日は堅苦しいのは無しとして、レフトの友人との食事会と致しましょう」


 お父様はそう言って微笑んだ後、


「おっと、その前に自己紹介を。アルストリア男爵家当主、ガベル・アルストリアだ。今日は貴族の当主では無く、レフトの父親のガベルとして接するつもりなので、どうか楽に過ごして欲しい」

「ガベルの妻のセルビア・アルストリアですわ。今日は息子と仲良くしてくださっている皆様とお会いできてとても嬉しいわ。是非、気負わずにのんびりと過ごしていってください」


 互いに挨拶が終わった所で、お父様の合図で席に着く。


 席順としては、お父様とお母様側に僕が座り、その対面に火竜の一撃の皆さんが並んでいる。


 席に着いた所で、タイミングよくメイドにより食事が運ばれてくる。そしてそれらが全てが並んだ所で、僕達は食事を開始した。


 食事をしながら、皆で会話をする。


 最初は緊張した様子の火竜の一撃であったが、徐々に緊張も解れたのか、後半はリラックスした様子でお父様達との会話を楽しんでいた。


 その後、およそ1時間程で食事が終わった。この時にはだいぶ打ち解けたのか、お父様と火竜の一撃の皆さんの関係は良好であり、ダイニングルームを包む雰囲気は凄く柔らかいものになっていた。


 ……そろそろかな。


 僕はそう思い、ちらとヘリオさんの方を向くと目が合う。ヘリオさんがうんと頷く。


 僕は一度心を落ち着けた後、お父様達の方へ向き直る。


「お父様、お母様。実は本日の会は、火竜の一撃の皆様のおもてなしだけでは無く、1つお2人にお願いがあり、設定致しました」


 お父様はまるでわかっていたとばかりに静かな口調で、


「言ってみなさい」


「お父様、お母様。どうか街の外に出る許可を頂けませんか」

「……な、何を──」


 目を見開くお母様を手で制す。そして変わらず静かな口調で、


「何故、街の外へ行く必要がある」


 僕はお父様に、現状の能力の限界と、今後を考えればレベルを上げなくてはならない事を説明する。……将来、上位の学園に合格する為にも、能力値の向上が必須である事を交えて。


 僕の話が終わると、お父様は静かに頷く。


「成る程……な。しかし、戦闘力の無いレフトにとって、それはあまりにも危険過ぎるとは思わないか?」

「その為に俺達が居る。レフトが外に出る時は、俺達が必ず付き添うと約束しよう」


 お父様の言葉に、ヘリオさんが返答する。


 トップレベルの冒険者である火竜の一撃の言葉に、お父様とお母様は黙る。


 辺りを包む静寂。


 そんな中、お母様がおずおずと口を開く。


「なぜ……」


 火竜の一撃の皆さんと目を合わせ、


「なぜ火竜の一撃の皆さんは、レフトにこうも親身になってくださるのですか」


 真剣な表情のお母様。対し、火竜の一撃の皆さんも真剣な表情を浮かべている。

 そんな中、マユウさんが至極当たり前とばかりに優しい微笑みを浮かべると、


「レフトは……私の弟だから」

「おと……?」


 困惑した様子のお母様。そこへ追い討ちをかけるようにグラジオラスが大仰に頷く。


「弟! はー確かにな! レフトは俺の弟分だ!」


 ……いや、いつの間に?


