第百話 とある男に眠る記憶①
◇ とある男に眠る記憶 ◇
「彼女は――、ル……、エアリルシアは元気にしているか?」
豪奢な白の衣と帽子。
煌びやかな錫杖を持った一人の老人が、しゃがれた声で尋ねた。
「ええ、すくすくと育っています」
「そうか……」
老人はそれを聞いて目を細める。
「今日もジャシータと一緒に魔法の特訓をしていますよ。一度ご覧になられますか?」
そう尋ねたのは話の中心人物であるエアリルシアの父、ロギメルの王ルーデンス。
しかし老人はその問いに首を横に振ることで否定の意を示した。
併せてわずかに揺れる生気を失ったような白髪からは、今までこの老人がどのような生を歩んできたのか、語らずとも推し測れる。
「そうですか。ところで我が国へはいつ頃まで?」
ルーデンスは物憂げな老人の表情を見て、咄嗟に話題を変えた。
「すぐに発たせてもらう」
しかし、老人からは素っ気ない返事が返ってくる。
「お待ちください。我々にも面子と言うものがございます。みすみすここで帰してしまっては、我がロギメル王国は隣国からの笑いものです」
このロギメルがあるユレーリス大陸の西方に位置する巨大な島国、聖教国セントヴァーヴ。
そこを統治する教皇と呼ばれる人物こそが、ここにいるこの老人である。
「それにレレシィも会いたがっています」
ルーデンス王の妻レレシィは、彼の娘に当たる。
――彼は自分の身内を全て養子としているため、娘と言っても本当の娘と言う訳ではない。
「ルーデンス王。貴殿の心遣いは痛み入るが、先ほども告げた通り私には時間が無いのだ。これで失礼させてもらうよ」
レレシィの名前を出して引き留めようとするが、この老人はそう冷たく告げると踵を返した。
この人は自身の本当の娘以外はどうでもいいと言うことだろうか。
レレシィが孫なのか、曾孫なのか、それはこの教皇のみぞ知るが、レレシィの話だと彼の本当の娘は一人だけで、名前をルシアというそうだ。
このルシアと言う先人もまた稀代の精霊術士だったそうだが、残念ながら既に亡くなっている。
レレシィからは、そんなすごい精霊術士の名にあやかったのと、レレシィが一番得意とする精霊術が風属性だったこととあわせて、『風のルシア』という意味でエアリルシアと名付けたと、ルーデンスはそう聞いた。
そう名付けたせいなのかは分からないが、教皇自身もえらくエアリルシアのことを気にかけている様子で、こうして何かのついでがあると必ずここに立ち寄り、様子を伺う。
が、必ずと言って良いほどエアリルシアの姿を目に入れることはしない。
理由は分からないが、ルーデンス王には心当たりが一つだけあった。
エアリルシアが産まれて1年後くらいのこと、教皇が不意にこの城を訪れたことがあるらしい。
らしいというのは、ちょうどそのタイミングでルーデンスが城を留守にしていたため、実際にその時にはルーデンス本人が会っていないからだ。
教皇はエアリルシアに会いに来たらしいが、生憎エアリルシアもルーデンスに随伴する形で不在としていたため、代わってレレシィがエアリルシアの容姿などを伝えたらしい。
すると教皇は「そんなはずは……」と一言告げ、そのままそそくさと自身の国へ帰って行ってしまったとのことで、そこからは何度かこの国を訪れることはあっても、決してエアリルシアと会おうとはしなかった。
ただ、元気か、何か問題は起こっていないか、そういった様子を確認するだけ。
そう、今日のこの日にここへやってきて、ただエアリルシアの様子を伺ったように。
「教皇殿がお帰りだ。門まで見送りを」
「いや、構わぬ。それよりも」
見送りを断った教皇はゆっくりと振り返り、そして目を鋭くさせる。
「以前から伝えているが、あの事だけは努々忘れぬよう」
それだけ告げ、教皇は謁見の間からそそくさと出て行った。
ルーデンス王は玉座に座り直し、以前警告を受けたあの事について思いを巡らせる。
「気にするなと言う方に無理がある。あいつめ、我が国のスキルクリスタルを狙って来るとは」
教皇からされた警告、それは『リーゼベトの王に気を付けろ。そして何としても戦争を回避しろ』だった。
近年になってリーゼベトの王ロネは、ロギメルのスキルクリスタルを差し出せと言ってきた。言うことを聞かなければ戦争もやむなしとも。
スキルクリスタルは国宝、これがなければ自国の民のスキル開花式を執り行うことができない。
とある事情でスキルクリスタルをリーゼベトに奪われたアスアレフ王国は、毎年莫大な金を隣国に支払い、スキルクリスタルを借りることでスキル開花式を行っているらしい。
今言うことに従ってスキルクリスタルを差し出したとして、スキル開花式を行うにはアスアレフと同じように金で解決するしかない。
ロギメルの国力はアスアレフに比べると圧倒的に下だ。
アスアレフと同じ道を辿れば経済的に我が国はすぐにでも弱体化し、そこをリーゼベトに付け込まれいずれ戦争になる。
かといって自国の民のスキルを開花させなければ、国を支える民の力が弱体化する。
結果的にリーゼベトから戦争をけしかけられたら、兵力の差で敗北への道は必至だ。
「そんなに私が憎いか、ロネよ」
独り言ちるが、そんなことを言っていても仕方がない。
警告をくれた教皇には申し訳がないが、リーゼベトがその気ならもはや真っ向から戦う以外に手段はない。
こんな状況だ、暗殺の件を一番信頼のおける親友に託したくもなる。
その親友がリーゼベトの人間だと言うのがどんな皮肉かとも思うが。
「勝利の神、アルネツァックよ。どうか、我が国に勝利を」
人が追い込まれた時、最後に縋るのは神だ。
人知を超えた奇跡、それが起こると信じて今日もルーデンスは勝利の神に祈りを捧げる。
その様子を、教皇は扉の向こうで人知れず伺っていた。
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