第七十三話 無謀な依頼

 そこからライラ王女はポツポツと語り始める。

 近々このインステッドにおいて、大規模なクエストが出されるということ。

 その内容とは、先日とある冒険者によってインステッド国内上空にその存在が確認された『雲海の大樹』、その大樹に眠る『黄金の宝珠』を取ってくるというものであること。

 クエスト自体は問題ないけれど、その報酬に問題があること。


「その『黄金の宝珠』とやらを取って来たものに王女を嫁がせる……か」


「酷いと思わない? いくら王族とはいえどこの馬の骨とも分からない人と結婚させられるのよ? 私だったら耐えられないわ」


「確かに酷い。私も同じ立場だったらすごくつらい」


 ギルドマスターもルーシィも怒り心頭と言った様子だけど、俺はそんなに珍しいことではないんじゃないかと思った。確かに望まない結婚は本人にとって辛いものかもしれないが、政略結婚なんてどこの国でもある話。

それに彼女にはお兄さんが二人居るらしい。後継者が確実に居る状況であれば尚更だ。

『黄金の宝珠』と呼ばれるものが何かは知らないが、国王は自分の王女を差し出してでも手に入れたいほどの代物なんだろう。

 まぁ、彼女の立場からするとふざけるなと思う気持ちも分かるけど。


「見てのとおりライラちゃんは美人よ。彼女目当てできっと高ランクの冒険者もこのクエストに参加するわ」


 俺はギルドマスターの言葉を受けて、ライラ王女を改めて見る。

 確かに彼女は美人な部類なんだろうな。俺としてはルーシィの方が可愛いと思うけど。


「ラ、ラグっ!」


 するとルーシィは顔を真っ赤にしてそう叫び、恥ずかしそうに毛先をいじり始める。

 見れば、うっすらと彼女の瞳に揺れる金色の光。あっ、そうだ忘れてた!


