第90話 イヴとの語らい
本日2話目です。ご注意ください。
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「……いったいどこにそんな体力があるんだろ」
あの後、少女たちとたくさん遊んだ。それはもうたくさん。
そのおかげか今まで以上にみんなと仲良くなれたのだが、同時に別の感想を抱くことになる。
すなわち、体力が無尽蔵すぎないか……と。
僕の眼前では、楽しげに遊ぶ2匹と少女たちの姿があるのだが、どういう訳か彼女たちの体力が一向に尽きる様子がないのだ。
……これが子どものパワーか。
と、10歳という年齢でありながら、おじさんじみたことを考えていると、ここで突然声を掛けられた。
「あの、レフトさん」
「あれ、イヴさん。皆さんと遊ばないんですか?」
「はい、あのレフトさんに少し聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと。はい、なんでしょう」
「あそこにいるライムさんとガブさんは……レフトさんのテイムした魔物なんでしょうか」
魔物を友達と表現する。なるほど、確かに彼らをテイムしたと考えるのが自然であろう。僕はうーんと首を捻る。
「テイム……うーん、似ているようで似て非なるものかもしれません」
「…………?」
首を傾げるイヴさん。そんな彼女をじっと見つめ……この子には僕のギフトの話をしても大丈夫と、なぜかそんな直感を得た。
「僕のギフトの話をしましょうか」
そう言うと、僕は図鑑を召喚する。
彼女は目が見えずとも、突然本のようなものが現れたことには気がついたようだ。
「僕のギフトは『植物図鑑』です。簡単に言うと、色々な植物や植物系の魔物を登録して、実体化できる力でしょうか。……このように」
言って、僕は下級薬草を実体化してみせると、イヴさんは興奮気味に声を上げた。
「すごく珍しいギフトですね!」
「神父が言うからに、一応ユニークのようです」
「ユニーク……」
イヴさんはポツリとそう呟くと、その声音のまま言葉を続ける。
「……私と同じだ」
「イヴさんもユニーク持ちなんですか?」
「はい。もっとも、レフトさんのように使いこなすことは絶対にできない、私からしたらハズレのギフトですけどね」
イヴさんはそう言うと、諦めにも似た表情でふーと息を吐く。そして一拍置いて、言葉を続ける。
「私のギフトは『神眼』です。あらゆるものを見通す、最強のギフト……のはずなんですが、私は盲目なので、使える能力は起こりうる可能性のある未来を、ランダムで見ることができる【時渡り】という能力だけ」
「…………」
それだけで、イヴさんが嘆く気持ちがよくわかる。
「盲目に関しては、生まれつきなのでとうに諦めています。でも、後から与えられたものだからか、ギフトについては色々と考えてしまうのです」
イヴさんは溜まっていたものを吐き出すように、言葉を続ける。
「もし、私のギフトが『神眼』以外だったら、今みたいに怖い人に狙われることも……お母さんに捨てられることもなかったのかなって」
お母さんに……。初めて知ったその事実に、思わず眉根を寄せてしまう。
斡旋所にいる少女たちは、おおかた皆辛く苦しい過去を抱えているはずだ。コニアさんの元にやってくるというのは、そういうことなのだから。
しかし、その話を直接聞いた訳ではない僕からすれば、それはあくまで想像であり、その苦しさもまた想像でしかない。
でもイヴから伝えられたその情報は、まぎれもない彼女の辛い過去であり……ギフトの件で色々ありながらも、人に恵まれた幸せな人生を歩んでいる僕には、とても慰めの言葉をかけることなどできなかった。だから、ふと頭に浮かんだそれを口にする。
「──ほんと、ギフトって何なんでしょうね」
「……?」
唐突なその言葉に、イヴさんは首を傾げた。僕は言葉を続ける。
「だって不思議に思いませんか。10歳になって、授与式を行って、ギフトを得る。誰もが当たり前に行っていますが……なんとも超常的な出来事ですよね」
「確かに……」
「しかも得られるギフトは、決して望んだものではなく、ランダムで。そのギフトで、その人の行先が、なんとなく決まってしまうんですよ?」
