第三十一話 お前は……


「よし。それじゃあ撤退するぞ」


 俺は気絶したフォーロックを担ぎ、ニナにそう声をかける。


「分かりました」


 ニナも俺の声に小声で返事をし、軽く頷いた。

 俺とニナは足音を立てないよう気を付けながらゆっくりと部屋を出て、廊下を通り、階段を下りる。

 そして玄関を抜け、こちらも音を立てないよう扉を開ける。


「上手くいきましたね」


 背後からニナがそう声をかける。


「ああ、そうだな」


 兵士たちに気付かれて乱戦になることもある程度は覚悟していただけに、拍子抜けもいいところだ。

 ここの兵下たちの危機管理能力といったものは皆無なのだろうか?

 宴会して爆睡して、挙句に大将捕えられたなんてシャレになってないと思うんだけれど。


 上手くいきすぎてる?


 不意にそんな懸念が頭をよぎる。

 大将自体が手中にある今、それは考えすぎだと思うが、いかんせんここまでが上手くいきすぎている気がしてならない。


「ラグナス危ないっ!」


 不意にニナが急に叫ぶ。

 刹那俺は目の前から飛んできた矢に左肩を貫かれた。


「ぐっ……」


 鋭い痛みが身体に走り、思わず膝をついてしまう。

 俺はなんとか肩に刺さった矢を力づくで抜くが、痛みと共に、少量の血が噴き出る。

 冷静に前を見やると、数人の兵士が矢を構えて、こちらを狙っていた。

 出てきたときには居なかったのに、いつの間に現れた!?


「ちっ、外したか」


 居並ぶ兵士たちの背後から、一人の男が不愉快な笑い声をあげながら姿を現した。

 色黒い肌に、スキンヘッドのガタイのいい男。その男の姿に俺は見覚えがあった。


「お前は……クリフ!」


「よう、あんちゃん。覚えていてくれて光栄だ」


 その男はかつてこの町で俺にニナの情報を売った男。

 情報屋のクリフ、その人だった。


「ラグナス? 知り合いなのですか?」


 ニナは俺の肩に回復魔法をかけながら俺に尋ねる。


「お前がエキュートの森に居ると言う情報を俺に売った奴ってだけだ」


 ニナにそれだけ告げると、俺は再びクリフへ目線を戻した。


「さっきのセリフ。まるでフォーロックを狙ってましたと言わんばかりだったな」


 俺が担いでいたフォーロック。それをわずかに外れた俺の肩を矢は貫いた。

 そしてクリフの「外したか」という一言。もはや疑いようがないだろう。


「く、くははははっ! だとしたらどうだと?」


 しかしクリフは否定するどころか、大きく笑い、怪しげな瞳で俺を見た。

 思わず背筋に悪寒が走る。


「ニナ、フォーロックの拘束を解け」


 俺は小声でニナに指示をした。

 ニナはコクリと頷き、フォーロックを拘束していたツタを消滅させる。

 俺とニナだけでは太刀打ちできない。

 直感でそう感じた俺は、フォーロックをこちらの戦力に加えるべく拘束を解かせる。

 後はなんとか意識を取り戻してくれたらいいのだが。


「じゃあ俺とこいつは関係ないって訳だ。フォーロックを差し出せば見逃してくれるのか?」


 俺はそう尋ね、フォーロックを地面へと置く。


「そんな訳がないことは気付いているだろう?」


「まあそうだろうな」


 想定通りの答えを聞き、俺はアイテムボックスにしまっていたロングソードを取り出した。


「ニナ、回復魔法の準備を頼む」


 次いでニナに魔法の準備をさせ、鞘から抜いたロングソードをフォーロックの左手に突き立てた。


「っ!」


 ニナはおっかなびっくりした表情でこちらを見る。

 いつまで経っても目を覚まさないんだからこうする他ないだろう。

 すると、フォーロックは苦悶の表情を浮かべ、目を開けた。


「ぐっ」


 フォーロックは恐らく激痛が走っているだろう左手を右手で庇いながらこちらを睨んだ。


「ニナ、早く」


 俺はニナに向けて回復魔法を催促する。


「なるほど。三人で俺と戦うつもりか。だがっ!」


 クリフが合図をすると、並んだ兵士たちが一斉にこちらへ矢を放ち始める。

 これを全て避けきるのは今の俺のレベルでは不可能だ。

 仮に避けたとしても背後に居るフォーロックやニナに当たってしまう可能性が高い。

 ならばっ!


