第58話 スタンピード
……街は、家族は無事なのだろうか。
あまりにもピンポイントなオーガキングの襲撃に、僕は作為的なものを感じると共に、街は、家族は無事なのかと不安を心に秘めながら街へと向かう。
同様に不安なのか、僕と向き合う形で座るマユウさん、隣に座るリアトリスさんの2人もどこか落ち着かない様子である。
と、ここでリアトリスさんが何か考える様に目を瞑った後、
「やっぱり先に戻ってようかしら」
ポツリとそう呟いた所で、
「おーい! グラちゃ〜ん!」
「うぉっ!? ウィルじゃないか!」
というやりとりが、突然客車の外から聞こえてくる。
「えっ!?」
「……っ!」
2人がピクリと反応し、慌てて布を退け、顔を外へと出す。
そんな2人に混ざる様に僕も外を覗くと、何と遠方からこちらへ向かってフワフワと飛んでくる人影が……って、飛んでる!?
驚愕する僕を他所に、グラジオラスさんが馬車を止める。と同時に、女性がふわりと地上へ降りてきた。
全体的にウェーブのかかった、ライトグリーンの長髪を持つおっとりとした美しい女性である。
リアトリスさんは客車を降りると、目を見開きながら、
「ちょっとウィル! 貴女どうして此処に!?」
「ん、公国に居たはず」
そんな2人の声に、ライトグリーン髪の女性、ウィルさんが相変わらずののほほんとした雰囲気のまま口を開く。
「ちょっとみんなに用があってね〜。……って、そんな事よりも大変だよ〜! フレイの街に数千体の魔物が近づいてるの!」
「……なっ!」
目を見開く僕。リアトリスさんが慌てた様子で、
「ちょっと、どういう事よそれ!」
「わかんないよ〜! みんなに会う為に街に向かってたら、魔物の森の方から大量の魔物が、一直線に街に向かってるのを見つけたの!」
言いながらウィルさんは身振り手振りをする。かなりボディランゲージが多い人の様だ。
その姿は大層微笑ましいのだが、流石に状況が状況なだけに皆真剣な表情は崩さない。
「まだ距離はある?」
「うん! このまま何もしなくても数時間の猶予はあると思う!」
「数時間しかないのね……」
リアトリスさんがポツリと呟く。
その声を聞きながら、マユウさんは少し考える素振りを見せた後、顔を上げ、
「リア、グラジオラス、2人は先に行って。レフトは私が責任を持って送るから」
「マユウ……そうね、その方が良さそう」
リアトリスさんはうんと頷いた後、視線をグラジオラスさんへと向ける。
「グラジオラス、ウィル、行きましょうか」
「おう!」
「はーい!」
2人の返事の後、リアトリスさんは僕の前へと来ると、膝を曲げ、視線を合わせる。
「……ごめんねレフちゃん。気をつけて向かってきてね」
「はい! 皆さんもお気をつけて!」
僕の声にリアトリスさんはニコリと微笑む。
その後、リアトリスさんとグラジオラスさんは街へ向けかなりの速度で走っていった。
「……えっと」
そんな中、何故か残っているウィルさん。
彼女はどういう訳か、じーっと僕の姿を見つめてくる。
「ウィルさん……?」
思わず僕は彼女の名を呼ぶ。するとウィルさんはコクリと首を傾げ、
「何か良い事でも思いついた〜?」
「……え」
「そんな顔してる!」
言って、こんな状況にも関わらず、一切の危機感を感じさせない、ほんわかとした笑みを浮かべる。
その柔らかい笑顔に、この状況でどうしてこんなにもニコニコしていられるのかと目を丸くした後、うんと少しだけ考え、
「……ウィルさん、1つお願いをしても宜しいですか」
「うん、任せて〜」
その姿をマユウさんが複雑な表情で見ていたのだが、この時の僕は全く気がついていなかった。
◇
ウィルさんと別れた後、僕とマユウさんは馬車の御者席に並んで座りながら街へと急いだ。
そして遂に遠方に街の門が見え始めた所で、その周辺に沢山の人影があるのが目に入る。更に近づけば、ザワザワと不安を覚えた人々の声が聞こえてくる。
そんな中、僕達は馬車のまま近づくと、マユウさんの顔パスで中へと入った。
街の中は、いつも以上に人の姿で溢れていた。
「みんな避難している」
「確かに街中の方が安全ですからね」
フレイの街は、魔物の森が近い事もあってか、その周囲を堅牢な城壁で囲った城郭都市である。
故に基本的に街中は安全地帯だと言える。勿論、魔物に押し負け、門から流れ込んでくる事があれば、その時は逃げ場が無くなり一貫の終わりとなるが、しかし過去数十年でそういった事は一度として無く、故に街民は城壁を信頼している。
とは言え、現状が非常事態である事には変わりが無く、また不安もあってか皆一様に落ち着かない様子であるが。
かく言う僕もやはり落ち着かない。先程から心臓がドクドクと早鐘を打っている。
僕は心を落ち着けるべく、視線をマユウさんの方へと向けると、
「マユウさん、この後は」
