第三十四話 モンスターハウス
「それで、あたしのところへ来たって訳ね」
ギルドマスターは悩ましげに頭を掻きながら、フォーロックを見た。
フォーロックは毅然とした態度でギルドマスターを睨み付ける。
いや、そこはもっと申し訳なさそうにするとかしてくれよ。
あの後俺たちは無事ヨーゲンにたどり着き、すぐさまギルドマスターへの面会をお願いした。
受付の人には少し渋られたけれど、俺たちの名前を伝えてくれと頼むとすぐに許可が降りた。
応接室に通された俺たちは、ギルドマスターに今までの経緯を説明、すると彼は頭を抱え込んでしまったという流れだ。
「話はアスアレフ王に伝えておくけど、ウィッシュサイドはどうするつもり? 今でもこの子の部下が居るんじゃないの?」
「まあその辺は上手いことやってくれ。あんたならできるだろ? ギルドマスターだし」
「すごい丸投げね」
ギルドマスターはやれやれと溜め息をつく。
「……まぁいいわ。この間のこともあるし、これで貸し借りなしよ」
「助かる」
「ところで、これからどうするつもりなの?」
「一旦スカーレットの屋敷まで戻ろうと思う」
俺はそう言いながら、ニナのリボンと化しているコウモリを指差す。
ヨーゲンへ帰る道中、これからのことをどうするか話し合っていたところ、スカーレットが一度自分の屋敷へ帰って来いと言ってきたのだ。
「あんな辺鄙な場所なら追手も来ないだろうしな」
「辺鄙な場所で悪かったのう!」
俺がそう付け加えると、ニナの後頭部から言葉が飛んでくる。
急に大きな声を出すもんだから、ニナが驚いてピョンとお尻を浮かせていた。
「で? 出立はいつにするの?」
「明日には発とうと思う」
ヨーゲンはギルドマスターの目が行き届いている。
ひとまずここで明日まで身を隠せれば、俺の天下無双スキルが再び発動できることになり、あいつがまた襲ってきても大丈夫だと踏んでいる。
襲ってこなければこなかったで、そのままスカーレットの屋敷までの道のりを進み、道中の戦闘を二人に任せておけば、いつ襲われても対処できると言う寸法だ。
「そう。じゃあ宿はこちらで手配しておくわ。今はゆっくりと体を休めなさい」
「えらくサービスがいいな」
まさかギルドマスターから寝床の提供まであると思わなかったから、少し面を食らってしまった。
「ニナちゃんのためってのが大きいけど、君に恩を売っておくのも悪くないと思ってね」
そう言いながらギルドマスターは、バチコンという音がしそうな勢いのウインクを俺に飛ばしてきた。
……。
「どうしたんです? すごく具合が悪そうですよ?」
◇
ギルドマスターとの話もほどほどに、俺たちは貰った地図に書かれた宿へ到着した。
「えっと……」
俺は扉の上に掲げられた看板を見やる。
煌びやかな装飾で『可憐な妖精亭』とそこには書かれていた。
気のせいか、瞬間俺の背中に悪寒が走る。
「どうしたんです? 顔が青白いですけど?」
ニナが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
俺はブンブンと顔を振り、「なんでもない」と彼女に告げ、扉に手をかけた。
木でできたそれは、ギギッという怪しげな音を立てて開く。
「あら~。いらっしゃい。チュチュちゃんから話は聞いてるわよ」
髭ゴリラ。
「いやーん。若い男2人来店よー」
髭ゴリラ☓8。
「間違えました」
バタン。
俺は、コンマ数秒の判断で扉を思い切り閉めた。
横を見ると、フォーロックの顔も青白く変色している。分かる、お前の気持ちすごく分かる。
「ラグナス? 入らないんですか?」
ニナはそんな俺たちを見て、頭に?マークを浮かべながら尋ねてくる。
あの光景を見て中に入ると言う選択肢があるということが俺には不思議だ。
いやいやと俺は首を振る。
ニナを責めてはいけない。彼女は現世の闇を知らずに生きてきた純粋な子だ。
