第91話 存在昇華
翌日。この日も特にやることがなかったため、少女たち含めて交友を深めようと考えていた。
少女たちの視線がじっと僕へ集中する。
その何とも緊張するシチュエーションの中、僕はパフォーマンスとして図鑑を召喚し「ライム、ガブおいでー!」と気の抜ける言葉を唱えた。
その瞬間、僕の目前に光が集まり、ライムとガブが姿を現した。
「わー!」と歓声が上がり、少女たちはすぐさま2匹の元へ集まってくる。
……よかった、すっかり打ち解けたみたいだ。
元々皆物怖じしない性格であったため、なにか苦労があった訳ではないが、それでも魔物である2匹が受け入れられている現状は、僕にとって凄く嬉しいものであった。
その後、昨日同様みんなで遊んだ。
遊ぶと言っても、現状斡旋所の敷地外には出られないため、そう大したことはしていない。例えばおままごとや、ボール遊びなど、世間一般でよく行われていることばかりである。
それでも、少女たちが個性的であったり、魔物であるライムやガヴが参加しているからか、中々カオスな現場となり、精神年齢でいえば10歳より高いであろう僕でも、心の底から楽しい時間を過ごすことができた。
そんなこんなであっという間に時間は過ぎ、夕方。未だ少女たちは元気いっぱいに遊んでおり、さすが子供は体力が凄いなと思っていると、ここで突然少女のとある声が耳に入った。
「らいむちゃんどこいくのー!」
思わず声の方へと視線を向けると、そこにはなぜかぴょんぴょんと跳ねながら、皆から離れていくライムの姿があった。
「ライム……?」
先程まで皆と楽しげに遊んでいたばかりに、突然のこの行動は不思議であった。
……なんだかいつもと様子が違う?
その姿にふとそう思った僕は、一緒に遊んでいた少女たちに断りを入れると、皆に向かって声をかける。
「みんなごめん! 僕1人でライムを追いかけるから、みんなはガブと一緒に遊んでて!」
言葉の後、走ってライムを追いかける。そんな僕の様子に、後方で特に年齢の低い子たちが「らいむちゃんと、おいかけっこずるいー」と言ったりしていたが、そんな子たちをイヴや年長組の子たちが説得してくれた。僕はそんな彼女たちに感謝の念を抱きつつ、ライムの姿を追った。
◇
……ライムを追いかけつつ、意外と移動速度が速いなと驚いていると、ライムは斡旋所の敷地の一部、木が密集している位置にぴょんと入ると、そこで動きを止めた。
「ライム、どうしたの?」
近づき、ライムにそう話しかける。
しかし、ライムから特に感情が返ってこない。いや、そればかりか、ぐにゃりと不自然に形が変わっているような──
「ライム!? 大丈夫なの!?」
慌て、声をかける僕。その眼前で、ライムが先程までと比較にならないスピードで、突然ぐにょぐにょと形を変え始めた。その様子に、僕はふととある現象を思い出す。
「もしかして──存在昇華?」
──存在昇華。なにかしらの条件を満たした魔物が、その存在をより強いものへと変える現象である。
わかりやすい例を挙げるのであれば、ゴブリンがホブゴブリンに、ボブゴブリンがゴブリンキングへと変わる現象のことであり、前世の言葉で言えば進化が最もわかりやすいか。
とにかく、魔物には一定条件で存在昇華するものがいるというのが、この世界の常識であるし、僕も知識として当然のように有していた。
──しかし、まさか登録した魔物もするなんて……。
驚きながら、僕はライムをじっと見つめる。
目前のライムはぐにょぐにょと形を変え続け、そして5分ほど経過した時、その身体が光に染まった。
そしてついに光が収まった時、そこには──今までとなにも変わらないライムの姿があった。
「あれっ!? 存在昇華じゃないの!?」
慌て、僕は図鑑を召喚する。そしてペラペラと捲り、ライムのページを見つける。
「あ! 記載内容が追加されてる!」
以前まで、グリーンスライムとしてその情報が記載されていたのだが、その横に新たなページが追加されていた。
「えっと、名前は……リカバリースライム? 聞いたことがないな。それで能力は【吸収】、【分解】、【形状記憶】、【融合】……か。うーん、これはどういう能力なんだろう」
そう頭を悩ませていると、ここでライムがぴょんと飛び跳ねた。
「ライム! 存在昇華おめでとう!」
そう言うと、ライムは嬉しそうな感情になった後、なにやら得意げな様子を見せた。
「ライム……?」
僕が首を傾げると、ここでライムがうにょうにょと触手を伸ばしてくる。
──少し前に覚えた、薬草が欲しい時の合図である。
「薬草がほしいの? わかったよ」
僕は慣れた様子でそう言うと、下級薬草を実体化する。
「ほら、下級薬草だよ」
そしてそう言いながら与えると、ライムはそれを触手で絡み取り、体内へと取り込んだ。
「存在昇華したからお腹が空いたのかなー?」
そもそもお腹が空くのかどうかわからないが、そんなことを考えながらライムを眺めていると──
「あれ……?」
ここで、ライムが今までとは違う動きを見せる。なんと、体内に取り込んだ下級薬草を溶かした後、体の中でその溶けた液体を攪拌し始めたのだ。
「薬草を混ぜていったい──」
初めて見る行動に驚きつつその姿をじっと見つめていると、その後数秒してライムは攪拌をやめた。そして何やら満足げな感情へなった後、触手を伸ばし、僕の手にちょんちょんと触る。
「どうしたの……ん? こうすればいいの?」
なにやら僕の手でなにかをやって欲しいようなので、僕はライムの指示通りに両手を合わせお椀のような形を作った。
するとライムは触手を伸ばすと、その僕の手の中に先ほどの液体を注いできた。
──その色、匂い、そして先程の図鑑の説明を思い出して……僕は驚きに目を見開く。
「もしかして、下級ポーション!?」
どういうこと!? ライムが作ったの!?
思いながらライムへと視線を向けると、ライムは誇らしげに触手で丸を作った。
「すごい! すごいよライム!」
僕はライムに笑顔を向ける。
──リカバリースライム。その名前を耳にしたのは初めてであったが、どうやら下級薬草から下級ポーションを作れる存在のようだ。そしておそらくではあるが、先ほどの図鑑の説明を思い出せば、より派生して植物から有用なポーションを作り出せるというのが能力なのではないか。
もし仮にそうなのであれば──ライムの価値は計り知れない。
……にしても、なぜライムは存在昇華をしたのか。
ふと、僕の脳内にその疑問が浮かぶ。
実際ライムは戦闘を行ったりはしていない。そればかりか、なにか特別なことをした覚えもない……いや、1つだけあったか。
「もしかして、下級薬草を与えていたから存在昇華したのかな?」
そう、唯一変わっている習慣として、僕は事あるごとに下級薬草を与えていた。
それはどうやらライムが好みのようだったので与えていただけなのだが、仮にそれが今回の存在昇華に影響したのならば。
あくまでも仮定ではあるが、もう少し派生させて──スライムは、そういった食の好みとか環境で進化の方向が変わっていく……?
もちろん証拠もほとんどない空想ようなものであるが、それでも仮にこれが真実なのであれば、きっともの凄い発見なのではないだろうか。
──と、そんなことを考えたりもしたが、ひとまず今回の出来事は皆さんに伝えるべき内容であったため、僕はライムを抱えると、すぐ様少女たちの元へ向かった。
そして再び断りを入れると、斡旋所内に入り、皆さんへ今回の出来事について伝えるのであった。
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