第二十四話 さようなら


「どうしましたロクス?」


「……」


「何だか顔が怖いです……よ?」


「いや、何でもない」


 わずかによぎった考えを俺は振り払う。

 アールヴを見ると、少し不安そうな顔でこちらを伺っていた。


「俺のスキルの話だったな」


 酷な考えを払拭するように俺は話を戻す。

 ランダムスキル。その効果を彼女にも伝えておくべきだろう。

 そう思って、口を開きかけた時、スカーレットが「ムムッ」と声を上げた。

 何だと思い彼女を見ると、何やら1匹のコウモリが彼女の耳元で何かをささやいている。


「どうしたんだ?」


 俺はアールヴへの説明をいったん保留し、スカーレットに尋ねた。


「ウィッシュサイドが陥落した」


 彼女は静かな声で俺たちに告げた。

 ウィッシュサイドと言えば、俺が拠点にしていたアスアレフ末端の町だ。

 陥落したと言うことは、何者かに占拠を許したと言うことだろうか?


「賊か? それとも侵略者か?」


 アスアレフは現在はどの国とも戦争はしていない。となると、考えられるのはこの2つだ。

 しかし、スカーレットはフルフルと首を横に振り否定をする。


「首謀者はリーゼベト七星隊の一人、フォーロック・アレクライトじゃ」


 スカーレットはそう告げると、スッと目線をアールヴへ移す。

 アールヴは静かに目線を下げたまま、何も言わない。

 なるほど、そういうことか。


「アスアレフの方も王国騎士団が挙兵し、ウィッシュサイドを奪還しようとしておる。このままぶつかれば大国同士の戦争は免れんじゃろうな」


「相手方の要求はなんなのでしょうか?」


 アールヴは声を震わせながらスカーレットに尋ねる。

 返ってくる答えなんて、とうに予想はついているだろうにな。


「ニナ・ユーレシュの引き渡し。そうすれば全軍を引き上げると言っておるそうじゃ」


 本人が捕まらない以上実力行使に出たと言うことか。やることがえげつないなリーゼベトも。

 こんな少女一人にどこまで執念深いのか。

 すると、何を思ったかアールヴはダッと出口に向かって駆け始めた。


「アールヴ!」


 俺は叫ぶほどに強い声で彼女を制止させる。


「まさかとは思うが、行く気じゃないだろうな?」


「……、ロクス何をしているのですか。戦争を止めに行きますよ」


 彼女は振り返らず俺に答える。


「どうやって?」


 俺は冷たく言い放つ。


「そのフォーロックという輩をウィッシュサイドから追い払います」


「その方法は?」


「えっと……、ロクスのスキルは凄いですから。それにスカーレットさんからも新しいスキルを頂いたのでしょう? でしたら……」


「話にならないな」


 俺はつかつかとアールヴに歩み寄り、こちらへ無理矢理振り向かせた。


「お前にウィッシュサイドを救う策があり、かつ、それが妙案であるのならば俺は喜んで協力した。百歩譲って、自分の身を犠牲にしてでもという意志のもと、お前自身の責任でお前自身の考えを貫き通すのならその信念は理解してやった。もちろんその場合は止めていたけどな。だけど、なんだ? 聞いていれば頼りの綱は俺だと? ふざけるのもいい加減にしろ!」


 思わず声を荒らげてしまう。が、こいつには多少なりともきつめの言葉を浴びせておかないと、引っ張りまわされるこちらの身が持たない。俺の虹色のスキルも万能ではないんだからな。


「行きたいなら勝手に一人で行け。もうお前の身勝手な考えには付き合いきれない」


 それだけピシャリというと、俺は彼女に背を向けた。

 これで俺の本気が伝わり、考えが変わってくれると良いんだが。


「力を貸してはくれないのですか……?」


 弱弱しく彼女は俺に尋ねるが、何も答えないことで「そうだ」という意思を伝える。

 しばらくの間俺たちの間に沈黙が流れるが、それを破ったのはアールヴだった。


「そうですか……」


 彼女は再び俺に背を向け、出口へと歩を進め始めた。

 そうか。お前はそういう選択をしたのか。


「後悔はないんだな!」


 最後通牒。

 しかし彼女は俺の方に振り返ることなく言った。


「ウィッシュサイドの方々を見捨てることはできませんから」


 今までに聞いた彼女の声の中で、一番辛そうな声だった。

 お前はそんな思いしてまで行くと言うのか? 何がお前をそこまでさせるんだ?


「おい、ニナよ。行くのは構わんが一つだけ忠告しとくのじゃ」


 すると、今まで黙っていたスカーレットが立ち上がり、アールヴへ言葉を投げる。


「お主の高尚な思いは分からんでもない。じゃがな、それを重視するあまり周りが見えなくなるようでは本末転倒じゃぞ。焦るな、冷静になれ。そうすれば人と結果は自ずと付いてくる」


 な? とスカーレットは俺に目配せした。いや、俺に振るなよ。


「ご忠告ありがとうございます。でも、私は行きます。例えロクスが居なくとも」


「そうか。ならばこれ以上は何も言うまい」


 スカーレットはやれやれと言った表情で、椅子に座りなおした。


「ロクス」


 アールヴは俺に声をかける。


「今まで振り回してごめんなさい。そしてありがとうございました。こんな私と共に居てくれて」


 そして毅然とした声で彼女は言った。


「さようなら、ラグナス」


 ダッと駆け出す姿を俺はただぼんやりと眺める。

 これで、女の子から別れを告げられるのは二度目だなと思いながら。



「さてさて、ラグナス」


 ニナが去った後、椅子に座ったままスカーレットが俺に声をかけてくる。

 虹色の話の続きだろうか。はたまた次のスキルクリスタルの場所でも教えてくれるのだろうか。

 しかしスカーレットから放たれた言葉はそのどちらでもなかった。


「お主もウィッシュサイドへ行くのじゃ。それでニナを助けるのじゃ」


「は?」


 思わず自分の耳を疑ってしまった。

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