第三十三話 逃げる先


 目の前には暗転した世界。

 なにやらゆさゆさと揺れる衝撃で目が覚める。


「ここは……」


 俺は確かクリフに殴られ、意識を失ったはず……。


「気が付いたか」


「フォーロック?」


 俺は馬に乗りながらこちらの様子を伺うフォーロックと目が合う。

 今気づいたが、俺も馬に乗せられていた。


「気が付いたんですね。良かったです」


 フォーロックと反対方向からニナの声が聞こえてきた。

 そちらの方へ首を向けると、彼女も心配そうな表情で俺を見ている。


「クリフは……どうなったんだ?」


 まだ朧げな意識の中、俺はフォーロックに尋ねた。 


「クリフとはリュオンのことで良いのだろうな。貴殿が乗っているその馬、その子が助けてくれた」


「こいつが?」


 俺は自分の馬を再度見やる。

 そいつはヒヒンと機嫌の良い鳴き声をあげた。


「貴殿が意識を失った直後の出来事だった。その子が他2頭の馬を引き連れ、リュオンを跳ね飛ばしたんだ。急な出来事でリュオンも対応できなかったのだろう。その隙をついて私たちはあの場を脱した。二人がかりでも勝てる見込みはあまり無かったからね」


「お前も七星隊長の一人だろう? 勝てる見込みがないとはえらく自信がないんだな」


「彼と私では経験に差があり過ぎる。3対1ならかろうじて勝機はあったかもしれないが、貴殿を失った状態では勝つのは困難だと判断した」


 確かにクリフ……もといリュオンはフォーロックよりも遥かに年上に見えた。

 同じ七星隊長でも格は向こうの方が上ということか。

 それでも3人がかりだぞ?

 隙をついて逃げるのが精いっぱいだなんて……。

 ランダムスキルで習得したスキルが戦闘に有利に働くものだったなら……。

 俺は悔しさで唇を噛んだ。


「にしたところで私は驚いたぞ。今まで人っ子一人乗せなかったその悍馬が、まさかすんなり君を乗せるとはな」


 フォーロックは物珍しい様子で俺と、俺を乗せて走る馬を見る。


「ツヴァイト侯から安く譲り受けた時はとんだものを掴まされたと後悔したが、いやはや、まさかこんな活躍をするとは思っていなかった」


「今なんて言った?」


 俺は聞き捨てならない一言に、もう一度フォーロックへ尋ねる。


「まさかこんな活躍をするとは思っていなかった……と」


「その前だよ。ツヴァイトから安く譲り受けたと言わなかったか?」


「あ、ああ」


 俺の問いに少したじろぎながらフォーロックは答える。


「1年前ほどになるか。七星隊長就任祝いに、ツヴァイト候が良い馬を安く提供しようと申し出てくださってな。ボルガノフ・ツヴァイトと言えば過去の戦役で数々の武功をあげたお方。その方直々の申し出だからと喜んでお受けさせてもらったのだ」


「なるほど。合点がいった」


 俺はその馬の頭部をゆっくりと撫でた。

 馬は気持ちよさそうにヒヒンと鳴き声をあげる。


「久しぶりだな、ルーシィ」


 もはや俺は疑わなかった。

 この毛並み、見覚えがある。

 こいつはツヴァイト家で奴隷同様の扱いを受けていた俺の側に寄り添ってくれていた、あのルーシィだ。

 その証拠に、俺がルーシィと呼ぶと、彼女は嬉しそうに大きく嘶いた。


「迎えに行くと言っておきながらすまないことをしたな。でも会えて嬉しい」


「貴殿はその馬のことを知っているのか?」


「まあ色々あってな」


 俺は再度ルーシィの頭を撫でた。

 彼女も再度ヒヒンと気持ちよく鳴き声をあげる。


「んで、今はどこへ向かっているんだ?」


「今はエキュートの森に向かっています」


 俺がフォーロックに尋ねたのを聞いて、それを拾い上げるようにニナが答えた。


「あの隠れ家みたいなところへ帰るつもりか?」


 俺はニナの方へ頭を向ける。


「はい。一旦は一番近くで休める場所にと」


「……。いや、そこはやめたほうがいい。少し遠いかもしれないが、ヨーゲンまでこのまま突っ走ろう」


「なぜです?」


「俺がニナに出会えたのは、俺がリュオンからニナがエキュートの森に逃げ込んだという情報を買ったからだからだ。考えすぎかもしれないが、隠れ家の場所もバレていると思って良いかもしれない」


「そんな……」


 ニナはさっと顔に影を落とす。


「ヨーゲンまでたどり着ければ、あいつも簡単には手出しできないだろう」


 ヨーゲンはウィッシュサイドよりも人が多い。

 屈強な冒険者もたくさんいるため、リュオンも事を大きくするようなことはしにくいはずだ。


「フォーロックさんはどうしますか? アスアレフと敵対していた訳なんですけれど……」


「今は敵対の意志は無いとギルドマスターにでも伝えれば上手く事を運んでくれるだろ。最悪はリュオンに操られていたとでも言っておけばいいしな」


「わ、私はリーゼベトの誇り高き七星隊長だぞ! 敵側に逃げ延びるような、そんな裏切り行為ができる訳がないだろう!」


「お前、色々と面倒くさいな」


 俺はフォーロックの方へ顔を向けなおした。


「先に裏切られたのはお前の方だろうが。リュオンが言っていたことを考えるに、今更リーゼベトに戻ったところでもうお前の居場所なんてないと思った方がいいぞ。敵多いらしいからな、お前。内々に処理されて即終了がオチだ。何せ同じ七星隊長様が命取りに来たくらいだからな」


「ぐっ……。確かに……貴殿の言う通りだ」


 俺の歯に衣着せぬ言葉に、フォーロックは意気消沈してしまった。

 ショックかもしれないが、これぐらいズバッと言われたほうがスッパリ諦めもつくだろう。


「よし。じゃあ目的地はヨーゲンということで」


「分かりました」


「……承知した」


 俺の言葉に二人が首を縦に振る。

 俺はそれを確認すると、ルーシィの進む方向をヨーゲンに向けたのだった。



「ここに戻ると踏んだのだがな」


 エキュートの森。

 大樹の根元の大穴入口に、一人の男が立っていた。

 男は、スキンヘッドを掻きながら当てが外れたことに対して少しの苛立ちを覚える。


「まあいい。奴らが逃げる先などたかが知れている」


 男は諦めたように大穴に背を向けた。

 瞬間、大穴は大爆発を起こし、大穴から灼熱の炎が噴き出す。

 轟轟と燃え盛る炎は、根から幹、幹から枝、枝から葉へとその領域を伸ばし、次第に大樹を飲み込んだ。


「不覚をとったが、易々とこの俺から逃げ切れると思うなよ」


 男は誰に言うでもなく、ポツリとそうつぶやき、エキュートの森を後にする。

 燃え盛る大樹は夜空を赤色に染めると同時に、その歩き去る男の背中を照らしていた。

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