第三十二話 パペットマスター
「纏うは閃光。ソードエンチャント『
フォーロックは誰に対しでもなく、そう呟く。
すると、彼が構えた大剣が金色に輝き始めた。
「スキル『ソードエンチャント』か。久しぶりに見せてもらうな」
クリフは短剣を構えなおし、楽しそうに笑う。
「あなたのスキル『マリオネット』は厄介すぎる。最初から全力で行かせてもらう!」
フォーロックはそう言うと、地面を思い切り蹴った。
瞬間、周囲に一陣の風が吹く。
まるで瞬間移動でもしたのかのように、フォーロックはクリフへ迫った。
しかしクリフは口角を吊り上げる。
フォーロックが黄金の剣を光のような速度で振り下ろそうとした瞬間、二人の間に兵士の一人が割り込んでくる。
今更引けない斬撃は、その勢いのまま兵士を切りつける。
フォーロックの眼前には鮮血が飛び上がった。
それが一種の煙幕となり、フォーロックの視界を一時的に遮る。
クリフは口角を吊り上げたまま、自分を守った兵士を邪魔だとばかりに左手で横へ払うと、視界を失ったフォーロックへ短剣を突き出した。
フォーロックはなんとかそれを避けようと身を捻るが、すんでのところで避けきれず、右の脇腹にその一撃を貰ってしまった。
「ぐっ……」
まるで電撃を浴びたかのような痛みが身体を走る。
フォーロックはバックステップで距離を取って態勢を整えようとするが、クリフは追撃とばかりに距離を詰めてきた。
「『サンダースピア』」
それを見ていたニナが咄嗟に援護で下級魔法の雷槍を飛ばした。
「ちっ!」
クリフは上げていた口角を少し下げ、苛立ちを隠しきれない様子で後ろへ飛ぶことで回避する。
「くらえっ!」
後退した先、フォーロックとクリフの攻防のやり取りの最中を縫って後ろ手に回っていた俺は、構えたロングソードで袈裟斬りを放つ。
が、それもまた反転したクリフの短剣に受け止められ、すぐさまもう片方の手で殴り飛ばされた。
レベルの低い俺は勢いのあまり数メートル後ろまで吹っ飛ばされる。
殴られたのは鳩尾辺り、この痛み、少しヤバい。肋骨が何本か折れているかもしれないな。
と思っていたらすぐさま痛みが引いていく。いやホント超回復と早熟様様。
「即席のチームにしてはなかなかやるじゃないか」
クリフは冷や汗を拭いながら俺たちに言葉を飛ばす。
しかしその隙をついて、フォーロックが背後からクリフに迫り、お返しとばかりに右わき腹へ蹴りを叩きこんだ。
クリフは対応できず、そのまま俺と反対方向へ吹っ飛んでいった。
俺は、何とか立ち上がると、ケガで足元がふらつくフォーロックへ駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ああ、何とかな」
「『ヒーリングエイド』」
俺に追随するように駆け寄ってきたニナが、フォーロックへ回復魔法を使用する。
貫かれた脇腹の傷口はみるみるうちに塞がっていき、出血も止まった。
「あれ、お前の部下だろ? 何であいつの下についてるんだよ」
先ほどフォーロックが切り捨てた兵士を見て俺はフォーロックに尋ねた。
血だまりを地面に作り、その中央に力なく横たわっている彼には見覚えがある。
昨日ヨシュアと共に見張りをしていた兵士だ。
フォーロックに不満を持っていそうな雰囲気ではあったが、本当に手のひらを返されたということなのだろうか?
「本意ではないんだよ。すべてはリュオンのスキル『マリオネット』の能力によるものだ」
「『マリオネット』?」
確かさっきも言ってたな。その能力が厄介だとかどうとか。
「彼は頭部に直接触れることで脳を支配することができる。洗脳された者は、まるで操り人形のように彼の意のままに動かされる」
「そうだ。故に俺に付いた二つ名は『パペットマスター』」
少しよろめきながらこちらにやって来るクリフは、右わき腹に手を当てながらそう言った。
さっきので伸びてくれるほど軟な相手ではなかったか。
「なああんちゃん。聖獣ってのはな、よほどじゃない限り絶対に人間と敵対なんかしたりしないんだよ」
「は? お前は何を言っているんだ?」
「それとな、大国のギルドはそう簡単に推奨ランクを見誤ったりはしない」
「だから……何を言って」
そこで俺は言葉を止める。
不意にウリンとの会話が再び蘇ってきた。
ピギーピギー。ピギーピギー。
(あの日を境に、お父さんもお母さんも何かに取り憑かれたように村を襲ってばかりいたんだ。僕が何度止めても全然聞いてくれなくて……)
「お前か……」
「ラグナス?」
「お前が差し向けたのかああぁぁっ!」
頭に血が上る。
怒りのせいか、まるで身体が灼熱に包まれているかのように熱くなり、四肢を巡る血液が沸騰してしまいそうだった。
「ダメだっ、冷静になれ!」
横でフォーロックがなにかごちゃごちゃ言っているが、今の俺の脳には何も届かない。
思い返せば、確かに不可解な点は多かった。
クソ猪の言った通り、あいつの親の執拗なまでのアルニ村への暴虐。
一度村人を懲らしめる程度ならば、村長はクエストを出してはいなかったはずだ。
本来ならば推奨Aランクだったものが、Cランクと誤査定されていたこと。
推奨Aランクならいくらニナが駄々をこねていたとしても俺は全力で止めていた。
俺自身もCランクならもしかしてと、ある意味高を括っていた部分は否めない。
だが奴の能力で、あの2頭が操られていたのだとしたら? 査定人が操られていたのだとしたら?
最初にニナの情報を伝えてきた時点で既に奴の手の平の上だったとしたら?
なぜ奴がそう動いたのか理由は分からない。
だが、無意味に罪もない命を刈り取らされた。それだけで俺の怒りは頂点に達した。
気付けば俺の足は地を蹴っていた。
ただただ奴をぶちのめす。それだけをもって体は前へと進んだ。
「あんちゃん。一つ教えておいてやるぜ」
俺がロングソードで再び袈裟斬りを放とうとしたところで、奴の姿が消えた。
刹那、腹部に鈍く、重い痛みを感じる。
「勝負事において我を忘れる事は最大のタブーだ」
光景がどんどんと地面に近づいていく。
頭上から奴の勝ち誇った声が聞こえてくるが、体は言うことを聞かない。
ちくしょう……。
そのまま、固い地面に倒れこみ、俺は意識を手放した。
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