「いや、今のはその……」


 色々な言い訳が頭の中を巡るけど、最適解が口から出ない。

 俺たちを見ていた二人は?マークを浮かべ、ルーシィは赤らめた顔のまま上目づかいで俺を見ている。


「コ、コホンッ。まぁ、その、あれだ。一番乗りでそのクエストをクリアできる奴は腕っぷしも立つだろうし、少なくとも変な奴じゃないんじゃないか」


 他の二人は俺とルーシィのやり取りが分からないので、俺は本筋の話にコメントすることで先ほどの失言をごまかす。


「意外と結婚してみたら良い人かもしれないし、そうそう悲観することも……」


「好きな人が居るんです」


 俺がポジティブな方向へと持って行こうとした矢先、彼女から力なくその一言が告げら得る。


「好きな人が……居るんです」


 大事なことだと言わんばかりに、再度告げられる同じ内容の言葉。

 そしてホロリと目尻から一筋の雫が頬を伝う。


「あーあ。ラグが泣かせた」


「全く。女の敵ね」


 二人から非難の目を向けられるが、ルーシィはともかくとして、ギルドマスター、あんたから言われるのは何だか癪に障る。


「すみません。彼のことを考えたら辛くて」


 彼女は涙を人差し指で拭うと寂しそうな笑みを浮かべてそう呟いた。


「話の経緯は分かったけど、それで俺たちにどうして欲しいんだ?」


 今聞いたのは彼女の抱えている問題であって、彼女の依頼ということではない。 

 すると彼女は居住まいを正し、俺と、そしてルーシィを交互に見て口を開いた。


「私がその『黄金の宝珠』を手に入れます。その護衛をお願いしたいのです」


 彼女は真っ直ぐ、俺を見つめてそう告げる。

 自分が手に入れると、そう来たか。確かにそうすれば自身を褒美として誰かに与えられることもないしな。

 しかし――と、俺は彼女の姿を改めて見る。

 華奢な体、到底何かしらの武芸を嗜んでいたようには感じられない。

 このクエストには高ランクの冒険者も参加してくれるだろうとのこと。ではその彼らを上回る実力を彼女が持っているということなのだろうか。


「何か剣とか腕に覚えはあるのか?」


 とはいえ聞いてみないと彼女の実力は分からない。

 しかし、彼女は首を横に振ることでそれが無いことを俺に伝えてきた。


「じゃあ魔法はどの程度使える?」


 となれば、次は魔法の腕前だ。

 ニナやルーシィのように魔法や精霊術に長けているということであれば理解はできる。


「……、人並み程度には……」


 だけど、俺の期待に反して彼女は自信なさげな声色でそう呟いた。

 この言い方だと多分そんなにって感じだろうな。


「うーん……、じゃあ今のレベルはいくつくらいなんだ?」


 これは最後の希望。

 最悪レベルやステータスがある程度高ければゴリ押しで何とかなることもある。


「……、10です」


 ……。俺が言えた義理じゃないけれど、決して高くない。というか寧ろ低い部類。


「本気か?」


「本気ですっ!」


 俺が頭を抱えながらそう尋ねると、自信満々の様子でライラ王女は即答する。

 とりあえず無言でギルドマスターに圧力をかけると、気持ち悪い笑みが返えってきたので慌てて目を逸らした。


「無謀って言葉知ってる?」


「ラグっ!」


 俺がとりあえず思ったことを口に出すと、ルーシィに窘められた。

 いや、だってこれ無謀以外に表す言葉なくないか?


「でも彼女は本気だから」


 ルーシィには恐らく彼女の真意がその力で分かるのだろう。

 だけど気持ちでどうこうできる問題じゃないと思うんだけどな。


「無謀なのは分かっています。分かって……、いるんです」


 すると俺とルーシィの会話にライラ王女が割って入ってくる。正確に言うと、俺は声には出していないんだけれども。

 そのまま力なく項垂れるライラ王女。すると何やらルーシィの方から痛い視線を感じた。

 怖くてそちらを見ることはできないけれど、何が言いたいのかは良く分かる。


「お願いします! 私にできるお礼なら何でもしますから!」


 ライラ王女はそう言い、俺に向け必死に頭を下げた。

 ますます得体のしれない視線が刺さる後頭部。


「あーもう、分かった。分かったよ。受ければいいんだろ」


 俺が頭を掻きながらそう告げると、ライラ王女の顔はとても晴れやかなものになる。


「その代わりだ」


 俺は受ける条件として、ライラ王女に二つ提示した。


「まず一つ。今回の依頼は必ずしも成功は約束できないし、達成できる確率はすごく低いものだということを念頭に置いておくこと。いざとなったら命が優先。俺が無理だと思った時点で、俺の指示に従って諦めて撤退する。これを承知しておいてくれ」


 達成に際しての懸念は俺自身の実力不足。ましてや二人を守りながらでは尚更だ。

 いざとなって「話が違う」なんてことになったら面倒くさい。

 そんな俺の心配を余所に、ライラ王女は何の躊躇もなくコクリと頷いた。

 

「そして二つ目。依頼が成功した場合は王に口利きをして欲しい」


「口利き…ですか?」


 話が見えないと言う表情でライラ王女は続きを促してくる。


「あぁ。俺とルーシィはこの国を抜け、ノースラメドを目指したいんだ。だけど許可をもらうための謁見は一年後だっていう話で、立往生を喰らっていたところなんだ」


「……。確かに、近隣諸国はこの十数年で三度の戦争が起こっており、情勢は芳しくないところに来て、ここグレナデでも最近巷では不気味な人攫いが出没したという話を聞いています。更に、待ちに待っていた雲海の大樹の出現。一年後どころか、下手をすれば情勢が安定するまで謁見は難しいかもしれません。ですがノースラメドへの出国でしたら謁見をせずとも大丈夫ですよ。私が直接管理人に話を通しますから」


「管理人? そんなやつが居るのか?」


「はい。ノースラメドへの出国は管理人権限に委ねられていますので、管理人が認めた人なら大丈夫なんです。私が口添えすれば絶対に了を出してくれます」


 自身満々にそう告げるライラ王女。

 それが本当なら流石は王女様といったところか。


「ですので、それに関しては成功の是非を問わず、協力いただいたお礼に必ず口利きをするとお約束します。加えて成功した場合は、しばらくの間旅に困らない程度の金額もお支払いいたします。この依頼は私たちが達成するか、他の誰かが達成するか。これでいかがでしょうか?」


 ライラ王女は笑顔でそう言い、判断を俺に委ねてきた。

 危なくなったら逃げてよし。成功しなくてもノースラメドへの道は開ける。おまけに運よく成功した場合、懐も暖かくなるときた。

 彼女がそこまでする理由は分からないけれど、こんな俺たちにデメリットが無い条件、もはや断る理由は無い。


「契約成立だ」


 俺は短くライラ王女にそう告げる。

 彼女は安心したのか胸を撫で下ろす仕草をした。


「ところで、雲海の大樹は空にあるんだったか。どうやってそんなところまで行くんだ?」


 単純な疑問を投げかけてみる。

 黄金の宝珠とやらを取りに行くのは構わないがその手段が気になった。


「風の精霊の力を借りればあの雲海の大樹へたどり着くことが出来ます」


「風の精霊?」


「竜の巣と呼ばれる渓谷を抜けた先、風鳴りの丘という場所で風の精霊を呼び出すことで、雲海の大樹へと至ることができる……と、城の地下の書物庫にあったとある書物に記載がありました。ちょうど雲海の大樹が確認されたのも竜の巣の先の直上。方法に間違いはないと確認しています。それに……」