「ひとまずリア達と合流。その後、怪我人がいる様ならその回復に向かう」
「わかりました。では、皆さんの所へ急ぎましょうか」
何気無く言った僕の言葉に、マユウさんは表情を変えずに、
「……何を言っているの?」
「え……?」
僕は思わず声を漏らす。一体どういう事なのかわからず困惑した表情を浮かべる僕に、マユウさんはやはり表情を変えずに、
「レフトは屋敷で待機。わかった?」
「……っ!? どうしてですか!」
「親御さんの元に無事に返す。それが今回の私達の使命。そしてそれは、非常事態であっても変わらない」
「……で、でも!」
「それにレフトはまだFランク冒険者。こういう緊急時に召集がかかる事はまず無いし、戦力として数える訳にはいかない」
押し黙る僕に、マユウさんは再度口を開く。
「ごめんね、レフト。だけど今回だけは譲らないよ」
真剣な表情のマユウさん。彼女とじっと視線を合わせる事数秒、僕はギュッと口を結び少しだけ俯くと、
「……わかりました。屋敷で待機する事にします」
「ん」
言ってマユウさんは柔らかく微笑んだ。
その後、僕達は街を行き、遂にアルストリア家の前に到着。僕は御者席から降りると、屋敷の門の前に立つ。
「じゃあね、レフト」
言ってマユウさんが柔らかく微笑む。僕は再びギュッと唇を結んだ後、努めて笑みを作り、
「……ありがとうございました、マユウさん」
「ん」
やりとりの後、一瞬の静寂が生まれる。
そしてその音の穴を埋める様に、ザワザワという周囲の喧騒が僕達を包む。
そんな中僕は真剣な表情を浮かべると、一拍空け、口を開く。
「どうかお気をつけて」
「ん、ありがとう」
言葉の後、馬車を操作しマユウさんがどんどんと離れていく。
その様を、僕は後ろ髪を引かれる思いのまま見送った。
◇
「……ただいま」
扉を開けると、そこには落ち着かない様子のカイラの姿があった。
カイラは僕の声にピクリと反応すると、バッとこちらへ視線を向け、目を見開く。
「……っ! レフト様!」
「ただいま、カイラ」
「おかえりなさいませ、レフト様! ……お2人を呼んで参ります!」
言って上品に、しかし足早にその場を離れていく。そして数分後、複数人の足跡が響き、お父様お母様がやってきた。
2人は僕を見て、安堵した表情を浮かべると、
「「レフト!」」
言葉と共に抱き締めてくる。
その温もりに、そして抱き締める力の強さに、僕は心配を掛けていた事を強く実感しつつ、口を開く。
「ただいま戻りました、お父様、お母様」
「良かった、本当に良かった」
そのままの姿勢のまま少しして、お父様が僕から離れた。そして周囲をキョロキョロと見回し、
「火竜の一撃の皆さんは──」
「今回のスタンピートに対処するという事で、先程別れました」
「……っ、そうか。今度改めてお礼を言わなくてはな」
「そうね、お礼を言わないと……」
そう言いつつ、街に迫る大量の魔物、そこに不安を覚える様子の2人。
その姿を目にしながら、僕は数秒程頭を悩ませた後、躊躇いながらも小さく口を開く。
「……お、お父様」
「まさか討伐に参加すると、そう言う訳ではあるまいな?」
「……っ」
口を結ぶ。
「何故、火竜の一撃の皆さんが態々屋敷まで送ってくれたのか、聡明なレフトならば、この真意を理解できる筈だ」
……勿論理解している。
マユウさんはふんわりと言ってくれたが、要するに僕は邪魔なのだ。
僕が居たら、心の優しい皆さんはきっと僕の事を気にかけてくれる。
そしてそれは、魔物と相対した際に皆さんの行動に少しでも制限をかける事となってしまう。
僕が参加する事で与えられる戦力と、皆さんが僕を気にかける事で起こる行動制限とそれにより削がれる戦力。
これを天秤にかけた時、後者に傾く。
……きっと皆さんはそう考えたのだ。
そして態々屋敷まで送ったのも、お父様達ならば万が一にも外に出られない様に諭すと、そう判断したからだろう。
僕は眉間に皺を寄せたまま、
「……はい、勿論理解しております」
「ならば、その思いを踏み躙るわけにはいかないな」
「……はい」
お父様の柔らかい声に僕は頷く。
しかしその表情は決して納得した様子のものでは無いのであった。
--------------------
遅くなり申し訳無いです。
一部会話について、納得がいかずに何度も書き直しておりました。
結局納得したものはできず、しかしあまり期間を開けてもと思い、ひとまず投稿致しました。
その為、今後一部会話を書き直す事もあると思います。その際には、最新話のラスト等で皆様にお伝え致します。
とは言え、展開に関しては一切の変更もございませんので、その時は興味がある方だけ読んで頂ければと思います。
よろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます