第二十八話 最良の選択


 俺は兵士たちから聞き出した情報をニナへと伝えた。

 ニナは真剣な表情でふむふむと聞いている。


「というのが俺が得た情報だ。俺としてはこのまま静観をして、アスアレフ連合軍にフォーロック隊を鎮圧してもらうのが最良の選択だと思う」


 兵士から聞いたフォーロックの性格は殺しが嫌い。つまりは、このまま黙って指をくわえて見ていても、ウィッシュサイドに人的被害がもたらされる可能性は低い。

 俺たちが何もしなければ、フォーロックは業を煮やし、ヨーゲンへ侵略を開始する。

 しかしヨーゲンはアスアレフ連合軍が集結しつつあり、いくら七星隊とはいえ、一小隊が突破できるとは思えない。

 アスアレフ連合軍がフォーロックを返り討ちにして終結。それが確実にニナが生き残る最良の手段のはずだ。


「……」


 ニナは俺の提案に何も答えない。

 まあそれも想定通りだ。

 この手段を取った場合、両軍に多少なりとも被害が出る。

 その原因はニナ・ユーレシュ本人だ。

 彼女は恐らく自分が原因でそうなってしまうことに心を痛めているのだろう。


「しかた……ないですよね」


 ――おや?


「そうするのが一番良いんですよね。ラグナスは私を思ってそう言ってくれてるんですよね」


 彼女は自分に言い聞かせるように俺の意見に肯定的な言葉を発した。

 てっきりまた変な正義感が暴走するかと思っていたのだけれど……。

 この離れていた数日間で、彼女にも何かしらの心境の変化があったのかもしれない。

 それがスカーレットの助言からならば彼女には少し感謝だな。


「まあ本来ならな、とだけ付け加えておこうか」


 尚も無理矢理納得しようと頑張っているニナに、俺はそう告げた。

 彼女は「えっ?」と短く言葉を発し、不思議そうな顔で俺を見る。

 まあそうなるよな。


「本来なら今俺が言った案で行くだろうな。だが、こと今回に関しては事情が違うんだ」


「事情が違う?」


 俺の言葉をオウム返しのようにニナは返す。


「そうだ。そこのコウモリが俺に言ったんだよ。俺がウィッシュサイドに行く必要がある。そして、その上でニナを助けろとな。何をすればいいのかさっぱり分からないけど」


 加えてあの時、スカーレットは俺に考えろと言った。

 だからこそ俺はウィッシュサイドに行く必要があるという結論に至った。

 その時はまだ、ここに来て何を為すべきか明確に分かっていなかったけれど、現状のニナの言動を踏まえると、段々と光明が見えてくる。

 今回ニナはスカーレットの言葉を聞き、思いとどまった。

 つまり、俺が動かなくてもニナはフォーロックに特攻せず生き残っていたということになる。

 では、スカーレットの言っていたニナを助けろ、生きて助けろとはどういう意味なのか。

 恐らくスカーレットに聞いたところではぐらかされるので俺の推測でしかないが、これは命を助けろという意味ではなく、助力をしろということではないだろうか。

 ニナがやり遂げるべきことに、俺が助力をする。

 俺達でフォーロックの隊をなんとかしろという意味だとしたら、スカーレットが俺にここに来るように仕向けたのも納得ができる。

 だが、そうなると解せないのは俺達である必要性だ。

 どのみちフォーロックを討伐するのであれば、俺達であろうがアスアレフ軍であろうが違いは無いはず。

 あー、何だか頭がこんがらがってきたな。

 スカーレットも直球で教えてくれてもいいだろうに。


「あの……。ラグナス?」


 すると、申し訳なさそうにニナが口を開いた。


「なんだ?」


「反対されるかもしれないですけど、今の私がどうしたいかだけを言ってもいいですか?」


「あ、ああ」


 やけにしおらしく言うもんだから少し戸惑ってしまった。

 最初からこうだったらもっと色々なことに慎重に対応できていたのかもな。

 これは言ってても仕方がないけど。


「私、フォーロック……さんを助けたいと思ってます」


「はあ?」


 俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 何を言っているんだこいつは。


「や、やっぱりそうですよね。すみません」


 ニナはアハハと申し訳なさそうに笑った。


「敵なのにおかしいですよね」


「そうだな。それを自分で言うだけマシに……」


 そう言いかけ、俺は言葉を止めた。

 何か引っかかる。何かは分からないけれど。


「なぁ、そう思った理由を聞いてもいいか?」


「理由……ですか?」


 とりあえず理由を聞けばこの引っかかりが分かるかもしれない。

 ニナは少し考える素振りを見せ、浮かない表情をして答えた。


「ラグナスから聞いた印象だと、どうも悪い人に思えなくて。このままだと、撤退しても侵攻しても死ぬ未来しかないのではないかと考えてしまうと……」


「助けたくなった……か?」


「そうです……」


「悪い人に思えないと言うのは、殺しが嫌いだということからそう思ったのか?」


「あとウィッシュサイドもあまり被害がないと言うところからです」


「安直だな」


「自分でもそう思いました」


 ニナはシュンと肩を落とす。

 やれやれ、スカーレットが言うところの高尚な思いとやらなのかもしれないが、どうやったらそんな考えに至るのだろうか。ましてや敵を助けるなどと……。

 やはり俺の気のせいだったのか……。


「敵を助ける……」


 待て。

 俺はフォーロックの討伐ばかりを考えていたけれど、ニナのこの頭が沸いた発言どおり動くとするならどうだ。

 少なくともニナ一人では無理そうに思えるというか多分無理だろう。相手は七星隊の一人。いくら金色スキル持ちのニナでも不可能だ。

 だが俺には虎の子の天下無双、そして運次第だがランダムスキルもある。ニナと協力すれば可能性は見えてくる。俺がここに来る必要がある訳だ。

 そして次に俺達である必要性。この期に及んでフォーロックに助力しようなんて思う輩は俺たち、正確にはニナ以外には考えられない。これについても納得できる。

 いや、正直考えたくないが、まさかスカーレットが言っていたのはこういうことなのか?


「ラグナス?」


 ニナは不安が入り混じった様子で俺の顔色をうかがう。

 恐らくニナは俺が却下と言えば、今回は引いてくれるだろう。表情がそう言ってるし。

 通常で考えれば討伐だ。だが、この状況で合点がいくのは援護。 


 どちらだ、どちらが正しい?

 討伐か、援護か。


 ニナは黙ったまま俺の次の言葉を待っている。


 最良の選択は……。




「ニナ」


 俺は短くニナの名前を呼んだ。

 ニナはピクッと反応し、短く「はい」と返事をする。

 普通とか、そんなことよりも俺はスカーレットの示してくれた道に賭けることにした。


「今回はお前の案に乗ってやる」


 不本意だけどな。

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