第18話 はじめての魔物討伐

 3日後。僕は家の門の近くで1人ソワソワとしていた。


 というのも今日、僕は初めて魔物と対峙する予定なのだ。


 楽しみ半分、不安半分。そんな心持ちのまま待っていると、遠くから鈴を転がした様な心地の良い女声が聞こえてくる。


「おーい、レフちゃーん!」


 スタイルの良い肢体に、整った容貌。

 そう、リアトリスさんである。


「リアトリスさん! こんにちは!」

「こんにちは、レフちゃん。いよいよだね」

「はい! 緊張するけど、同じくらいワクワクしてます」


 言って目を輝かせながら、僕はグッと両拳を握る。そんな僕を、リアトリスさんは微笑ましげに見つめながら、


「ふふっ、はしゃいでるレフちゃんも可愛いなぁ」


 そう言って抱きつこうとする。いつもならば僕は甘んじて受け入れるが、


「リアトリスさん、今日はダメです」


 この日は抱擁を拒否する。

 というのも、今日は魔物の討伐という事で、革製の鎧に身を包み、腰にはショートソードを下げているのである。


 故にいつもの調子で抱きつかれると、リアトリスさんを傷つけてしまう恐れがあるのだ。


 リアトリスさんもそれに気づいたのだろう、


「……ん、あ、そっか。ごめんね、レフちゃん」


 と言い、伸ばしていた手を引っ込めた。


 仕方がない事と理解しつつも、僕に抱きつけない事が余程ショックなのか、リアトリスさんの表情は酷く悲しげである。


 ……うぅ、フォローした方が良いのかな。


 別に僕の自発的な行動により傷つけた訳では無いのだが、悲しげなリアトリスさんの姿を見ていると、何となく居た堪れない気持ちになる。


 ……よし。


 僕はうんと頷くと、


「リアトリスさん、そろそろ行きましょうか」


 と言い、リアトリスさんの方へと手を伸ばした。


「……っ! レフちゃん!」


 普段手を繋ぐのも、抱擁もリアトリスさん主体であり、僕は流されてそれを行っている。

 その為、僕が自発的に手を繋ぐよう求めたのはかなりの破壊力だったのか、リアトリスさんは先程までの悲しげな表情が一転、パッと明るい笑みを浮かべると、僕の手を取る。

 そしてそのまま、僕達は街外れへと向かった。


 ◇


 周囲からの様々な視線に晒されながら、大通りをおよそ10分程歩いた所で、前方に大きな門が見えてくる。

 この門は街と外の世界を唯一繋ぐ関所のようなものであり、今も武装した兵士により厳しく審査を受けながら、行商人や冒険者など多くの人が行き交っている。


「リアトリスさん、あの外が!」

「そっ、ゴブリ草原よ」


 ……という事は、あの先に魔物が居るんだ。


 じっと門を見つめる。


 門の向こうには、僅かに緑の世界が見て取れる。


 門というこの僅かな隔たりの向こうに魔物が居ると思うと、何となく不思議な感覚を覚える。


 と、ここで。そんな大門の横にちょこんと佇む、小さな少女の姿が目に入った。誰もが目を奪われる程に美しい白髪を靡かせ、祭服の様なものに身を包んだ特徴的なその少女は、間違い無くマユウさんである。


 マユウさんはこちらに気づいたのか控え目に手を振ってくる。

 僕も手を振り返し、リアトリスさんと共に駆け寄る。


「こんにちは、マユウさん! 今日はよろしくお願いします!」

「ん、よろしくね」


 言って柔らかく微笑むマユウさん。


 ところで──


 僕はキョロキョロと周囲を見回す。


「あれ、ヘリオさんとグラジオラスさんは……」

「ごめんねレフちゃん。実は2人はね、緊急でギルドに呼び出されたの」

「あ、そうだったんですね」


 僕の言葉に、マユウさんはうんと頷く。


「ん、だから今日は私達がレフトの面倒を見る。……お姉ちゃん」

「お姉ちゃん! 甘美な響きね!」


 きゃーと盛り上がる2人。


 ……大丈夫かな。


 戦闘面では心配していないが、別の面で心配になってくる。


 と、この時はそう思っていたのだが、しかしその心配も、門を抜けた瞬間に綺麗さっぱり無くなる事となる。



 門を抜け、ゴブリ草原を歩く僕達。


 一般的に、ゴブリ草原には低レベルな魔物しか出現しないとされている。


 しかしそれでも、今まで魔物とは文面上でしか接した事のない僕にとっては、いつ魔物と対敵してもおかしくないという現状は、やはり緊張する状況であり、現に今も、僕は執拗にキョロキョロと周囲を警戒している。


 そんな僕とは対照に、リアトリスさんとマユウさんは涼しげな表情を浮かべている。しかし、その表情とは裏腹に、先程までののんびりとした雰囲気は綺麗さっぱり無くなり、周囲への警戒を見せている。


