第二十五話 決断


「おい、聞いたか? ついにヨーゲンの方にまで攻めてくるらしいぞ」


「らしいな。軍とギルドが協力して王都への侵攻をここで食い止めるんだとよ」


 ヨーゲンギルドの一角。

 いかつい男二人が掲示板に張られた緊急クエストを見ながら会話をしている。


+++++++++++++++++++++++


【緊急クエスト】


 フォーロック・アレクライトの侵攻の阻止。

 活躍したものには相応の報酬を支払う。


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 簡潔に記載されたそのクエスト。

 依頼人は記載されていないが、国王直々のものであるのは間違いなかった。

 俺もそれを見ながらどうしたものかと思い悩む。

 数日前、スカーレットからあんなことを言われなければ、無視を決め込んでいたのだが。





「お主もウィッシュサイドへ行くのじゃ。それでニナを助けるのじゃ」


「は?」


 思わず自分の耳を疑った。

 いやいや、さっきの俺とニナのやり取りを見てたよな?


「お主の言いたいことは分かるが、ニナを助けに行かなければ?」


 スカーレットから語尾を強くした言葉が飛んでくる。


「詰むって……、言っている意味が分からない」


「そのままの言葉の通りじゃよ。これからお主が為すべきこと、それはこの世界の行く末を握るものとなる。それにおいて彼女の存在が必要不可欠なのじゃ」


「俺が為すべきこと?」


 ますます頭がこんがらがってくる。

 俺が為すべきことってなんだ? 世界の行く末を握るってなんだ?

 この幼女吸血鬼は魔眼の力とやらで未来視ができるのかもしれないが、如何せん話がざっくりとしているのと、。


「もう少し具体的に教えてもらうことはできないのか?」


「それは無理じゃ」


「面白くないからか?」


「いや、違う」


 てっきり個人的な感情の話かと思っていたら、違うらしい。


「じゃあ何で……」


「未来が変わってしまうんじゃよ」


 俺の言葉を途中で切り、彼女はピシャっと言った。

 瞬間、空気が凍る。まるで今までのやり取りが飯事であったかのように、スカーレットの帯びるオーラが変わった。


「全てを儂が語るのは簡単じゃが、時には真実を知らない方が正しく動けるということもある。少なくとも儂が見たお主は、全てを知り、正しく動かなかった。それが理由じゃ」


 スカーレットは立ち上がり、俺の方へと歩み寄ってきた。

 近くに来ると、そのピンと張った冷気のようなオーラが強くなり、思わず後ずさりをしてしまう。


「儂の一言でさえ未来は無数の線となって変わっていく。悪いことは言わん。これ以上は聞くな。そしてニナを生きて助けるのじゃ。それが今のお主にできる最善手じゃ」


「じゃあなんでニナを行かせたんだ?」


 俺は至極当然の疑問をスカーレットに投げかける。

 ニナが死んで詰むのならば、最初から行かせなければいいはずだ。


「やれやれ。お主はさっきから噛みつくようになんでなんでばかりじゃの。ちっとは自分で考えたらどうじゃ? 少なくとも考えられる材料は与えておるじゃろう。それとも脳味噌が腐っておるからすぐに答えを求めるのか?」


 スカーレットは若干イラッとしたような声で俺に言う。

 若干俺もムカッとしたが、それよりもその言葉通り考えさせてもらうと、辿り着く答えは一つしかない。


「ウィッシュサイドへ行く必要があるからか?」


 俺が尋ねると、満足そうな顔でスカーレットは大きく頷いた。

 ただ分からないのは、ウィッシュサイドへ行ったニナを俺が助けるという行為自体に必要性があるのか、はたまた俺とニナが一緒にウィッシュサイドへ行ってフォーロックとやらを追い払えば良かったのかだ。

 どちらにせよ現状は前者に傾いているので、これについては考えても仕方がないのかもしれない。


「大体は分かった。だけどな……」


 自分の中で無理矢理に飲み込む。本当、無理矢理だけどな。未来視とか言われても今でさえあまり信じられないし。

 しかし、それでも一つだけ気になることが残っている。


「もし、それでも助けないと言ったら?」


 自分の思い通りにならなかった時、スカーレットはどう動くのかだ。

 正直スカーレットの言う通りにすれば、俺は正しく動いたということになるのだろう。

 ということは、そうしなければ俺は正しく動かなかったということになる。

 その時スカーレットはどうするのか、それを俺は知りたかった。

 正直その返答次第では、言うことを聞かないというのも有りだ。ニナと違って、スカーレットには俺に対する強制権は無いのだから。

 すると、彼女は寂しそうな笑みを浮かべながら答えた。


「この世界に、もはや用は無い」


 その瞬間に、彼女から冷気のオーラは霧散していった。





 あの時のスカーレットの目は嘘をついているのようなものではなかった。

 この世界に、もはや用は無い。それが意味するのは、自身の力でこの世界を滅ぼしにかかるということだろう。

 それほどまでにニナの存在が重要だと、亡国の王女一人の命が重要だと言うのか?


「世界が滅ぶ……か」


 俺は、こんな運命を突き付けた世界が、神が許せない。

 だからいっそのこと何もせず、スカーレットに任せてこの世界の滅びゆく様を見るのも一興かもしれない。

 だけどそれでは俺の鬱屈とした思い全てが晴れないんだよ。

 俺を侮蔑し、罵倒し、殴り、見限ったあいつらの後悔と絶望に歪む顔を拝むまでは死んでも死にきれないんだ。

 だからこんなところで世界が滅んでもらっては俺が困る。

 俺の目的が果たされるまでは絶対にだ。


「正直気は進まないけれど、ここはスカーレットの言う通りニナを助ける……と言いたいところだが、肝心の本人はどこへ行ったんだ?」


 結局スカーレットにそう言われてすぐ、天下無双でニナを追いかけたけれど見つからなかった。

 もしかしたら追い抜いたかもとヨーゲンで待ち伏せをして数日経つが、未だに会えず仕舞い。

 ウィッシュサイドに行くには必ずヨーゲンを通るはずなのに一体どこに居るんだ?

 ウィッシュサイドからフォーロックが撤退したと言う情報が無いと言うことは、少なくとも二人が接触たということはないのかもしれないけれど……。


「ウィッシュサイドへ、行ってみるか」


 もしかしたら、ウィッシュサイドへ到着したところを上手く捕まえられるかもしれない。

 あいつの場合策もなしに突っ込んでいきそうだから、何かもめごと起こして目立ちそうだしな。


「そうと決まれば、善は急げだ」


 俺はクエストが張られている掲示板に背を向けると、ギルドを後にした。

 ここ数日間は適当なクエストを受けて金はある程度たまっている。まずは装備の補充から始めよう。

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