第百四話 三流星④
「変化が起こったのはどれくらい日が経った頃だったかしら。急にそいつが居なくなったのよ。何故だろうと思っていたけれど、理由は次の日に分かった。私が捕らわれていた洞窟に城の捜索隊がやってきて、すぐさま私は助け出された。あいつは先に捕まったのだとそう思っていたけれど、後で聞かされたのは結局捕まえられなかったということだった。どうもその変質者は捜索隊がやってくることに勘付いて先に逃亡したみたい。父様と母様からは泣いて謝られたわ」
父様と母様の気持ちを考えると、悔しくてたまらなかったかもしれない。
私だってそんな嫌な目にあったら、絶対に父様や母様に仇を取ってほしいとそう思うだろう。
「それから私はまるで腫物のように城内で扱われた。でも、精霊術の才能が無いからと冷たく扱われてきたそれまでに比べれば全然マシだった。どうせ元からジャシータ姉様が母様の後を継いで精霊術士になると思っていたし、周囲からどう思われていたって関係ない。そう思っていたのよ、エアリルシアが産まれるまではね」
「私が産まれるまで……?」
「エアリルシアがマーヴェリックの血を色濃く受け継ぐ青い髪だったがゆえに、周囲の愛情は全てエアリルシアに注がれた。精霊術士の位を受け継ぐことなんて私からすればどうでもよいことだったけど、でも、なんでエアリルシアだけがこんなに幸せに満ち溢れているのだろうって、時折そう思うようになったの。私は身を穢され、地獄のような思いをしたというのに、なんでエアリルシアだけってね」
確かに私は父様や母様に愛されているという自覚はあった。
でもそれが二人の姉様をこんなに傷つけているとは到底思わなかった。
「そんな時、姿をくらましていたとされる変質者が再び私の前に姿を現した。ようやく一人で外を出歩けるようになった私を見計らったかのように、こいつは姿を現した」
リーウィル姉様は後ろの巨漢男を忌々しそうに睨み付ける。
「案の定こいつの目的は私の身体だった。でも私にも策はあったわ。この場所までこいつを何とかおびき寄せてそこで私は身を捧げた。するとこいつはすんなり大人しくなった。それからこいつは私の言うことを何でも聞くようになったの。私の身体を対価としてね。そこから私は独自のルートで、こいつを差し向けたのがジャシータお姉様だったことを突き止めた。当時から黒い繋がりがあったお姉様は、その裏のルートから手をまわして、こいつを私に差し向けたの。自信の精霊術士の位を盤石とするために、潰せる目は全て潰そうとしていたみたい。まさか、それを逆手にとられてこうして殺されるなんて夢にも思わなかったかもしれないけれど。殺さずに何とかしようとする、その考えの甘さがダメなのよ。その手を汚泥に浸した時点で、いくら清水で洗い流したところで臭みはそう簡単にとれるものじゃない。悪役なら悪役らしく徹底的に演じられなかった時点でジャシータ姉様はいずれ潰される運命だったの」
滔々と語られるリーウィル姉様がジャシータ姉様を殺そうとしていた理由。
それほどまでジャシータ姉様を憎む気持ちは理解できなくもない。
「どうして私も、なの?」
細った声で尋ねる。
私はリーウィル姉様を知らず知らずの間に傷つけていたかもしれない。
だからこそ嫌われても仕方がないとは思うけれど、でもそれはジャシータ姉様がしたことに比べれば些細なことであるはずだ。
「どうして、か。こうしてこいつに穢されることで私の心はいつの間にか壊れてしまったのかもしれないけれど、ジャシータ姉様よりもね、私からするとエアリルシアの方が殺したくてたまらないのよ」
私の方が――?
「エアリルシアに恨みなんて何もないわ。何も知らないエアリルシア。純粋で無垢なエアリルシア。幸せにすくすく育つエアリルシア。私を慕い、私が大好きなエアリルシア。そんなエアリルシアが絶望に顔を歪ませながら死んでいく。私に裏切られ、泣きじゃくりながら死んでいく。それを想像しただけで私は何度も絶頂したわ。こんな男に好きなようにされることの何倍も、何十倍も、何百倍も私を興奮させた。そう、まさしくその顔よ、エアリルシア」
私は今どんな顔をしているのだろう。
精神は疲れ果て、悲哀に満ちた表情をしているのだろうか。
それともこんな光景を見せられ、気持ち悪さ、醜悪さに歪めた表情をしているのだろうか。
私には分からない。
リーウィル姉様が何でこんなことをするのかも、殺される道理も、何もかもが分からない。理解ができない。
だけど、今私にでもできる抵抗ならある。分かる!
「なに、その
私は口を真一文字に結び、リーウィル姉様を睨みつける。
心を強く持て、ルーシィ。
こんな奴に屈するな、ルーシィ。
いつか、絵本に登場するフィナルのような王子様に出会った時、親しみを込めて呼んでもらうために考えていた愛称。
それを何度も自分の中で反芻させる。
そんな私がとても気に入らないのか、リーウィル姉様は面白くなさそうに私の頬を叩いた。
「気に入らない。ぐっ、あぁっ」
何やらリーウィル姉様は叫び声をあげる。
僅かにリーウィル姉様は震えたかと思うと、後ろの巨漢男がどっかりと尻餅をついた。
「はぁ、はぁ。いいわ、ならその表情を私好みにまた歪ませてあげる。今のまま殺したところでつまらないものね」
リーウィル姉様はそう言うと、パチンと指を鳴らした。
途端に満足そうに座っていた男は立ち上がり、私に向けて目をギラつかせる。
のしのしと私の方へ向かって来る巨漢男、そしてリーウィル姉様は笑顔を邪悪に染めた。
「こいつはね、雌だったら何でもいいのよ。それこそ年端のいかない女の子でも、今にも死にそうな老婆だったとしても。この意味、エアリルシアなら分かるわよね?」
リーウィル姉様の言葉の意味。
それを理解した途端、とてつもない寒気が身体を襲った。
「グルルルルゥ」
巨漢男は低い唸り声をあげながら、野太い腕を伸ばしてくる。
「い……いや……」
「そう、その表情よ、エアリルシア。私をもっと愉しませて頂戴!」
愉しそうなリーウィル姉様の声。
いざこの巨漢男を目の前にして感じる、今までの強がりなんて軽く吹き飛ぶほどの恐怖。
今から何をされるのか、何となく想像がついた。
想像がつくからこそ、身を縛る恐怖の支配に抗うことなんてできない。
野太い手が私の胸元に到達し、ゆっくりと衣服を破いていく。
ビリビリとまるでその遊戯を楽しむかのように。
「いやーーーーーーーーーー!」
「はぁっ!」
私が叫び声を上げた刹那、ドシンッという大きな音を立てて埃が立ち上がった。
見れば目の前に差し迫っていた巨漢男の姿は無かった。
そこに居たのは自分とそう背丈の変わらない一人の少年。
ここ数日、何度も何度も邪険にし、鬱陶しがっていたあの少年が立っていた。
「怪我は?」
少年は振り返り、そう尋ねてくる。
歪みなく、邪悪さのかけらも感じない真剣なその表情に、私は一瞬見惚れながらも首を横に振った。
「良かった」
少年は安堵の表情を浮かべたかと思うと、今度は申し訳なさそうな顔をした。
「怖い思いをさせてすみませんでした、エアリルシア王女。でももう大丈夫。あとは俺に任せてください」
そう言うと、その少年はリーウィル姉様と巨漢男を睨み付けた。
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