第三十話 ウリンのキモチ


「なぁ、クソ猪。少し話があるんだが」


 ウィッシュサイドへの侵入の決行時間は兵士たちが寝静まったであろう深夜。

 少しでも体を休ませておこうという話になった俺たちは就寝することにした。

 だが、そうすると俺の今持っている静聴のスキルは、レベルリセットにより失われてしまうことになる。

 その前にどうしてもクソ猪に聞いておきたいことがあった。


 ピギピギッ?

(なんだよ? 僕は眠いんだけど?)


「まあそう言うな。外の風にでも当たりながら話でもしようぜ」


 俺はそう言いながら、クソ猪に首根っこを掴んでヒョイと持ち上げた。


 ピギーピギー!

(何するんだ! はーなーせー!)


「どこ行くんです?」


 ニナがベッドの方から俺に尋ねる。


「ん? 静聴スキルが使える今のうちに、こいつと二人きりで親交でも深めようと思ってな」


「まぁ! それはいいことですね。行ってらっしゃい」


 ニナは笑顔で俺たちを送り出してくれた。

 単純に今からする話をニナに聞かれたくなかっただけなんだけどな。

 少し罪悪感に包まれながら俺はクソ猪と共に部屋を後にした。


 大木の根元、大きな動物の巣のような穴の横に俺とクソ猪は腰を掛ける。


 ピギピギ。

(それで、話ってなんだよ)


 クソ猪が面倒くさそうに鼻を鳴らした。

 俺はそいつの目を見て、真剣な表情で尋ねた。


「なあ、お前何であいつに付いていこうと思ったんだ?」


 ピギ?

(どういう意味?)


 クソ猪は聞いている意味が分からないと言った表情で鼻を鳴らす。


「そのまんまの意味だ。俺達はお前の親を殺した言わば仇みたいなもんだろ。どうして俺達と行動を共にする?」


 ピギピギ。ピギピギギ。

(俺達って……、お父さんとお母さんを殺したのはお前だろ。ご主人様じゃないよ)


「話を逸らすな。俺とニナはタッグを組んでいたんだ。最終的に手を下したのは俺にしても、殺したのは俺達と言うことになる。それが分からないほどお前は馬鹿じゃないだろう?」


 ……。


 クソ猪は何も答えない。

 これは恐らく分かっているととって問題はないだろう。


「もう一度聞く。俺達と行動を共にする理由はなんだ?」


 俺の問いに、クソ猪は少し考える素振りを見せたのち、静かに鼻を鳴らした。


 ピギィ。

(お父さんと、お母さんの仇を取るためだよ)


「仇を取る? 俺に復讐するつもりということか?」


 ピギィ!

(違うよっ!)


 クソ猪は興奮した様子でこちらを見た。


 ピギギ、ピギギィ。ピギィピギィ!

(確かにお前は僕のお父さんとお母さんを殺した。それは憎い。でも、お父さんとお母さんが村を襲うようになったのは、誰かに操られてたからなんだよ!)


「操られてた……? どういうことだ?」


 俺は突然の告白に頭が真っ白になる。


 ピギーピギー。ピギギー。

(考えてもみてよ。そりゃ村の人間に僕が間違って襲われたのは頭にきて追い払いはしたけど、執念深く何度も村の人たちを襲ったりなんかしないよ)


「そういうもんなのか?」


 俺には聖獣の世界や気持ちは分からないが、殺されかけたりしたらそりゃ怒るものではないのだろうか?


 ピギーピギー。ピギーピギー。

(あの日を境に、お父さんもお母さんも何かに取り憑かれたように村を襲ってばかりいたんだ。僕が何度止めても全然聞いてくれなくて……)


 それで操られていた……か。

 俺はこいつの立場で物を見ていない以上、確証は持てないけれど、それが本当なら何やらきな臭いな。


 ピギーピギー。ピギギー。

(だから、いつかは強い人間がやって来て、やられてしまうんじゃないかと思ってたんだ。それがご主人様とお前だった)


「行動を共にする理由は分かった。だが、なぜニナを主人と仰ぐ?」


 一緒に居るだけなら主従関係は必要ないはずだ。


 ピギギー。

(実は僕も良く分からないんだ)


