第51話 リアトリスさんとお出掛け

 その後皆で食事を取り、特にこれといったイベントが起こる事もなく迎えた翌日。


 この日は1日フリーとの事である。

 そしてリアトリスさん以外が挨拶回りに向かいたいという話であった為、どうせならばと、僕はリアトリスさんと以前約束していたお出掛けをする事にした。


 待ち合わせをしてみたいというリアトリスさんの言葉を受け、挨拶回りに向かうヘリオさん達付き添いの元、目印として最適な噴水の前に行く。

 次いでヘリオさん達と別れ、1人待っていると、ここで周囲に騒めきが起こる。


 どうしたんだろうと思い、視線を上げてみると、そこにはいつも以上にお粧しをしたリアトリスさんの姿があった。


 その姿は暴力的な程に美しいのだが、平素な街の風景にはあまりにも不釣り合いな程の着飾りである。まるでパーティーを抜け出した貴族の令嬢の様だ。


「お待たせレフちゃん。ごめんね、待たせちゃったかな」

「いえ! 今来た所ですよ」


 僕の言葉に、リアトリスさんが美しい双眸を小さく見開く。


 実は昨日の内に、このやりとりがやってみたいという話を本人から聞いていた。

 念願が叶ったからか、リアトリスさんの表情はかなり楽しげに見える。


「ふふっ、行こうかレフちゃん!」

「はい!」


 言ってリアトリスさんの差し出した手を取り、僕らは歩き出した。


 道を行く度に、周囲の騒めきが耳に入る。


 まるで貴族の令嬢を思わせる様な美しい少女と、何の変哲も無い10歳の僕。

 そんな2人が手を繋ぎ並び歩く姿は、成る程確かに側から見たらかなり異質であろう。


「レフちゃん今日はどこに行こっか!」


 リアトリスさんの声を受け、僕はうーんと頭を悩ませる。


 実は何をするか明確には決めていない。

 しかしあらかじめ面白そうな店についてはヘリオさん達に聞いている為、


「とりあえず適当に回ってみて、気になったお店があったら入ってみる事にしましょうか」

「うん、そうしよう!」


 相変わらず周囲の注目を集めつつ、会話を重ねながら路を行く。

 その中で、リアトリスさんが興味を示した店を回る。


 武器屋、防具屋に雑貨店。


 デートと言っても過言ではないこの日に態々行く様な場所でもない様に思うが、そこはリアトリスさんも冒険者だからか、やはり興味がある様で、かなりの上機嫌でお店を覗いていた。