 ……切り替えが凄い。流石高ランク冒険者……。


 普段の彼女達からは考えられない若干の鋭さを感じられる雰囲気に僕が深く感心していると、ここでリアトリスさんが突然僕を手で制した。


「レフちゃんストップ。……見て」


 言って指差すリアトリスさん。

 そちらへと視線を向けると、数十メートル程先に3体の生物が居るのがわかる。

 視界ギリギリの距離であり、ぼんやりとしかわからない。しかし、恐らくあの緑色の肌と人間の子の様なフォルムは──


「ゴブリン……ですか?」

「ん、正解」


 頷くマユウさん。僕達はゆっくりともう少しだけ近づく。するとその姿がよりはっきりと見えてくる。


 ……あれがゴブリン。


 冒険者と同様に、魔物にもランクが定められている。その中で、ゴブリンは最底辺のFランク。


 しかし──醜悪な見た目によるものか、ランクによらず迫力が凄い。


「これで最底辺……」


 ゴクリと唾を飲み込む。


「レフト、怖い?」


 心配そうに顔を覗いてくるマユウさん。

 僕は素直に頷く。


「……はい、少し」

「……大丈夫。お姉ちゃん達が付いてるからね」


 言って柔らかい笑みと共に、よしよしと頭を撫でてくれる。


「ありがとうございます」

「とは言っても、初めから1人で3体相手にするのは危険ね。私が2体を倒すわ。残り1体になった所でレフちゃんの出番よ」

「はい、よろしくお願いします」


 ニコリと笑うリアトリスさん。


 ……あぁ、心強い。


 そう思った瞬間、遠方に居た2体のゴブリンの姿が消えた。


「…………え?」


 困惑する僕。対照的に笑顔のリアトリスさん。


「さ、レフトの番だよ」

「……え? ……あ、は、はい!」


 ……え、2体のゴブリンは? まさか倒した? ……全く見えなかったんだけど。


 目の前で起こった不可思議な出来事に困惑する僕であったが、マユウさんに背中を押された事で正気に戻り、腰からショートソードを抜く。


 ゴブリンはこちらに気づいた様で、生き残った1体が近づいてくる。


 醜悪な容貌。真っ黒な目に、口から覗く鋭い牙。正面から見ると、凄まじい迫力であり……正直怖い。


 ……けど成長する為には、やるしかないんだ。


 僕は左足を前に身体を半身にし、右手にショートソードを構え、膝を曲げる。


 習い事の1つである剣術で教わった、基本姿勢である。


 そのままゴブリンの様子を伺う。


 今回のゴブリンの体躯は、体感では僕と同じ位である。が、その身体についた筋肉の量は明らかに向こうが優っている。


 ……多分力じゃ勝てないな。


 例えば身体強化というスキルを扱える様なギフトであれば、筋肉量の差など補って余りある程の力を発揮できるのだが、生憎と僕のギフトにはそういった戦闘特化のスキルは現状無い。


 あるのは身体に染み付いた剣術と、魔物よりも圧倒的に勝る知力のみ。


 ……大丈夫、落ち着いてやれば、大丈夫。


 ドキドキと早鐘を打つ鼓動を何とか鎮めようと長く息を吐きつつ、その時を待つ。


 ……と。ここでゴブリンが、お粗末な棍棒の様な物を振りかぶったまま、僕の方へと走り寄ってきた。


 ……きた!


 それを目にし、此方も前に進む。


 グングンと近づく距離。その距離が1メートル程になった所で、ゴブリンが棍棒を振り下ろしてくる。


 上から下への単純な動作。


 読みやすいその攻撃を僕は左に躱し、すれ違い様に、ゴブリンの腰の辺りを斬りつける。


 ゴブリンが苦悶の声を上げる。


 念の為、僕は一度距離を取る。


 ゴブリンは傷口を手で抑えながら、苦悶の表情を浮かべている。


 ……よし、かなり効いている。


 攻撃がしっかりと通った事に安堵しつつ、ゴブリンの様子を伺っていると、ここでゴブリンが再びこちらへと走り寄り、棍棒を振り下ろしてくる。


 先程と似た様な動作。


 僕はバックステップでそれを躱すと、すぐ様ゴブリンの目にショートソードを突き入れ、再び距離を取る。


 ゴブリンは反射的にか、棍棒を落とすと両手で目を押さえる。


 ──今!


 僕はその隙に近づくと、ショートソードを一閃し、ゴブリンの首を落とした。


 瞬間、ゴブリンは光となって霧散し、地面にカランと魔石が落ちた。


「……ふー」


 息を吐く。緊張から解放されたのか、ドッと汗が浮き出る。


 と、ここで遠方で様子を伺っていた2人が駆け寄ってくる。


「レフちゃん! けがはない? 大丈夫?」

「はい、何とか」


 俊敏な動きで全身を舐める様に見るリアトリスさんに、僕が苦笑いを浮かべると、ここで何かを発見したのか、リアトリスさんが深刻な表情で、


「…………ッ! レ、レフちゃん、腕!」


 リアトリスさんの視線の先へと目をやると、そこには小さな擦り傷があった。


 ……もしかして掠った?


 しかし別段気にするような傷でも無かった為、僕は問題ないと伝えようとし──


「これくらい大丈──」

「パーフェクトヒール」


 瞬間、異常な程の光に包まれ、一瞬の内にキズが消えた。


「……えっと」


 呆然としていると、マユウさんがふーっと息を吐き、


「一安心」

「……あはは」


 滅茶苦茶過保護だなと僕は思った。

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