第二十七話 再会
「ここは、エキュートの森?」
クソ猪に連れられるまま、歩くこと1時間。
俺は、ニナと出会ったあの森の入り口に立っていた。
「ニナはここに居るのか?」
俺はクソ猪に尋ねる。
しかしそいつは何も答えないまま、黙って付いて来いと言わんばかりに歩を進めた。
答えてもらえない以上仕方がないので、俺はそいつの後ろについていく。
森の中を進むこと数十分。
木々をかき分けた先に、他の木よりも二回りほど大きな木があった。
ピギッ。
(ここだよ)
クソ猪が目を向ける先、その大木の根元に大きな穴が掘られている。
人一人ほどが通れるその穴は、人間が居ると言うよりかは、どちらかというと魔物の住処のように思えた。
俺はクソ猪に導かれるまま、その穴を進んでいく。
中は暗く、トーチライトの魔法で照らしながら進んでいくと、木の根と土で覆われた壁とは違う1枚の鉄製の扉へたどり着いた。
「ここなんだな」
俺が尋ねると、肯定とばかりにクソ猪は首を縦に振る。
俺はその扉に力を入れ、ゆっくりと開いた。
開いた先、そこは少し広めの部屋だった。
「ラグナス……」
声のする方を見る。
木のテーブルを囲うように置かれた4脚の椅子。その1つにニナは座り、こちらを驚愕の目で見ていた。
「よう。まだ生きていたみたいだな」
「本当に……来てくれたのですね」
(彼女の言っていたことは本当だったのですね)
そう言うニナの瞳は少し潤んでいた。
彼女って誰だ?
「本当にって。お前がこのクソ猪を俺のところに寄越したんだろうが」
俺はクソ猪の首のあたりを掴み、テーブルの上にポスンと置く。
「確かにそうなのですが、どうしてそれを?」
(どうして分かったんでしょうか?)
「このクソ猪から聞いた」
「聞いた? ウリンちゃんからですか? どうやってです?」
(ウリンちゃん、会話ができるようになったんですか!?)
「ああ。そうか、そうだったな」
俺は静聴スキルのことをニナに説明する。
ニナは興味津々と言った様子でその俺の話をフンフンと聞いていた。
「という訳だ」
「凄いスキルです。1日で消えてしまうというのが残念ですが」
(ということは私の考えていることも分かってしまうのですね)
「まあな。だが俺としてはもっと戦闘向きのスキルの方がありがたい」
何せ毎日レベルが1に戻るもんで。
あと心の声が鬱陶しいからスキルをオフにしておこう。
このスキルの何が使いやすいって、オンオフの切り替えができるところなんだよな。
この状況でニナが俺に対して嘘偽りを言うことは考えられないし、発動しておく必要はないだろう。
「相手の心が読める時点で十分に戦闘向きだとは思いますが……」
「それよりもだ。何故俺がここへ来ることが分かったんだ?」
「その件ですか。それは……」
「儂じゃよ」
俺は声のした方を見る。
そこにはこちらをつぶらな瞳で見るニナの姿。
正確には彼女の背後からそれは聞こえた。
「儂がこの子に教えたのじゃ」
「その声は……」
俺はジト目でニナの方を見る。
すると、彼女の金色の髪を一つに括っていた黒いリボン。それがもぞもぞと動き始め、1匹のコウモリへと変わった。
「見慣れないリボンを付けているなとは思った。お前だったのか、スカーレット・ブラッドレイ」
「ここに来るまで少し時間がかかったのう。まあ許容範囲内じゃが」
コウモリは愉快そうに笑いながら言う。
「半信半疑だったのですが、本当に来てくれるとは思いませんでした」
「じゃから儂は言ったじゃろう。ラグナスは愛しいお主のために駆けつけてくれるのじゃと」
「おい、ちょっと待て」
聞き捨てならない言葉を発したコウモリに俺は制止をかけた。
「誰が、誰を愛しいだって?」
「聞こえておったか。まあ些末な問題じゃて」
「些末な問題って……」
俺はニナを見やる。
彼女は少し顔を赤らめて俺から視線を逸らした。
おい、勘違いするな。違うぞ、違うからな!