 僕にとっても普段入らない事もあってか、かなり新鮮で面白かった。


 ……武器や防具を新調するのもありだな。


 などと思いながらも、しかし現状の財力では到底購入できない為、またいつかと考えつつ店を後にする。


 そして少し歩くと、ここでヘリオさん達から聞いていたお店を発見する。外観としてはかなりこじんまりとしたお店である。


 僕はそのお店を指差し、


「リアトリスさん。このお店入ってみませんか」

「似顔絵専門店! 面白そう!」


 リアトリスさんがパッと表情を明るくする。

 どうやら興味を示してくれた様である。


 言葉の後、僕達はお店へと入る。


 店内は外観の通り、かなり狭かった。

 しかし、軽く辺りを見渡せば、隅々まで管理が行き届いているのがよくわかり、居心地は相当良い。


 と、ここで店員さんだろうか、そばかすのある素朴な女性がこちらへと駆け寄り、


「いらっしゃ──」


 と言いながら笑顔で迎え入れようとし──すぐ様その表情が固まる。


「どうかなさいましたか?」


 言って首を傾げる僕に、店員さんはハッとした様子で、


「い、いえ! 申し訳ございません! いらっしゃいませ、こちらへお座り下さい!」


 何やらぎこちない店員さんに案内され、僕達は指定された箇所に並んで腰掛ける。


 目前には木製のスタンドに厚手の紙が立て掛けられている。

 スタンドの近くには低い台が1つ置かれており、その上には絵を描く際に使用するのだろう、ペンをはじめ、幾つかの道具が置かれている。


 ……かなり本格的な感じだな。


 そう思っていると、そばかすの女性はスタンドの前に立ち、


「ほ、本日はお越し頂きありがとうございます! 御二方の似顔絵を担当致します、ア、アロエです。よ、よろしくお願いします!」


 言ってペコリと頭を下げる。やはりぎこちなさが抜けない。


 ……もしかして緊張しているのかな。


「アロエさんですか。よろしくお願いします」

「は、はい! アロエです! 精一杯描きますので、よろしくお願いします!」


 言って深々と頭を下げる。


 緊張しているにしては、あまりにもぎこちなさ過ぎるか。


 ……もしかして。


「アロエさん」

「は、はい!」

「僕達、こんななりですが、貴族では無いですよ。だからどうか落ち着いて下さい」


 言葉と同時に、リアトリスさんが「ん?」という感じでこちらへと視線を寄せる。

 大方「レフちゃんは貴族じゃん!」といった所か。


 勿論実際には貴族であるが、それを明けた所で今回は間違いなく双方にメリットがない。

 ならば可能な限り平民で通した方が楽というものである。


 僕の言葉に、アロエさんはあからさまに安堵した様子で息を吐き、


「そ、そうだったんですね。お二方の服装があまりにも美しかったので、てっきり街の視察に来た貴族様かと……」


 言った後、小声で、


「あぁ、良かった。少しでも失敗したら殺されるかと思った……」


 と呟く。一体アロエさんは貴族にどの様な印象を抱いているのか。

 気にはなるが別段聞く事はせず、とりあえず気を取り直したアロエさんに絵を描いてもらう事にした。


 アロエさんの案内に従い、椅子に腰掛けた状態で格好の微調整を行う。


 そしてアロエさんがスタンド前の椅子に腰掛け、


「それじゃあ、始めますね!」


 と言い、ペンを持った所で──その表情が変わった。

 先程までは弱々しい印象であったが、真剣な表情を浮かべる今は、これまでのイメージを覆す程に酷く凛々しい。


 ……これがプロかと思いながら、なるべく動かない様にリアトリスさんと会話をしながら待つ事およそ30分。

 ここでアロエさんが手を止めると、


「出来ました!」

「……えっ!」


 驚くリアトリスさん。僕も小さく目を見開きながら、


「早いですね……」

「ふふっ。私ギフト持ちなので」


 絵描きのギフトか。そんなギフトもあるんだなぁと1人考えていると、ここでアロエさんは立ち上がり、


「どうぞ!」


 と言い紙を手渡してくる。


 僕はそれを受け取ると、リアトリスさんにも見える様に気をつけながらそれを裏返す。


「……わぁ」


 そこには30分で描いたとは思えない程精巧な似顔絵が描かれていた。しかもご丁寧に色まで塗られている。


「いかが……でしょうか?」

「あの短時間でここまで描けるものなんですね……凄いです……!」

「本当! 今にも動き出しそう!」

「ふふっ。喜んで頂けた様で嬉しいです」


 言ってアロエさんは緊張感の感じさせないにへらとした笑みを浮かべた。


 その後アロエさんと軽く世間話をした後、僕達は店を後にする事にした。


「ありがとうございました! またお越し下さい!」


 というアロエさんの声を背に受けつつ、僕達は再び歩を進める。

 キョロキョロと周囲を眺めながら少し歩いた所で、僕は手に持っていた似顔絵をリアトリスさんへと手渡し、


「リアトリスさん、貰って下さい」

「えっ、いいのレフちゃん」

「はい! 今日の思い出という事で」

「ありがとう!」


 言ってリアトリスさんは一度似顔絵を眺め笑みを浮かべた後、それを収納した。


 その後、ルンルンなリアトリスさんと共に再び様々な店を回る。そして辺りが少し暗くなってきた辺りで、僕達は最後にとヘリオさん達オススメのアクセサリーショップへと入った。


 入店と同時に、いかにも魔女と言った服装の老婆がこちらへと寄ってくる。


「あらまぁ、これまた随分と可愛らしいお客さんだこと」

「こんにちは!」


 僕の挨拶に老婆は皺くちゃな顔をニッと歪めた後、視線をリアトリスさんの方へと移し、


「はい、こんにちは。んで、そちらは……ほぉ空滅の魔女かい」

「空滅の魔女……?」


 ポツリと呟きつつ、僕は視線をリアトリスさんへと向ける。リアトリスさんは「あはは」と乾いた笑いをした後、


「巷ではそう呼ばれているみたいなの」


 と少し恥ずかしげに声を上げる。僕は目をキラキラとさせながら、


「カッコ良いです!」

「そ、そう? ……レフちゃんがそう言うなら今度から自分で名乗ろうかな」


 後半何を言っているか聞き取れず僕は思わず首を傾げた。と、ここで老婆が口を開く。


「それで、奇妙な組み合わせのお二人さんは今回どういった御用で?」

「実は知り合いから、ここならネックレスを自作できるとお聞きしたので、体験したいなと!」

「あぁ、体験ね。なんだい、お互いに贈り合うのかい?」


 老婆の声を受け、僕はリアトリスさんと顔を見合わせると、


「それ良いですね!」

「えぇ、最高ね!」


 という事で、互いにどの様なものを作るかは秘密にしながら別々に製作し、完成し次第見せ合う事とした。


 別室に別れそれぞれ製作する。

 とは言え僕達は素人。勿論作り方などてんでわからない為、リアトリスさんには先程の老婆──バニーラさんと言うらしい──が、僕にはバニーラさんの娘であるトルニカさんが付いてくれる事となった。