 俺は立ち上がり、大の字のようにして二人の前に盾となった。


「ラグナスっ!」


 ニナの焦りの声が背後から聞こえる。

 刹那の後、兵から放たれた矢が俺の四肢に突き刺さっていく。

 先ほどとは比べ物にならない激痛が俺の身体を駆け巡った。

 だが、これで全てを受けきれたはずだ。


「馬鹿が。策がないからと自らが犠牲になるとはな」


 致死量の矢を受け、俺は膝から崩れながら笑った。


「あまり俺を見くびるなよ」


 低レベルの俺が致死量の矢を受けたらどうなるか。

 俺の身体に突き刺さっていた矢は、一人でにポロポロと地面に落ちていく。

 流れ出ていた血はいつの間にか止まり、傷口も塞がっていた。

 痛みもなくなっている。


「どうなっている? 確かにお前は矢に貫かれていたはずだ。何故再び立ち上がれる!?」


 クリフは若干上ずった声で焦りの表情を浮かべた。

 思い知ったか、これが早熟と超回復のコンボだ。


「状況を説明してくれ。一体何がどうなっているんだ?」


 すると、傷が癒えたのかフォーロックが立ち上がり俺の横に並んだ。


「よう、フォーロック。やっとご登場か?」


「あなたは……、リュオンさん? どうしてここに?」


 リュオン……とはクリフのことだろうか。

 この二人は知り合いなのか?


「なあに。俺もとあるお方からの任務でな」


「任務?」


「フォーロック・アレクライトの始末。そしてお前が失敗することとなる王女の生け捕り。これが俺が与えられた……いや、自ら志願した任務だ」


 クリフは再び大きな笑い声をあげる。


「なん……だと……」


「最初から死ぬための任務なんて哀れすぎるだろう。せめてもの餞に、同じ七星隊長である俺が引導を渡してやろうと思ってな」


「なぜだっ! なぜ私が排除されなければならない!」


 フォーロックは納得いかないといった声で、クリフに捲くし立てる。


「お前が妾腹だからだよ」


 が、クリフはやれやれと首を振ってため息をつき、そう一蹴した。


「そんな穢れた血を持つお前が、蔑まれてなお非凡な才で七星隊長までのし上がってきた。それを良く思わない人間は山ほど居る。それだけの話だ」


「そんなことでっ、そんな理由で納得などできるかっ!」


「お前が納得するしないの話ではない。さて、そろそろもういいだろう。いい加減楽になれ」


 再びクリフが合図をする。

 すると弓を構えた兵士たちが一斉にフォーロック目掛け矢を放った。


「くそっ!」


 フォーロックは自身のアイテムボックスから大きな剣を取り出し、飛んでくる矢を全て切り落としていく。


「この程度で私が倒せるとでも思ったか!」


「思わないな」


「っ!」


 全ての矢を捌いた直後、クリフが物凄いスピードでこちらに距離を詰めてくる。

 そして手に持った短剣でフォーロックの首元を狙った。


 キンッ!


 固い金属音が鳴り響く。

 俺のロングソードがその短剣の切っ先を止めた音だ。


「サンダースピア!」


 そしてクリフの腹を狙い、ニナのサンダースピアが飛んでいく。

 が、クリフはそれを身体を捻ることで躱し、バックステップで大きく距離を取った。

 さすがは七星隊長と言ったところか。

 この場で天下無双が発動できないのが悔やまれる。


「今のは肝が冷えた。雑魚だと侮っていたがそこそこやるようだな」


「お褒めの言葉どうも」


 俺とニナはフォーロックの横に並ぶ形で臨戦態勢を取った。


「なあフォーロック。色々思うところはあると思うが事情は後で話す。とりあえず今は共闘といこうぜ」


 俺はクリフから目を離さずにフォーロックに言葉を投げる。


「敵ではない……と思っていいのだな?」


 フォーロックはまだ猜疑心があるのか、少し不安そうな声で俺に返してきた。


「ああ。俺とニナはお前の援護に来たんだからな」


 嘘偽りない言葉だ。まさかこういう事態に陥るなんて想像にもしていなかったけれど。


「私たちを信じてください!」


 ニナもまた俺の言葉に被せるように、フォーロックへ力強く断言する。


「貴殿らが腹に何を抱えているのかは知らないが、今はありがたい申し出だ。すまないが力を貸してくれ」


 そう言うと、フォーロックは大剣を構えなおした。

 俺とニナはコクリと頷くことで肯定の意を伝える。


「1対3か。この『パペットマスター』相手には丁度良いハンデだ」


 そして三度クリフは大きな笑い声をあげた。


「さぁ、楽しまてくれよ『剣聖』。すぐ死なれてはつまらないからなぁっ!」

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