「ったく。全部お前の手のひらって訳だ」
「なーんのことじゃかさっぱり分からんのー」
なおもとぼけるロリ吸血鬼に、俺はため息一つつく。
もういい。どうせこれ以上追及してものらりくらりかわされるだけだろう。
「んで、お前の方はこんなところで何してるんだ? てっきり敵さんに特攻してるものだとばかり思ったが?」
「私は……、その……。最初はそのつもりでしたが、スカーレットさんの言葉を思い出して……」
「スカーレットの言葉?」
「『焦るな、冷静になれ。そうすれば人と結果は自ずと付いてくる』。ですから一度頭を冷やして考えてみたんです。ですが……」
そこまで言ってニナは悲痛に満ちた笑顔を浮かべた。
「私が犠牲になる以外の考えが浮かびませんでした」
……。まぁそうかもしれない。
相手は腐ってもリーゼベト七星隊隊長だ。
ニナ一人でできることなんてたかが知れているだろうな。
「ラグナスと別れたことを反省しました。もし二人だったら何か手立てがあったかもしれない。ラグナスだったら、冷静に状況を分析して最良の手段で解決してくれたかもしれないと」
「じゃから儂は忠告したのじゃ。すんでのところで思い留まってくれて良かったがの」
スカーレットはパタパタと宙を飛びながら、少し厳しめにニナに声を飛ばす。
ニナはそれを聞いてシュンと肩を落とした。
「ラグナス。お主にも監視をつけておいて正解じゃった。おかげでニナにいつ頃お主がウィッシュサイドへ到着するかの目途を伝えることができたからの」
「監視?」
「そうじゃ。儂ら吸血鬼はコウモリ1匹分までならこのように遠隔操作ができるのじゃ」
スカーレットはそう言うとパタパタと自由に飛んで見せた。
てっきり俺はコウモリに変化でもして追っかけてきたのかと思ったが。
「ん? 待て待て。それだとおかしい。お前は主にニナのところへ状況を伝えに来たんだろう。じゃあ俺の監視とやらはどうしてたんだ?」
スカーレットが遠隔操作できるコウモリは1匹のみ。
では俺の監視は一体どうやっていたのだろうか。
それも魔眼の力だとでも言うのだろうか。
「ああ。それは儂の協力者にお願いしたのじゃ」
「協力者?」
「ほれ、振り返ってみるのじゃ」
俺はスカーレットに言われるまま、後ろを振り返った。
すると1匹のコウモリがパタパタと挨拶するかのように飛んでいた。
「なるほど。こいつが俺の動向をお前に伝え、お前はそれをニナに伝えていたのか。どうりでクソ猪がタイミングよく現れる訳だ。それでも少しは待っていたみたいだけどな」
「ウリンちゃんには大体の時間と場所を伝えただけですから。遅れなかっただけ良かったと思います」
ニナはそう言いながらクソ猪を撫でた。
クソ猪は気持ちよさそうにピギーピギーと鳴き声をあげている。
「スカーレット。ちなみにこいつは誰なんだ? 協力者というのなら俺たちの敵ではないだろう? 挨拶ぐらいさせてくれ」
俺は親指で後ろをパタパタ飛ぶコウモリを指す。
「ふむ。今はそれは教えられん」
しかしスカーレットは全く悩む素振りすら見せずそう断言した。
「なんでだ」
「なんでもじゃ。とりあえずお前たちもよく知っておる人物、とだけ言っておこうかの」
「よく知っている人物?」
誰だ? 俺とニナが共通して知っている人ならば限られる。
しかしその中の誰もが吸血鬼とは程遠い普通の人間のはずだ。
「ええい。今はそんなことを気にしておる場合ではなかろう。お前たち、今外ではどうなっているのか忘れた訳ではあるまい?」
外の状況……か。
恐らくスカーレットは、フォーロック・アレクライト率いる隊と、アスアレフ王国とギルドの連合軍の激突のことを言っているのだろう。
俺がここに来させられた理由としては、この状況を打破しろと言うことで間違いはなさそうだな。
放っておいたら多分思いつめた王女様は特攻しかしなさそうだし。
「分かったよ。とりあえず俺が見聞きしてきた情報をニナに伝える。それからどうするかは二人で考えよう」
俺はそう伝えると、テーブルを挟み、ニナの対面の椅子へと腰かけた。
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