 それにと言ったライラ王女の目線はルーシィに向いていた。


「千に一人、いえ、万に一人も現れないとされる精霊術士が今目の前にいる運命。あなたなら風の精霊を呼び出すことなど容易いでしょう。エアリルシア・ロギメル王女」


 俺もルーシィへ目線を向けると、彼女は俺の目を見てコクリと頷いた。


「にしても城の地下の書物庫か。王族しかその情報は知らなそうだな」


「ええ。お父様も気付いてないと思いますので、恐らく知っているのは私だけだと思います」


 俺の投げかけに、なおも笑顔でそう続けるライラ王女。

 雲海の大樹へ向かう方法。ライラ王女しか知り得ない情報に加えて、精霊術士の協力が必要なんて、他の冒険者はそこへたどり着くことすらできるのだろうかと思う。

 俺たちが達成するか、他の誰かが達成するか……か。

……、ん?

 いや、待てよ。先ほどから俺はこの依頼を自分たちが達成するか、誰かが達成するかどちらかだと決めつけていたが、そのどちらでもなく、元より誰も達成できないほど途方もないものなのだとしたら?

 そしてその瞬間、俺は自分の過ちに気付いた。


「な、なぁ、依頼の期限なんだが……」


「それは先ほど依頼を受ける条件にありませんでした。ありませんでしたので私は「この依頼は私たちが達成するか、それとも他の誰かが達成するか」と付け加えました」


 慌ててそれを盛り込もうとするも既に遅かった。

 ライラ王女の言葉の意味。それはつまり、黄金の宝珠を誰かがこのインステッド王国に持ち帰らない限り、この依頼は終わらない。

 一年経とうが二年経とうが、終わらないんだ。俺たちが黄金の宝珠を手に入れるまで。


「あんた、最初から俺たち以外が達成するなんて微塵も思っていなかっただろ」


「はい。ただ私もエアリルシア王女がここにいることは想定外だったんですよ。運命が味方をしてくれたと神に感謝しました」


 今にして思えば、謁見が一年先以上となるかもしれないとちらつかせ、その上で俺が提示した条件への上乗せをしてきた。

これは多分、俺がこの事実を勘繰る前にさっさと決着を付けるためのものだったんだ。

こんなことを言われれば誰もが受ける方向へと判断を鈍らされる。

 結局のところ、命の危険を感じ、撤退したとしても他の誰かが達成していない場合は再び挑むことになる。何度でもやり直せるのなら、この一つ目の条件は有って無いに等しい。

 俺の提示した条件の上で俺たちが達成できる確率と、他の冒険者が雲海の大樹へ至る方法を見つけ、かつ、精霊術士の協力を得られる確率とを天秤にかけたとしても、圧倒的に後者の方が低い、と彼女は素早く判断し先手を打ったのだろう。


「なるほど、俺の完敗だ。短期間で達成するよう全力を尽くすよ。強かな王女様」


「えぇ。聖獣をも倒したその実力、頼りにしています」


 ライラ王女の笑顔を受けた俺は、内心ルーシィに謝罪する。

 悪い、厄介な依頼を受けてしまったと。

 しかし、ルーシィは首を横に振り小声で俺に呟いた。


「ううん。元はと言えば私が焚き付けたんだし……。それに彼女が好きな人のためにっていうのは本当の本当だから。私の力が必要なら精一杯頑張る」


 フンスと、可愛らしい鼻息を吐いたルーシィに思わず笑みがこぼれる。

 大きな寄り道になってしまうかもしれないけれど、仕方がない。

 これも強くなるための修行の一環だとして、俺は帰り支度を終えたライラ王女とギルドマスターを、部屋の中から見送ったのだった。




*************************************

【宣伝】

 2021年11月25日、ダッシュエックス文庫様にてレベルリセット ~ゴミスキルだと勘違いしたけれど実はとんでもないチートスキルだった~の2巻が発売となります!!

 これも日々応援いただいている読者の皆様のおかげです。


 舞台は風崖都市ローンダード。

 石化病と新たなスキルを巡る戦いが今始まる!


 2巻のためにかなり書き下ろしもいたしました。

 是非ご購入いただければと思います!


~雷舞蛇尾~

*************************************

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る