「は、はぁ……」


 予想外の回答に、更に困惑した様子のお母様。と、ここで真剣な表情を浮かべたリアトリスさんが、


「お母様」

「は、はい」

「レフちゃんは──私の天使なんです」


 ぽかーんとするお母様。


「お前ら少し黙ってろ」


 苦笑いのヘリオさん。変な空気になった所でヘリオさんが口を開く。


「あー、えっとすまねぇ。こんなんだが、こいつらがレフトを慕ってるのは本当なんだ。そこは信じて欲しい。……んで、俺がレフトを気にかける理由は2つだな」


 人差し指を立てる。


「1つは、単純にこいつの能力や10歳とは思えない賢さに将来性を感じたからだ」


 一拍開け、


「ギフトの植物図鑑の有用さは勿論だが、何よりもこの年齢でここまでギフトの考察をできる奴はそうそういねぇ。……こいつは大成する。何度も会う内に俺はそう思ったんだ」


 指を2本立てる。


「もう1つは──んまぁ、俺も似たような環境に置かれた事があって、同情したから……かね」

「似たような環境……ですか」


 首を傾げるお母様。ヘリオさんはニッと笑うと、


「実は俺もユニーク持ちなんだ」

「「「……!?」」」


 お父様、お母様、ついでに僕も驚く。

 昔から、火竜の一撃の話は時折耳にしていた。しかし、それはパーティーとして異例のスピードで駆け上がっているという話ばかりであり、個々人のギフトの話は無かった。


 ヘリオさんは続ける。


「ユニークってのは総じて強力。けど、モノによっては大器晩成型な奴もあってな、ギフトを得てすぐはそこらのギフトより使えない事があるんだ」


 過去を思い出す様に何とも言えない笑みを浮かべる。


「俺のギフトもそういう類いのもんだった。というよりも、制御が難し過ぎて人前では何もできなかったという方が正しいか。……おかげで村の奴らには無能と馬鹿にされたよ」

「そんな事が……」


 驚愕した様子のお母様。

 てっきり彼らが順風満帆に現在の地位まで駆け上がったと思っていたのだろう。


 僕もそう思っていたし、まさかそんな事があったとは知らなかった。


 ……そっか、ヘリオさんも同じだったんだ。


 何故こうも親身になってくれるのか、本当の意味で合点がいった。


 ヘリオさんは更に続ける。


「だから、レフトの姿が自分と重なった。そしてそんな俺は、そこのグラジオラス──ジオと出会った事で救われた」


 グラジオラスの方へと視線を向けるヘリオさん。グラジオラスさんはガハハと豪快に笑う。


「あの時のヘリオは泣き虫だったんだぜ」

「余計な事言うなジオ」

「ガハハ、すまんな!」

「……っとまぁ、そんなジオみてぇに、レフトの救いになれたらと、そう思った訳よ」


 ヘリオさんの話が終わった所で、リアトリスさんが意外といったと様子で、


「ヘリオって意外と考えてるのね」

「いや、今更かよ。何年パーティー組んでると思ってんだ」

「……あまり心の内を話す事ないから」

「あーまぁ、そう言われりゃそうかもな」


 言って笑い合う火竜の一撃の皆さん。


 そんな彼らの姿がすごく眩しく見え、


 ……良いなぁ。


 と心の底から思った。そして同時にこうも思う。


 いつか僕も、彼らの様に──


 と、ここで。今まで黙っていたお父様が僕の方に目を向けると、


「レフト、習い事はどうするつもりなんだ」

「基本的にはいつも通りの時間に行います。……もし長時間出掛けるのならば、その時は出掛けていない日に全てこなすつもりです」

「きちんと考えているんだな」


 お父様はフーッと息を吐く。そして数秒の静寂の後、うんと頷く。


「わかった」


 僕の方へと視線を向け、


「レフト、街の外への外出を許可しよう」

「……っ! 本当ですか!」

「ただし、勿論分かっていると思うが、火竜の一撃の皆様の付き添いがある時に限る」

「はい! 勿論です!」


 お父様は火竜の一撃の皆さんの方へと向き直ると、


「先程の会話の中で……私は火竜の一撃の皆様なら信頼できるとそう確信した」


 言って一拍開け、お父様は深く頭を下げる。


「皆様、我が息子、レフトの事をよろしくお願いします。そしてどうか、貴方達の眩い輪の中で、レフトの世界を彩ってあげて下さい」


 ──こうして僕は街の外に出られる様になった。そして同時に、火竜の一撃の皆さんが付き添ってくれるなら、街の中でも基本時間制限無く行動して良いらしい。……ただし、夕飯はお父様達と共にとる事。


 これが唯一の制限のようだ。


 ……以前よりも明らかに緩い制限だな。感謝しなきゃ。


 僕はそう思うのと同時に、このチャンスを無駄にはせず、必ず成長に繋げようと、そう力強く思った。

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