 それぞれ教わりながら真剣に製作する事1時間。


 遂に完成した為、僕はトルニカさんと共に先程の部屋へと戻った。


「あ、レフちゃん。どう、完成した?」

「はい! 完璧です!」

「ふふぅ。私も出来たよ! それじゃ、見せ合おうか」


 少しのやり取りの後、まずはリアトリスさんから見せる事となった。

 リアトリスさんは後ろ手に組んだ手を解くと、


「どうぞ、レフちゃん」


 言って差し出された手の上には、1つのペンダントが置かれていた。ペンダントトップには三日月をモチーフにした台に青い宝石が埋まっている。


「わぁ……綺麗です」

「へへん、自信作だよ。レフちゃん身につけてくれる?」

「勿論です!」

「ふふっ。私が付けてあげるね」

「わわっ……」


 僕の首に腕を回し、付けてくれる。


 ……顔が近い。


 リアトリスさんの相貌が目前に迫る。


 ……それにしても、改めてこう間近で見ると、リアトリスさんは人形を思わせる程に整った相貌をしているな。


 思いながら思わずじっとリアトリスさんの事を見てしまう。

 と、視線を感じたのか、ここで僕の首元へと向いていたリアトリスさんの視線が上がり──目が合う。

 瞬間、ニコリと微笑むリアトリスさん。


 思わず頬が赤くなる。バレない様に視線を逸らすと、リアトリスさんは首を傾げ、


「できた!」

「ほぉ、似合ってるじゃないか」

「うんうん! 我ながら完璧!」


 バニーラさんが持ってきてくれた鏡で確認する。なる程、確かに金髪に合っていて、自分で言うのも何だがかなり似合っている。


「ありがとうございます、リアトリスさん。一生の宝物にします!」

「い、一生の──ッ!」

「リアトリスさん?」

「……はっ! ご、ごめんねレフちゃん。さーて、次はレフちゃんのを見せてもらおうかなー」

「ふむ、気になるねぇ」

「えっと、喜んで頂けると良いんですが……」


 言って何やらニヤニヤとしているトルニカさんから箱を受け取り、リアトリスさんの眼前でそれを開く。


「……ほぉ」


 バニーラさんが愉快そうに笑う。


「レ、レフちゃん……これ!」

「クリスタルフラワーを使った髪飾りです。どう……でしょうか」


 僕が送ったのは、植物図鑑から実体化したクリスタルフラワーを枯れない様にコーティングした髪飾りである。

 製作の際は、勿論トルニカさんにバレない様に実体化し、あらかじめ用意していた容器に入れていた。


 リアトリスさんにはこのクリスタルフラワーが僕のギフトによるものとわかったのか、目を大きく見開いた後、満面の笑みを浮かべ、


「嬉しい、凄く嬉しいよ! ありがとうレフちゃん!」

「良かったです」

「ねぇ、レフちゃん。……つけてくれる?」

「はい!」


 髪飾りを手に取る。そして恐る恐るリアトリスさんの美しい長髪に触れた。


「……ッ!」


 さらりとした感触に驚きながら、僕は指を通す。次いで髪飾りを付けようとし──しかし上手くいかない。


「あ、あれ?」


 そんな僕の姿にリアトリスさんは小さく微笑んだ後、


「…………あ」


 手を重ねる様にして僕の手を誘導してくれ、遂に髪飾りがリアトリスさんの髪を彩る。


「ふむ、よく似合ってるねぇ」

「はい、素敵ですね」


 バニーラさんとトルニカさんは言ってうんうんと頷く。


「本当ですか! ……レフちゃんはどう?」


 柔らかい表情で首を小さく傾げるリアトリスさんに、僕はしっかりと視線を合わせながら、


「凄く似合ってます。綺麗です!」

「あらあら」

「まぁまぁ」

「ふふっ。レフちゃん、ありがと!」


 言って花の様な笑顔を浮かべるリアトリスさん。その姿を目にし、僕はふぅと小さく息を吐く。


 リアトリスさんはキョトンとした様子で、


「どうしたの、レフちゃん」

「実は家族以外の人にプレゼントをするのはこれが初めてで、その……緊張してしまいました」


 言って頭を掻く僕の言葉に、リアトリスさんは大きく目を見開き、


「は、初めて……嬉しい! レフちゃんありがと!」


 言って抑えきれなくなったのか、一体幾度目となるのか、リアトリスさんからの熱い抱擁を受ける。

 僕はいつもの様に双丘に埋まりながら、喜んでもらえた様で良かったと思うのであった。


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遅くなり申し訳ございません。

実はここ数話を見て話が間延びしている様に思い、今後の展開に大幅な変更を加えておりました。

1章も本来あと20〜30話程度かかる予定でしたが、変更により残り10話程度となっております。

植物図鑑のストーリー的に、1章は謂わばプロローグの様なもので、本番は2章以降となっています。どうか2章以降を楽しみにして頂きながら、今後も読み続けて頂けると嬉しいです。


……因みにもう少しで1章完結に向け、話が大きく動き出します。


よろしくお願いします。

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