僕は恩恵授与式で、望んでいた戦闘系ギフトではなく、それとは真逆の『裁縫術』を得たライク君を思い出す。
彼がその後どうしたかはわからないが、別にギフトを無視して、望んでいた戦闘系の職に就くことはできない訳ではない。
しかし、やはりそれに特化したギフト持ちが、それに準ずる能力を発揮してしまえば、彼にほとんど勝ち目はないだろう。
「……もし、本当に創造神という存在があって、それが僕たちにギフトを与えてくれているのならば、創造神様はどのようにしてギフトを付与してるんでしょうね」
「どのように……?」
「それは創造神様も知り得ない、完全にランダムなものなのか、それとも創造神様が一人一人与えるギフトを選んでいるのか」
「難しいです……」
「考えれば考えるほど訳がわからなくなってしまいますよね。でもこう考えると面白くないですか。もし創造神が僕たちに与えるギフトを選んでくれているのなら、きっとそこには僕たちの知り得ない意味があるのかもしれない。そして逆にギフトがランダムなものなら、僕たちは創造神様ですら知り得ない可能性を手にしてることになる」
「……?」
僕の言葉にイヴさんが難しい顔をする。それでも止まらず、僕は言葉を続けた。
「つまりなにが言いたいかというと、自分のギフトについて嘆くよりも、そのギフトを得た意味とか、それが持つ可能性とか……そんなことを考えた方が心も軽くなるんじゃないかということです」
「なぜ『神眼』を与えられたのか……ですか」
「環境もなにもかも違うので一概には言えませんが、実は僕もギフトを笑われたり、ギフトのせいで怖い人に狙われたりしたんです」
「レフトさんも?」
「はい、だから火竜の一撃の皆さんと公国にやってきたんです」
「私と同じだったんですね」
「それで、やはり最初はなんでこんなギフトになっちゃったんだって思いましたよ。でも今は『植物図鑑』でよかったと心の底から思います」
「なにかきっかけがあったんですか?」
「火竜の一撃の皆さんに会えました。それで今までとは比べものにならないくらい、刺激的な日々を送れるようになったんです」
言ってニコリと微笑む僕に、イヴさんがポツリと言葉を漏らす。
「……そう考えると、私もコニアさんや斡旋所のみんなと会えたのは、ある意味『神眼』のおかげですね」
言葉の後、イヴさんはなにかに気がついたのか、先ほどよりも明るい声音で声を上げる。
「……すごいです。考え方ひとつで、こうも心持ちが変わるんですね」
「不思議ですよね」
「はい!」
イヴさんの中で腑に落ちたのか、笑顔でそう返事をした後さらに言葉を続ける。
「……あの、ありがとうございました。……正直、神様のお話は私には難しくて、おそらく全てを理解できたわけではないと思います。でも……レフトさんと会話をしていたら、なんだかとても心が軽くなりました」
「ふふっ、よかったです」
そう言いながら、2人和やかな雰囲気でいると、ここで遠方から元気の良い少女の声が聞こえてきた。
「レフトくーん、イヴちゃーん! なにやってるのー! 一緒に遊ぼうよー!」
「今いきまーす! ……呼ばれちゃいましたね」
「ですね。あの、たくさんお話ししてくれてありがとうございました。本当にすごく心が軽くなりました」
「こちらこそ、イヴさんとお話しできて凄く楽しかったです」
言って微笑む僕に、イヴさんはなにやら言い淀むような様子の後、ポツリと呟くように声を上げる。
「イヴ……」
「……ん?」
「あの、イヴさんじゃなくて、イヴって呼んでほしいです」
「……わかりました。じゃあ、イヴ」
「あと、できれば敬語もなしで……」
「わかったよ。それじゃ、今度からはタメ語で話すね」
「はい! ありがとうございます!」
「それなら僕のこともさん付けじゃない呼び方にしてくれると嬉しいな」
「ならレフトくんって、そう呼んでもいいですか?」
「もちろん」
言いながら僕が頷いたところで、再び少女から僕たちを呼ぶ声が届いた。
「レフトくーん! イヴちゃーん!」
「……そろそろ行こうか、イヴ」
「はい! レフトくん!」
こうして僕たちは会話をやめると、少女たちと合流し、楽しい時間を過ごした。
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