ここは俺が彼女に教えてあげるべきなんだろう。
「ニナ。いいかよく聞け」
「?」
「ここはな。モンスターハウスだ」
「いやーね。誰がモンスターよ」
俺の横にはいつの間にか扉を開けて立つ髭ゴリラA。
そいつは、俺の右腕をガシッと掴むとズルズルと店内に俺を引きずり込んでいく。
「はーい。お客様3名ご来店!」
「「「「「「「いらっしゃいませー」」」」」」」
店内に木霊する髭ゴリラたちの野太い声。
食われる。
咄嗟にその言葉が頭をよぎった。
俺は何とかモンスターの魔の手から逃れようとするも、怪力とでも言うべき力強さで掴まれていて脱することができない。
くっ、天下無双が使えないのがここでも災いするとは……。
フォーロックに助けを求めようとするが、髭ゴリラB、C、D、Eに四肢を掴まれ、お神輿のように担がれたまま、泡を吹いて意識を失っていた。
安心しろフォーロック。骨は拾ってやる。
こうなればニナか? とそちらへ目を向けると、彼女は彼女で髭ゴリラF、Gと楽しそうに談笑しながら俺の後ろを付いてくる。
クソ猪しかり、やはりニナにはモンスターを手懐ける能力があるのか。
そのまま俺の腕をつかむ髭ゴリラAも手懐けて欲しいが、ニナは会話に夢中で俺の危機に気付いていない。
こうなればやはり自分で何とかするしかない。
俺はありったけの力を自らの両足に込めて、何とか抵抗を試みる。
足裏に摩擦熱を感じながら何とか止まることができた。
よし、このまま攻勢に転じて……。
「いけない子ね」
ガシッ。
瞬間、俺の背中越しに何者かが羽交い絞めにしてくる。
しまった、髭ゴリラHを忘れていた。
俺はそのまま髭ゴリラHに持ち上げられ、ゆっくりとした足取りで二階へと運ばれていく。
そしてそのまま髭ゴリラたちは一つの部屋へ俺たちを連行していった。
ラグナス・ツヴァイト。不運な人生だとは言えこんな最期はあまりではないだろうか。
髭ゴリラたちに蹂躙されながら終える生涯など、悔やんでも悔やみきれない。
ああ、神よ。
「着いたわ」
髭ゴリラHはそう言うと、俺をある部屋の中で降ろした。
気付けばフォーロックは泡を吹いたまま、ベッドに寝かされていた。
「フォーロック。遅かったか」
「何だかすごく失礼な勘違いをしているようだけれど、ここがあなたたちの今日のお部屋よ。じゃあごゆっくりね」
髭ゴリラHはそう言うと、ウフッと気味の悪い笑みを浮かべて部屋を後にした。
生き……てる?
「俺は、生きている!」
「あっ、ラグナス。部屋隣同士みたいですね」
ニナの声がした。
俺は声のする方を見ると、部屋の外からニナが手を振っている。
そうか。お前が……、お前が手懐けてくれたんだな。
俺はニナの方へ駆け寄り、ガバッと彼女を抱きしめた。
女の子独特の甘い香りが、鼻孔をくすぐる。
「えっ、えっ!?」
ニナは素っ頓狂な声をあげる。
考えなしのバカだとばかり思っていたが、やる時はやるご主人様だったんだな。
「ちょっ、ラグナス! 離してください」
ニナはもぞもぞと俺の腕の中で動いている。
嫌がっているのか? いいじゃないか、感謝の証だ。黙って受け取ってくれよ。
「離してって、言ってるでしょ!」
「あばばばばばばばばばば!」
体に過去に感じた懐かしい痛みが走る。
あれ? 俺は今何をしていたんだ?
体から力が抜け落ち、俺はゆっくりと後ろに倒れた。
その最中、微かに残った意識でニナを見る。
彼女は両手で自分の肩を抱きながら、真っ赤な顔でこちらを睨んでいた。
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ステータス異常 【恐慌】
激しい恐怖状態に陥り、正常な判
断ができなくなる。
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