第十五話 心で接する


 どのくらい時間が経っただろうか。

 俺が2回目の解体を終え、容量が大きくなったアイテムボックスに収納したところで、不意に近くから鳴き声が聞こえた。


 ピギー!


 何だ、と思いながらそちらを見ると、小さな猪が俺の方へ走ってきていた。

 そいつはそのまま勢いを止めずに俺に体当たりをかましてくる。

 正直全く痛くない。俺はバンと右手でそいつを払う。

 しかし、そいつまた立ち上がり俺に体当たりを続ける。

 何度払っても、何度払っても、そいつは立ち上がり俺に立ち向かい続けた。


「そうか、お前は……」


 そこで俺は気付く。こいつは、俺が殺した大猪の子供なのだと。


 ピギッ、ピギッ!


 こいつはこいつなりに親の仇を取ろうとしているのかもしれない。

 俺は、すっと片手を猪の方へ向ける。この程度なら、下級魔法で十分だ。


「孤独な世界で、復讐に生きるのは辛いだろ」


 俺が手のひらに火球を作り、大猪に向けて放とうとした時だった。

 何者かがガシッと、俺の足を掴んだ。

 何者かなんて、この場には一人しかいないんだけど。


「どういうつもりだ、アールヴ」


 俺はそちらを見ず、少し尖らせた言葉を投げた。


「それはこちらのセリフです。何をしているのですか」


 その言葉で俺は振り返り、彼女を見る。

 意識は戻っているものの、アールヴはまだ体を完全には起こせないのか、体を横たえたまま俺を睨んでいた。

 這って俺のところまで来たのか。凄い根性だな。


「見て分からないか?」


「ええ、分かりません。私の目には、無用に命を刈り取ろうとする悪魔の所業にしか見えませんから」


 はぁ、と俺はため息をついた。


「いいか。こいつはな、放っておけばあの大猪のように成長していずれ俺たちの敵となる。こいつの目を見ろ、俺たちが憎々してしょうがないらしいぜ」


 俺が指さす猪は、興奮し、鼻息荒く俺たちを睨みつけている。


「復讐の芽は今絶つ。それが最善手だ」


 俺がアールヴの手を振りほどき、魔法を放とうとすると、今度は微量の電気が俺の体を駆け巡った。


「俺の話聞いてたか?」


「ニナ・ユーレシュの名のもとに、無用な殺生は許しません」


 主人の権限で無理矢理にでも俺を止めようとするアールヴに俺は頭を抱えた。

 この頑固王女、どう説明したら理解できるのだろうか。


「じゃあ、どうするっていうんだよ」


 少しイラつきながら俺はアールヴに聞くと、アールヴは俺の目を真っすぐ見てこう答えた。


「私が、ご両親に変わってこの子を育てます」


「はぁ!?」


 何を言い出すかと思えば、モンスターの子供を育てるだと!?


「お前、何言ってるか分かってるのか?」


「分かっていますよ。放っておけばあの子が敵になると言うのであれば、今から仲間にしてしまえばいいのです」


 いやいや、簡単に言うけど。モンスターが人に懐くなんて聞いたことがないからな。


「無理だ、やめとけ」


「やってみないと分かりません。心で接すれば気持ちは伝わるはずです」


 断固として引かない。やれやれだな。


「はいはい、もう好きにしてくれ」


 どうせ、ここで俺が何を言おうとテコでも動かないのなら、好きなようにさせて諦めてもらうのが一番だろう。別に小さい猪に何度体当たりされたところで死ぬことはないし。

 それを聞いたアールヴは納得した表情で、猪の方を見た。


「おいで」


 彼女がそう告げると、興奮したそいつはアールヴの顔面へ向けて体当たりをかます。


「あだっ!」


「ほらな」


 言わんこっちゃない。

 しかしアールヴはめげずに笑顔を猪へ向ける。

 猪は俺にそうしたように、何度も何度もアールヴへ体当たりを続ける。

 アールヴもアールヴで何度体当たりをされても、決して反撃しようとせず、ずっと猪を受け入れ続ける。

 そうこうするうちに、猪の体力が無くなったのか、アールヴの顔にペタンと軽い体当たりをしたところで、止まった。

 その機を逃さず、アールヴは猪をゆっくりと抱きしめる。


「私は敵ではありません。だから落ち着いて聞いてください」


 猪はアールヴの腕の中で暴れるが、抱擁から逃れられるほどの体力は残っていないみたいで、やがて大人しくなった。

 それを確認すると、アールヴはゆっくりとした口調で語りかける。


「許して欲しいとは言いません。でもこれだけは言わせてください」


 そして、手の中の猪の目を見つめ、彼女は消え入りそうな声で呟いた。



「ごめんなさい」



 ポロポロと、大粒の涙が彼女の頬を伝う。


「辛いですよね、寂しいですよね。お父さんとお母さんを亡くすというのは」


 すると、今までの憎いものを見るような目をしてた猪が、少し戸惑った表情に変わった。


 ピギィ。

 そして猪は一鳴きすると、ペロリと彼女の涙を舐めとった。


「優しいのですね。泣きたいのはあなたのほうなのに」


 そしてアールヴはギュっと猪を抱きしめる。

 すると、今まで暴れるだけだった猪がアールヴの腕の中で大きく鳴き声を上げ始めた。


 プギー! ピギー!


 モンスターが……、泣いているのか?

 初めて見る光景に俺自身が動揺を隠せなかった。


「それで気が済むのなら私が全て受け止めますから」


 アールヴが猪にその言葉をかけた瞬間、猪の体が発光を始める。


「なんだこれは?」


 アールヴの腕の中で眩い光に包まれる猪は、やがてその光を自身に取り込んでいった。


 ピギィッ!


 そして再度一鳴きするとピョンとアールヴの腕の中から飛び出し、彼女の頭の上にポスンと乗った。

 だからこそはっきりと分かったが、見た目こそ今までの猪とは変わらないものの、目と目の間の額の部分に、ハートマークのような痣がくっきりとできていた。あんなの、さっきは無かったはずだけど。


 猪はピギィ、ピギィと楽しそうに鳴きながらアールヴの頬へ擦り寄ったり、ピョンピョン飛び跳ねたりしている。まさかこれって……。


「言ったでしょう。心で接すれば気持ちは伝わるものなんですよ、ロクス」


 17年間生きてきてモンスターを手懐ける人間を初めて見た。というか、これって前代未聞だと思うのは俺だけなのか?

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