「は?」


 ピギー。ピギー。ピギー。

(抱きしめてもらって、とても温かかった。すごく安心したんだ。この人なら、全てを預けても良いと思えた)


「だから心を許したのか?」


 ピギー。

(僕には他に頼るものは無かったから)


 洗脳みたいなもんだな。

 言葉は悪いが、それが一番的確かもしれないと思った。

 クソ猪に悪いから口には出せないけれど。


 ピギー。


「何だ?」


 ピギギ、ピギー。


「お前何言ってるんだ?」


 俺ははっ、として自分のステータスパネルを開く。


********************


ラグナス・ツヴァイト

Lv:1

筋力:G

体力:G

知力:GG

魔力:G

速力:GG

運勢:GG

SP:42

スキル:【レベルリセット】

【ランダムスキル】【天下無双】


********************


 思わず舌打ちする。

 もっと早くこいつから話を聞いておくべきだった。

 ランダムスキルを使ったところで静聴が出るとは限らないし、今日はここまでか。


「時間切れだ」


 俺はそう言って、クソ猪の首根っこを掴む。

 何やらピギーピギーと興奮した様子で鼻を鳴らしていたけれど、もはや何を言っているのか分からないので俺は無視して部屋へと歩を進めた。





「ラグナス? どうかしましたか?」


「いや、何でもない」


 扉を開き俺は中に入る。

 今になってなぜクソ猪とのやり取りが思い起こされたのか。

 今は関係のないことだと首を振り、雑念を払拭する。


「どこに居るんでしょうか」


「2階の一番端の部屋だ」


 フォーロックの部屋も全て調査済みだ。

 俺はニナを連れ、罠などがないか慎重に確認しながら2階へとゆっくりと歩いていく。

 杞憂だったのかそういった類のものは全くなく、フォーロックが居ると思われる部屋に辿り着いた。


「ニナ、頼む」


「はい」


 ニナは玄関同様、『マジックサーチ』をする。

 やはりと言うべきか、こちらにも魔法鍵はかかっておらず、『アンロック』で簡単に開錠できた。

 俺は音を立てないよう注意しながらゆっくりとドアを開ける。

 中の寝室は少し広めで、大きなベッドに一人の男が横たわっていた。

 近くに寄ってみるが、その赤毛の男はスヤスヤと寝息をたてたまま起きる気配を見せない。


「赤毛……。こいつリーゼベトの血族か?」


 リーゼベト王族の血を引く者は、全員が赤毛であるという話を、ツヴァイトの家に居た時に聞いたことがある。

 こいつの髪の色、そして七星隊の隊長という地位を考えるとそうなのかもしれない。

 何故アレクライトと名乗っているのかは知らないけれども。


「誰だっ!」


 刹那、そのフォーロックの目がかっと見開かれた。

 彼は上半身を秒で起こし、ベッドの上にジャンプするように立ち上がると、腰の短剣を構える。

 俺も咄嗟にアイテムボックスからロングソードを取り出し、鞘を抜いて構えた。

 本当なら身動き取れないようにした上で起こすつもりだったけれど、仕方がないな。


「貴様、何者だっ!?」


 フォーロックは殺気を纏わせ俺たちを牽制する。

 その瞬間、俺は天下無双を発動させ、音速でフォーロックの腹部にみね打ちを叩きこんだ。


「ぐふっ」


 フォーロックの意識が飛んだのか、ダランと力なく俺の方へ倒れてくる。


「アースバインド!」


 ニナがそう唱えると、地面からツタのようなものが生え、フォーロックを拘束するように巻き付いた。

 俺は拘束が完了したのを確認すると、ロングソードで地面とツタを切り離していく。


「はっ!」


 作業が終了した直後、フォーロックが意識を取り戻したけれど、既に遅い。

 フォーロックはツタを何とか力づくで引きちぎろうとしているけれど、マジックブーストで強化したアースバインドがそう簡単に切れようはずもない。


「何が目的だ」


 フォーロックが憎々しい目で俺たちを睨む。


「話は後でする。俺たちはお前を誘拐しに来ただけだ」


 俺はそれだけ告げると、かなり手加減して首元に手刀を落とした。

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