第九十九話 ルーシィ④

「縮め大気、渦に集え、仇の袂で爆ぜる真空。『スパイラルヴォート』!」


 私の目の前で作り出される小さな真空の渦。

 それはヒョロヒョロと前方に飛んでいき、木で拵えられた人形にぶつかると小さく弾けた。


 うーん、イメージがうまく行かなくて何度やっても成功しない。

 精霊に力を借りるのは得意だけれど、こうして自分で生成しなければならない魔法は、私は不得意だった。


「はぁ」


 そんな私を見て横でため息を吐いたのはジャシータ姉様だった。

 魔法が不得意な私は、週に何度かこうしてジャシータ姉様に魔法を見てもらっている。

 姉様は乗り気ではなかったみたいだけれど、父様や母様の言いつけで仕方なく付き合ってくれていた。


「本当に愚図。こんな簡単な中級魔法もろくに扱えないなんて」


 そうしていつもこうして怒られる。

 だからいつもはこの時間がとても億劫なのだけれど、今日に限ってはちょっと違った。

 理由は常に私の部屋に居るあいつのことだ。

 あいつに会わなくていいというだけで、嫌だったこの時間でさえ良く思えてくる。


「いい、見てなさい」


 姉様はそう告げると徐に木の人形に向けて右手をかざす。


「縮め大気、渦に集え、仇の袂で爆ぜる真空。『スパイラルヴォート』!」


 姉様の手から生成された風の渦は、勢いよく木の人形にぶつかり、爆音とともに大きく爆ぜる。

 木の人形はその魔法の勢いで真二つに折れていた。


「すごい」


 思わずそんな声が漏れてしまった。


「別にすごくなんてないわよ。前々から言っているけど、魔法はイメージの力が重要なの。詠唱の意味、考えたことがある?」


 私は首を横に振る。

 詠唱なんてそもそも何を言っているのか分からないし、言葉をそのままのとおりなぞっているだけだ。


「バカね。だからあんなヘロヘロとした魔法しか出ないのよ。いい?」


 そこまで言うと姉様は私の手を取る。


「自分の手の前に風が集まる絵をまず描くの」


 私は姉様の言葉にコクリと頷き、ゆっくりと目を閉じて考える。

 風が集まる、風が集まる。


「そう。次にその風をものすごく小さくギュって固めるイメージ」


 小さく固める。ギュって固める。


「最後にその小さな塊を相手に投げつけて爆発させる」


 姉様が放った魔法のように、木の人形に向けて風の塊を投げつける。


「そのイメージのまま、はい、詠唱!」


「縮め大気、渦に集え、仇の袂で爆ぜる真空。『スパイラルヴォート』!」


 姉様に言われた通りのイメージのまま詠唱をする。

 すると、私の手から姉様のよりも一回り大きな風の塊が生まれ、それが先ほどとは別の木の人形へ向けて直進する。


「ちょっ、勢い!」


 姉様が慌てて制止するが、もう遅かった。

 私の手から放たれた風の塊は木の人形を粉々にし、それでも衰えない勢いのまま背後に立つ木に爆音とともにぶつかり、根元からその木を数メートル弾き飛ばす。

 そして風の塊が当たった箇所から木は真二つに折れ、力なく地面に横たわった。


「で、できたよ姉様!」


 嬉しさのあまり満面の笑みで姉様を見る。


「はぁ、次は力加減を教えないと……」


 姉様はそんな私を見て額に手をやると、やれやれと言った表情を浮かべた。


 姉様は私のことをあまり好きではないみたいだった。

 それは私への対応で薄々勘付いていた。

 だからこそこの魔法の時間が億劫で仕方なかったし、私も姉様のことはあまり好きではなかった。


「お姉様。そのくらいにしないとエアリルシアがかわいそうよ」


 するとどこからか嫋やかな声がしたかと思うと、ゆっくりとした足取りで一人の女性が現れた。

 ジャシータ姉様と同じ金髪のその女性はゆっくりと私の横に立つとポンポンと私の頭に手を置いた。


「リーウィル姉様」


「お疲れ様。お姉様の特訓は厳しかったでしょう?」


 リーウィル姉様は柔らかい笑顔のまま、手にしたハンカチで私の汗を拭ってくれる。


「リーウィル! 身体は大丈夫なの!?」


 ジャシータ姉様は大きな声を上げたかと思うと、私を押しのけ、リーウィル姉様に駆け寄った。


「そんなに気を使わなくても大丈夫よ、お姉様。もう私も子供じゃないんだし……」


「それでもよ。私はあなたにあんな思いは二度としてほしくないの」


 ジャシータ姉様はリーウィル姉様のことを殊更に気にする節がある。

 それは父様や母様も同じだ。

 昔何かがリーウィル姉様の身に起こったということは聞いたことがあるけれど、それ以上のことは教えられていない。

 一度気になって父様に尋ねたことがあるけれど、「二度とそのことを口にするな!」と父様に激昂されてからは気にしないようにしている。


「そんなことは今はどうだっていいわ。それより、ねえエアリルシア。クッキーを焼いたから一緒に食べない?」


 見るとリーウィル姉様の手には小さなバスケットが握られていた。

 姉様はよく趣味で御菓子を作る。

 それはうちのシェフにも劣らないほどの腕前で、私はいつもご相伴にあずかっていた。

 ちょうど訓練終わりでお腹が空いていた私は、何度もコクコクと頷いた。


「本当、卑しい子ね」


 そんな私を見てジャシータ姉様は苦言を呈するが、リーウィル姉様のお菓子が食べられるのなら何と言われてもかまわない。


「じゃあ行きましょうかエアリルシア。お姉様もいかが?」


「私は――、遠慮しておくわ」


 姉様は私を一瞥すると、そっとリーウィル姉様に断りを入れた。


「そう。ではまた次の機会にでも」


「ええ、その時はお気に入りの茶葉を用意しておくわ」


 リーウィル姉様はその言葉を受け取ると、私の手を取って屋敷の方へ向い歩き出した。

 少しゆっくりと、私の歩幅に合わせて。


 ◇ 記憶外の真実 ◇


 物見塔。

 このエアリルシア王女のお気に入りの場所である塔には地下が存在する。

 それを知ったのは偶然、本当に偶然だった。

 いつものようにエアリルシア王女がその場所に向かったのを確認し、隠れながら後を追っていると、何やら陰のある表情で歩く金髪の女性が目に入った。

 名前は何だったか忘れたけれど、確かエアリルシア王女の姉であったと記憶している。

 王女の尾行が見つかり、後で告げ口されても敵わない。

 俺がそっと物陰に隠れると、彼女はタッタッタと早い足取りで物見等の中へ入って行った。

 気になってゆっくりと中を覗き見ると、その女性は通常エアリルシア王女が向かうのとは逆、下の階段を駆け下りて行く。

 何やら寒気のする予感を感じた俺は、見つからないよう、音を立てないようゆっくりとその女性の後を追った。

 どのくらい下っただろうか。

 女性は重々しい鉄の扉の前で立ち止まる。

 そこで何度かキョロキョロと周りを見回し、周囲に誰も居ないことを確認すると、彼女はその中へ消えて行った。


「これ以上は、危険な気がする」

 

 第六感的な何かでそう感じた俺はそれ以上の追跡を止める。

 いずれにしても、今はエアリルシア王女の傍を例え数分と言えど離れる訳にはいかない。

 後で父親にだけ報告しておこうと思い、俺はいつもの場所へと早足で階段を駆け上がるのだった。

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