第32話 ライム

 ずっしりと手に伝わる重さに、開いた指の隙間に柔らかく入り込むしっとりとしたスライムの体。


 その質感はゼリーの様でもあり、わらび餅の様でもある。──まぁそのどちらも手に持った事は無いので、あくまでも想像でしかないのだが。


 見た目としては恐らく球に近い楕円体といった所が本来の姿なのだと思うが、今は僕の指の隙間に入り込む事で変形しており、何とも形容し難い形になっている。


 しかしその歪な形状だからか、将又その大きさが僕の手のひらサイズとかなり小さいからか、何やら可愛らしく目に映る。


 ……さて。


 実体化したは良いが、グリーンスライムはグリーンスライムだ。

 実体化した下級薬草の効能が市販のものと何ら変わりなかった様に、恐らくこのグリーンスライムもただ植物を消化するだけで特別できる事は無いだろう。

 また知能の程度から考えても、こちらの考えや感情を読み取る事はまず不可能な筈である。


 しかし折角実体化したのだ、例え命令出来なくとも、何とか誘導して何かしらの行動をとって貰いたいと、そう思っていると──


 ここでグリーンスライムが、まるでこちらの思考を理解しているとばかりに、フルフルと震える。

 同時に流れ込んでくる、「できるよ!」とでも言っているかの様な、どこか意地を張っているかの様なそんな感情。


「…………え」


 これは……このグリーンスライムから?


 手のひらのモチモチと柔らかいグリーンスライムへと改めて視線を向ける。


 勿論グリーンスライムには目など無い。しかし、何となく視線が合っている様なそんな感覚を覚えると同時に、何やら知性の様なものを感じる。


 ……どういう事なんだろう。


 考えられるのは、グリーンスライムに意思疎通ができる程の知能は無いというのは人間の思い込みであったという事、もしくは植物図鑑から実体化した魔物にはある程度の知能が与えられる事のどちらかか。


 こればかりは他の魔物の実体化が成功した際にある程度の結果が見えてくる筈であり、現状これ以上の考察は保留とする。


 しかしそのどちらであったとしても、1つ疑問が浮かぶ。


 手のひらのグリーンスライムに知性の様なものがあるのはわかった。

 しかしそもそもの話、何故僕はグリーンスライムの感情が理解できるのだろうか。


 向こうに知性があるからと言って、表情など無いスライムの感情を理解できるのはあまりにもおかしな話である。


 そう思いながら、グリーンスライムへと更に意識を向けると、何やらパスの様なものが繋がっている感覚を覚える。


 これが要因かな?


 などと考えるも、はっきりとはわからない。


 ……もう少し説明が欲しいな。


 基本的に一つ一つ自分で解明しなくてはならない現状。

 それがギフトだと言われれば何とも言えないが、できればほんの少しで良いから教えて欲しいなと、僕は心の中で1人神様に対して思うのであった。


 ◇


 その後も色々と考えながらモチモチとグリーンスライムと戯れていると、やはり段々と愛着が湧いてくる。故に、


「そうだ、名前……」


 と名前を付けようと考えるも、少し躊躇ってしまう。


 というのも、いくら可愛くとも、いくら愛着が湧こうとも、このグリーンスライムは植物図鑑の能力の一環である。

 故に今までの植物の様に、自身の成長の為にできる限りフル活用していきたいのだが、こうして名を付けてしまえば、例えば魔物を大量に実体化しレベリングといった、ある意味では残酷な、しかし成長にはかなり有効な手などを使えなくなってしまうのである。


 ……いや、けど。


 僕がうーんと悩んでいると、ここで手のひらのグリーンスライムがふるふると震えた後、にゅーっと身体の一部を触手の様に伸ばしてくる。

 それと同時に「なまえつけてー」と懇願する様な感情が流れてくる。


 ……うぅ、可愛い。


 グリーンスライムを見つめる。目など無いが、何やらキラキラとした仔犬の様な瞳をこちらへと向けている気がしてきて──


「わかった。つけるよ」


 結局その可愛さに負けてしまい、僕は名前をつける事にした。とは言え──


 名前、名前かぁ。


 生憎名前を付けた経験など前世含め無い為、中々凝ったものが思いつかない。


 グリン? スライ? グリスラとか……。


 グリーンスライムの名ををもとに考えようとするも、ロクなものが思いつかない。


 グリ……スラ……ライ……ライム……おぉ!


「ライム! 君の名前はライムだ!」


 グリーンスライムからとってライム。更に地球の柑橘類であるライムも緑色である事を考えれば、中々良い名前になったのでは無いだろうか。


「どうだ!」とばかりにライムへと視線を向けると、気に入ってくれたのかふるふると震えた後、喜悦の感情を伝えてくる。


 ──瞬間、植物図鑑が再び光り始めた。


「……え、なに!?」


 予想外の事態に驚きつつ、その様子を見守る。


 どの程度時間が経過したのか、遂に光が収まった時、図鑑のグリーンスライムの表記が、ライム(グリーンスライム)へと変わった。


 ……ん? もしかして同種の魔物は1体しか実体化できないとか?


 思い、念じてみる。が、植物図鑑に反応は無い。


 念の為ステータスを開き、魔力を確認すると、現在の消費魔力は10。

 元々が満タンであった事から、これがグリーンスライム実体化時の消費魔力である事がわかる。

 同時に、魔力だけを見れば、2体目のグリーンスライム実体化は不可能では無い事もわかる。


 しかし、念じても何も反応が無い。

 となれば、やはり現状同種は1体しか実体化できない可能性が高いだろう。


 ……相変わらず選択肢を狭めてくるなぁ。


 僕は相変わらず楽をさせる気の無い植物図鑑に1人唇を尖らせるのであった。

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