第28話 ほんの一時の別れ

「……うぅ……レフちゃん……」


 膝立ちでこちらに縋るように抱きつくリアトリスさん。

 一体、何故こんな事になっているのか。


 話は10分程前に遡る。


 ◇


 カラミヅルと爆裂草を登録した翌日。特に出掛ける予定も無く、家でのんびりと過ごしていると、ここで来客を告げるチャイムが響く。


 とは言え、貴族にとっては日常茶飯事であり、どうせまたお父様達のお仕事関係だろうと特に気にせずにいると、ここで部屋をノックする音と共に、カミラの声が聞こえてくる。


「レフト様、火竜の一撃の皆様がいらっしゃいました」

「……えっ!?」


 ……今日は何も無かった筈だけど。


 予定がある日に迎えに来て貰った事は何度かあるが、こうして用事のない日に訪ねてくるのは初めての事である。


「早急におもてなしを──」

「いえそれが、挨拶に来ただけなので玄関で良いと……」

「……挨拶?」


 という事で、玄関まで向かうと、そこには冒険用の装備に身を包んだ火竜の一撃の皆さんの姿があった。

 そしてそんな中、突然リアトリスさんが涙目のまま僕に抱きついてきて──今に至るという訳である。


 つまり何が言いたいかといえば、全く話がわからないという事だ。


「……えっと」

「……うぅ……レフちゃん……レフちゃん!」

「ヘリオさん、何かあったんですか」


 言って眼前のヘリオさんに視線を向ける。

 ヘリオさんは、リアトリスさんの姿を目にし苦笑いを浮かべたまま口を開く。


「いや、実は緊急依頼が入ってな」

「はい」


 ……火竜の一撃はトップレベルの冒険者パーティー。よくある事だろう。


「まぁ、場所が思いの外遠いもんでな、1週間程街を離れる事になるのよ。んで、ほら、レフトはよく俺達の元を訪ねてくるからさ、伝えておこうと思ったわけ」


 確かに今まで2日3日離れる事はあったが、1週間というのは無かった。

 以前のワイバーン討伐の依頼も、1週間が期限の所、僅か2日で完了して帰ってきた事を考えれば、確かに1週間はかなり長いか。


 とは言え、そこまで深刻な話では無かった為、僕は軽く安堵の息を吐く。


「あぁ、そういう事だったんですね」


 言いながら同時に思う。


「……えっと、ならリアトリスさんのこれは──」

「1週間も離れたくないって。異常な執着」

「ガハハ! 本当レフトの事が好きなんだな!」

「……ハハハ」


 ジト目のマユウさんに、何も考えてなさそうなグラジオラスさん、そしてあいも変わらず苦笑いのヘリオさん。

 そんな3人を他所に、リアトリスさんは力強い口調で、


「……うぅ……1週間……7日……168時間。そんなに長い間レフちゃんと離れるなんて……私には耐えられないわっ!」


 ……耐えられないらしい。


 それにしても──と僕は思う。


 未だ関係性が浅いながら、ここまで明確な好意を、しかも美人なリアトリスさんから向けられてるとなれば、勿論嬉しい。

 しかし、だからと言って、このままでは彼らの業務に支障が出るかもしれない。


 思い、僕はうんと考え──


「リアトリスさん」


 僕の声を受け、リアトリスさんがお腹に埋めていた顔を上げる。


 視線が合う。


 そんな中、僕は柔らかく微笑むと、


「もしリアトリスさんが宜しければですけど……リアトリスさんが頑張って依頼を達成して帰ってきたら。その時は2人でどこか遊びに行きませんか?」

「レフちゃん……」

「どう……でしょうか」


 柔らかい声音と共に首を傾げる僕に、リアトリスさんは大仰に頷くと、


「レ''フぢゃん''ッ……! 行く……行くわ!」


 言ってリアトリスさんは、再び僕に抱きつく。そしてお腹に顔を埋めながら、


「……うわぁん。レフちゃーーーーん」


 と声を上げた。そんな僕達のやりとりを見ながら、


「……レフト、リアトリスの扱いうめぇな」

「どちらが年上かわからない」


 ヘリオさんが感心の声を、マユウさんが呆れた声を上げた。


 ……その後、未だ離れようとしないリアトリスさんをマユウさんが引きずっていくという何とも締まらない形で、僕は火竜の一撃の皆さんとほんの一時のお別れをするのであった。

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