第二十九話 ウィッシュサイド侵入
アスアレフ王国末端の町、ウィッシュサイド。
空が満天の星空に包まれる時間帯。
ヨシュア・ジーベントは眠い目をこすりながら、ウィッシュサイドからヨーゲンへと延びる街道に目を向けていた。
下っ端である彼の仕事は、占領中であるこの街へ出入りする人間が居ないかどうかの見張り役。
それも深夜から朝方にかけてだ。
本人は、その割り当てが同僚の企てだということは知らない。
「よう、兵士さん。仕事は捗っているかい?」
不意に近づく影。
ヨシュアが声のした方に向いた瞬間、後頭部に強い衝撃が走る。
脳が揺さぶられ、視界が大きく回り、四肢が言うことを聞かなくなり、地面へと落ちていく。
薄れていく意識の中、彼が見たのは、不敵な笑みを浮かべる黒い髪の男、瞳を揺らしながら申し訳なそうな表情を浮かべる金髪の女性、そして鼻息を荒くピギピギと鳴く一匹の小猪だった。
◇
「あの兵士さん。大丈夫なのでしょうか?」
「さあな。クソ猪の加減次第なんじゃないか?」
ピギピギッ!
「手加減はしてないって言っている気がします」
「気がするって……。でもそれならご愁傷様だな」
暗闇の中、俺とニナは人気のない町中を走りながら、小声で言葉を飛ばしあう。
やはり前情報のとおり、すんなり侵入できた。
このままならフォーロックの居る町長の屋敷まで兵士とバッタリなんていうことはなさそうだ。
俺は、フォーロックの援護をすると決めた後、急ぎ単身でウィッシュサイドへと戻った。
静聴のスキルが使えるのは今日限りだ。情報を集めるのにこれほど適したスキルは無いからな。
俺はウィッシュサイドへ着くと、少し離れた場所から見張りの兵士の心を読んだ。
そして次の情報を手に入れた。
ヨーゲンへの侵攻開始は、明日の昼に決定したこと。
決戦に向け、兵士たちの士気を高めるべく酒宴が催されること。
このため、深夜から明け方までの見張りは1人体制となること。
そして、他の兵士から嫌われているヨシュアが見張りに割り当てられたこと等々だ。
これを俺はニナとスカーレットのもとへ持ち帰り、侵入するなら今晩だと提案する。
二人もそれに了承してくれた。
「でも見張りの兵士をどうするかですよね」
「スカーレットならどうにかできるんじゃないのか?」
「残念ながら儂はこの使い魔のコウモリを通して会話ができるだけで、力の行使はできんのじゃ」
「使えないロリババアだな」
「なんじゃと!」
「喧嘩してる場合じゃないですよ」
ワタワタとニナが俺とスカーレットの間に割って入る。
まあ確かにニナの言う通りだ。
俺とニナの素の力では、見張りの兵士を気絶させられるかどうかは分からない。
かといって、ニナの魔法をぶっ放そうものならせっかく寝静まっている兵士たちを起こしてしまうことになる。
天下無双をここで使うのも勿体ない。
最悪どこからかハンマー的なものを調達するか?
そう思っていた時、ニナの膝に乗っていたクソ猪がピョンと飛び乗り、ピギッと鼻を鳴らした。
「ウリンちゃん?」
すると、クソ猪は何やら白いオーラを纏い始め、いきなり壁に突進していった。
ボゴォッ!
凄い音ともに、壁に窪みができる。
「す、すごいですウリンちゃん! こんなことができたんですね」
ピギッ。
クソ猪は自慢そうに鼻を鳴らした。
おい、ちょっと鼻頭赤くなってんぞ。
「できたというよりかはできるようになったんじゃな。ニナの魔力の影響を受けて成長したんじゃろうて。しかしこの成長の早さ。さすがは聖獣といったところじゃ」
スカーレットはパタパタとニナの肩に止まり、満足そうな声でそう言う。
土壁とは言え、この近距離での体当たりで窪みができる辺り、そこそこの威力なのは間違いなさそうだ。
「んじゃま、立候補があったところでクソ猪にそこは任すとするか」
◇
にしても一撃で兵士を沈めるとは思わなかった。
とりあえずクソ猪を心の中で褒めておこう。
「恐らくフォーロックはここに居るはずだ」
俺たちはなるべく音を立てないよう走り、一つの大きな屋敷に辿り着いた。
そこは町長の屋敷。兵士からフォーロックがここを拠点にしているという情報も得ている。
もしかしたらここにも見張りが居るかと思ったが、幸いなことに人っ子一人居ない。
「ニナ、『マジックサーチ』と『アンロック』を頼む」
「はい」
俺たちは屋敷の玄関の扉に静かに近づく。
ニナは扉に手をかざし、『マジックサーチ』を開始した。
マジックサーチとは、対象に何かしらの魔法仕掛がないかどうかを探る魔法だ。
要人が住まう屋敷には、物理的な鍵と、魔法鍵の二重ロックがされていることが多い。
知らずに物理的な鍵を『アンロック』の魔法で開錠してしまうと、魔法鍵がそれを検知して何かしらの防犯魔法が発動するようになっている。
例えば、ブザーが鳴り響いたり、警護用のゴーレムが現れたりなどだ。
それを防ぐために、『マジックサーチ』で魔法鍵がかけられていないかを探る必要性がある。
これで魔法鍵がかかっているとなると少々面倒くさくはなるのだが……。
「どうやら、特に魔法鍵はかけられていないみたいですね」
ニナは少しホッとした様子でそう言った。
「ありがたい話だが、なんともお粗末なことだな。誰も侵入してこないと高を括っているのか、それともただの馬鹿なのか」
「こういった場合、誘い込まれているというのも考えられると思います」
「ありえなくはないが、この場合に限ってはありえないだろう。何せ相手は俺たちがこないのを焦ってヨーゲン侵攻を決定していたくらいだからな。俺たちがここへ直接乗り込んでくるなって思っても居ないだろうよ。それよりも、『アンロック』を頼む」
「分かりました」
ニナは再び扉に手をかざし、今度は『アンロック』の魔法を扉に使用した。
すると、扉からガチャリという音が鳴る。
少し様子を見てみるが、何か防犯魔法が発動した様子はない。本当に魔法鍵はかかっていなかったということだ。
「行くぞ」
「はい」
俺はニナにそう声をかけ、扉をゆっくりと開いた。
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