第二十六話 隊長の苦悩
アスアレフ王国末端の町、ウィッシュサイド。
フォーロック・アレクライトはかつての町長の屋敷の一室で、部下からの報告に焦りを覚えていた。
「アスアレフ王国から回答がありあました。ニナ・ユーレシュなる人物の行方は知らないとの一点張りです」
「そんなバカな……」
アスアレフ王からの何度目かの回答を未だに信じられず、フォーロックは頭を抱えた。
ニナ・ユーレシュが消えたのは、ここウィッシュサイドからほど近いエキュートの森。
部下からの情報では、一陣の風が吹いたかと思うと、忽然とニナ・ユーレシュの足取りが消えたとのものであった。
人一人が刹那に消えるなど、神隠しにでも合わない限り考えられない。
そこでフォーロックが導き出した答えは、アスアレフ王のバックアップがあったのではないか、というものであった。
ニナ・ユーレシュがエキュートの森に潜んでいる。これはリーゼベトの兵士たちがアスアレフの領土に立ち入りの許可を得るため、関所の人間に伝えていた。
彼女も亡国とはいえ、一国の王女。アスアレフ王としても利用価値は十分にある。
このため、フォーロックはウィッシュサイドを落とし、町と引き換えに彼女を手に入れる算段だったのだが……。
「一つの町でさえ彼女とは釣り合わないとでもいうのか? いや、それとも本当に知らない……。ならば一体誰が彼女を?」
白銀の鎧をまとった若き隊長は、リーゼベト王族特有の赤髪をガシガシと掻きむしった。
このままではこの作戦は失敗に終わってしまう。それだけは避けなければならない。
ジュリアス総隊長は七星隊隊長の中で二番目に若い自分にチャンスをくれた。他の隊長から疎まれているにも関わらずだ。
この機を逃してしまえば、恩人を死に至らしめるだけでなく、自分の目指すものがまた一歩遠のいてしまうことに他ならない。
失敗は、絶対に許されない。
「総員に告げよ。ヨーゲンへの侵攻を開始する」
フォーロックは立ち上がり、部屋に居る兵士にそう告げた。
それを聞いた兵士は「はっ」と短く返事をすると、足早に部屋を後にする。
これは今までのような脅しではない。一人残されたフォーロックは、椅子に座り目をつむった。
「勝利の神アルネツァックよ。どうか、我が軍に勝利を」
頭に浮かぶのは亡き母、そして彼の中では未だ少女のままの妹だった。
◇
アスアレフ王国末端の町、ウィッシュサイド。
一人の男は、その町の様子を少し離れた場所から眺めていた。
「陥落したと聞いていたが、思っていたよりも建物の被害はないな」
見える町は、陥落したにしては随分と綺麗過ぎた。
まるで、陥落したのが嘘か、あるいは町一つを差し出したかのように。
「だが、リーゼベトの兵士が占拠をしているのは間違いなさそうだ」
町の入り口、そこにはリーゼベトの騎士鎧に似た配色の鎧を纏う男が2名、雑談をしていた。
「うちの隊長。ついに、ヨーゲンへの侵攻を開始するってよ」
(あーあ、仕事だりぃ)
「正気か? 相手はアスアレフ王国だぞ? リーゼベトも大国とはいえ、一国相手に一小隊だけで敵うとでも思っているのか?」
「さぁな? ただこれ以上付いていけないと思ったら俺は裏切るぞ。あの隊長を切っても他の隊長が拾ってくれると思うしな」
(こいつ真面目過ぎ。うぜー)
「おいおい、そんなこと聞かれたら大変だぞ!?」
「大丈夫だって。あの人は殺しを嫌う甘ちゃんだ。聞かれたとしても厳重注意ぐらいで済むさ」
「確かに。現にこの町を落とした時も、死人は絶対に出すなってお達しだった」
(本当に隊長は正しいのだろうか……)
「お陰様で、陥落までに本来の数倍の時間がかかったけどな」
「おーい、そろそろ交代の時間だ……って何話してたんだ?」
(うわっ、相方ヨシュアかよ。こいつ真面目過ぎて面白くないんだよなー)
「何でもねえよ。さぁ飯だ飯だ。こんなところでこんな仕事。飯ぐらいしか楽しみがねえわ」
(はー、女が抱きてえ)
「どうしたんだあいつ?」
(どうせしょうもない事考えてんだろうけど)
「後で本人に聞くと良い。今は仕事中だ」
(いやいやくだらんことを考えるな。俺は隊長を信じて付いていくだけだ!)
「へいへい。ヨシュア君はいつでも真面目ですなー」
(こいつ真面目過ぎ。うぜー)
……。
どうやらこの隊も一枚岩ではないということは分かった。
にしても隊長さんはヨシュアとやら以外は味方いないんじゃないだろうか?
もしかしたら、放っておいてもアスアレフ王国が片を付けてくれるのかもしれない。
俺はランダムスキルで手に入れた『静聴』という名のスキルに感謝した。
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静聴
目に見える対象のありとあらゆる声を聴
くことができる
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しかしそうするとあいつは一体どこへ行ったんだろうか。
とりあえずヨーゲン侵攻を企てているということは、少なからずニナは捕縛されていないということになる。
ヨーゲンにも居ない、ウィッシュサイドにも居ないとなると果たして……。
ピギッ!
俺がそんなことを考えていると、後ろから憎たらしい鳴き声が聞こえてくる。
振り返ると、思った通り。そこには、クソ猪が鼻息荒く俺を睨みつけていた。
ピギッピギッ。
(やっと来たなノロマ! 僕がどれだけお前を待っていたと思うんだ!)
おお、このスキルクソ猪の声も聞こえるのか。
ってかこいつ口悪いな。思ってた通りと言えば思ってた通りだが。
ピギギッ、ピギャッ。
(ご主人様からお前を見つけたら連れて来て欲しいと言われてるんだ。だから僕に付いてこい!)
そう言って、クソ猪は俺に背を向けて歩き始める。
連れてきて欲しいということは、どうやらニナは別の場所に居るということみたいだな。
まずは生きていたことに一安心し、俺はとてとてと歩くクソ猪の後を追いかけた。
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