第七十四話 オリバー再び

「おい、これ……」


「あぁ。噂は本当だったんだな。しかしこの報酬の内容――、王も思い切ったもんだ」


 ラグナス達とライラ王女が邂逅した日の翌日。

 ギルドに一枚のクエストが張り出された。


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【緊急クエスト】

推奨ランク:なし

依頼人:イベリス・インステッド

依頼内容:雲海の大樹から黄金の宝珠を持ちかえる

こと

報酬:ライラ・インステッド

一言:雲海の大樹の出現を確認。強者求む。

   依頼を受ける者は明朝、王城に来られたし。

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 それはまさしくラグナス達が聞いていた内容の依頼。

 内容が内容だけに、張り出された依頼の周囲に冒険者の人だかりができるまでに時間はかからなかった。

 グレナデはいつも以上の活気に包まれていたが、皆が皆その依頼に対しての思いが同じではない。

 報酬がライラ王女と聞いて、奮起する者。

 無理だと諦めてその場を去る者。

 他の冒険者の出方を伺おうとその様子を傍観する者。

 人様々ではあったが、その日に依頼が出されることを知っていたとあるラグナスとルーシィは、三番目の目的でギルド内に併設されている食堂で食事を摂っていた。


「どんな感じだ」


「雑音が多すぎて聞き取れない。ちょっとそろそろ耳が痛くなってきた」


「無理をさせたな。悪い、もう大丈夫だ」


「うん」


 俺がそう声を掛けると、四人掛けのテーブルを挟むように向かい側に座っていたルーシィは、軽く頷いてスキルを解除する。

 ルーシィは前に、「俺の言葉が聞き取れる」と言っていたから、もしかしたら多人数の中でも集中すれば聞き分けることができるんじゃないかと思ったけれど、ただただルーシィに負担をかけてしまっただけみたいだ。


「おや、ラロクス君じゃないか」


 不意にどこからか声をかけられる。

 その声には聞き覚えがあったし、俺をラロクスと間違えて呼ぶ人間は一人しか居ない。


「オリバーさん?」


 声のした方に顔を向けると、そこには整えられた銀髪の男、オリバー・ルーが立っていた。


「オリバーでいい。さん付けはいらないよ」


 オリバーはそう言いながら空いていた俺の隣へ腰かける。


「じゃあ遠慮なく。オリバーはどうしてここへ?」


 オリバーの格好は、どちらかというと冒険者と言うより商人だ。彼が普段何をしているのかは知らないけれど、何かギルドへ依頼をしにやって来たのだろうか。


「いやぁ、僕の目的はあれさ」


 するとオリバーは親指で人だかりを指し示す。


「?」


 意味が分からず俺は続きを促す。


「黄金の宝珠。その依頼、僕も受けようと思ってね」


「依頼を受ける? どうして?」


 一昨日前にヴィヴロさんからは、この人はグレナデでは名の知れた女たらしだと聞いていた。

 今回の依頼に対する報酬はライラ王女だ。

 普段から女性に困っていない彼が、危険を冒してまでこの依頼を受ける意味が分からない。


「どうして……か。愚問だよ、ラロクス君」


 そんな俺の疑問を、愚問の一言で片づけられる。


「ライラを誰にも渡したくない。それだけさ」


 ライラ王女のことを呼び捨てるオリバー。

 その口ぶりからして旧知の仲なのだろうか。

 とはいえ、既に良い相手が複数人居て、その上で「ライラ王女を誰にも渡したくない」と言われてもな。

 この人はどこまでの女性を手中に収めれば満足できる人なのだろうか。


「それよりも、今日も香水は付けていないのかい?」


 話は一転。オリバーは向かいに座っているルーシィにそう投げかける。


「?」


 ルーシィは何を言っているのだろうといった様子で首を傾げる。

 オリバーもそのルーシィの様子に首を傾げ、翻訳してくれとばかりに俺の方へ顔を向けた。


「あぁ、今日は付けてたぞ。あんたからもらった香水」


 いざギルドへ向かおうと思った矢先、思い出したようにルーシィが香水を取り出したから覚えている。

 俺に振りかけてくれとねだって来たけれど、さすがに面倒くさかったので、自分でやってくれと断った。

 本人は頬を膨らませて拗ねていたけれど、それすらちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒。

 とりあえずオリバーにはその状況だけ軽く説明しておいた。


「なるほどね。そうかそうか。いやぁ、君も可哀そうなことをする」


 納得とばかりに俺の肩をバンバン叩くオリバー。

 そしてもっと言ってくれとばかりに、うんうんと頷くルーシィ。

 なにこれ、俺が悪いの?

 それと痛いからあんまり叩くな女たらし。こちとらレベル1なんだからな。


「だけどさ、ラロクス君。失ってからじゃ遅いってこともあるからね」


 迷惑そうな俺に対し、急にトーンが変わった声でオリバーはそう告げる。

 失う……ってルーシィのことか?


「そんなこと、言われなくても痛いほど分かってる」


 俺はルーシィが死んだと思っていた。

 彼女を、大切な友達を失う悲しみは知っている。

 もう二度と同じ過ちは繰り返さない。

 だからこそあの日、俺はそう誓ったのだから。


「そうかい。であればいいんだ。いやいや、いらないお節介だったみたいだ」


 すっ、と目を閉じ何かを考える仕草をしたかと思うと、すぐさまハハハと笑いながらオリバーはそう謝ってきた。


「さて、僕はそろそろ行くよ。依頼達成に向けて準備することもあるしね」


 そして、そう告げるとオリバーはゆっくりと立ち上がる。


「君たちももし依頼を受けるのであれば、気を付けるといい。雲海の大樹は魔物巣窟だと聞く。あぁ、それから、君もたまには彼女から香水を振りかけてもらったらどうかな? 男性だからと言って、香りに気を使わなくても良いと言う訳ではないからね」


 オリバーはそう言うと、足早に去って行った。


「……、なぁ、ルーシィ」


「何?」


「俺って臭い?」


 気になってルーシィにそう尋ねてみた。

 いや、だって、去り際にあんなこと言われたらさぁ……。


「ううん。たまに汗の臭いとかもするけど、私は臭いと思ったことない」


 ……。

 とりあえずその後ルーシィにオリバーの香水を振りかけてもらった。


 臭い……か、今度から気を付けよう……。



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